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終末配達ロボット、君の町へ  作者: 非常口
case.1 オジイチャン
8/12

No.7 教会

終末世界でロボットは、次の目的地へと向かう。

二人がたどり着いたのは、かつて教会だった場所だった。

 だが、今はほとんど原型をとどめていない。屋根は崩れ落ち、壁もほとんどが倒壊している。残されているのは、空へ向かって斜めに立つ巨大な柱と、アーチ状の骨組みだけだった。


 鉄と石の構造が露出し、まるで神殿の遺跡のように、ただ静かにそこに佇んでいた。


 「……ここ、教会だったんだね」


 少女が呟く。声は風に吸われていった。

 陽は傾き始め、空は茜色に染まりつつある。斜めに差し込む光が、柱の影を長く引き、風に揺れる草の先に淡く黄金の縁を与えていた。


 少女は、倒れた大理石の一片の上に腰を下ろす。

 小さく腹の音が鳴った。


 「お腹……すいた」


 すると、マイルズは音もなく動いた。

 右腕の側面にある小さなホルダーを開くと、中から銀色のパッケージを取り出す。まるで、薬か非常食のような簡素な小袋。

 何も言わず、それを少女の前にそっと置く。


 「これ……食べ物?」


 少女は目を丸くして、小袋を手に取る。

 袋を開けると、内部には淡くエメラルド色に光る、半透明の羊羹のような食べ物が、整然と並んでいた。


 指先で一切れをつまみ、口に運ぶ。


 「……っ!」


 ほんのり甘く、柑橘のような爽やかさと、ひんやりとした舌触り。優しく広がる味に、少女の顔がほころんだ。


 「とっても、おいしい……!」


 嬉しそうに笑いながら、少女は目の前のマイルズを見上げる。


 「ありがとう!」


 夕陽を背に、少女の顔はほんの少し赤く染まっていた。透き通るようなその笑顔は、荒れ果てた世界の中で、ひとしずくの灯りのようだった。


 マイルズは無言のまま、遠くの空を見つめている。だがその静けさは、どこかやさしい沈黙だった。


 少女はゆっくりと、残りの一切れを食べる。

 それは、ほんの手のひらに収まるほどの小さな食事だった。けれど、少女は満たされていた。お腹だけじゃなく、心の奥の、ずっと乾いていた場所まで。


 夕暮れの風が、崩れた教会の柱をやさしくなでていった。



教会の跡地に、完全な夜が訪れていた。

 崩れた柱の隙間から、夜風がすうっと吹き抜ける。光はすっかり地上から消え、かわりに、空には無数の星がちりばめられていた。

 いくつかは瞬き、いくつかは揺らめき、いくつかは、あの廃墟の奥の夜空を照らしていた。


 少女は、瓦礫の上に敷いた薄いブランケットの上にそっと寝転がっていた。

 腕をまくらにし、目を細めながら、星の海を見上げている。


 「……きれいだね」


 静かに、呟くように言うその声は、星空の下に吸い込まれていった。


 マイルズはそのそばに静かに立っていた。

 風にわずかに揺れるその機械の体は、まるで空と大地の間に立つ灯火のようだった。


 少女はまぶたがだんだんと重くなるのを感じながら、あくびもせず、ただ静かに目を閉じた。

 やがて、すうすうという安らかな寝息が、星明かりの下にひそやかに広がる。


 マイルズは、少女の寝顔をひととき見つめていた。

 その無防備で穏やかな表情を、音もなく見つめ続けた。


 「スリープモードに移行。警戒レベル2のため、周囲スキャンを継続します」


 静かな声が、誰に聞かせるでもなく告げられる。


 そして、マイルズの額にある小さなセンサーが、やわらかなオレンジの光を灯した。

 その光はまるで、焚き火の残り火のように、そっと少女の傍らを照らしていた。


 誰もいない夜。

 星と瓦礫と風の音だけがあるこの世界で、一人の少女と一体のロボットが、微かに寄り添いながら眠っていた。




朝が来た。

 空はすでに薄水色に染まり、夜の名残を、東の光がゆっくりと追い払っていた。


 少女は、かすかに風に揺れる草の音と、金属が微かに軋むような音で目を覚ました。

 小さくあくびをして、ブランケットの上で体を丸めるように背伸びをすると、大きく伸びをして、眠そうな目をこすった。


 そして、目を開けた瞬間――その光景に、言葉を失う。


 「……え?」


 教会跡の広場。そこには、昨夜とはまるで別の世界が広がっていた。

 少女の周囲には、犬型のロボットたちの無数の残骸が転がっていた。焼け焦げた部品、ねじれた脚部、剥がれた装甲。

 血の代わりに、光を失った冷たい機械の眼が、空しく空を見ていた。


 少女の視線がゆっくりと動き、彼女の傍に立つ一体の影を捉える。


 「……マイルズ……?」


 そこには、昨日と同じ無表情のマイルズが立っていた。だが、様子が違う。

 両腕には展開されたままの武装――右腕のパルスランチャーは煙をわずかにくゆらせ、

 左腕の斧は朝の光に黒く濡れていた。


読んでいただき、ありがとうございます。評価やブックマーク、感想等をいただけると励みになります。1日1話更新を目指しています。気分でもっと高い頻度で更新するかも。

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