No.5 安息
終末世界でロボットは、少女と共に記憶を見る。
「……おじいちゃん、たまに……ひとりごとで“未来”って、言ってた」
少女はそう呟きながら、映像の消えた虚空を見つめていた。
その目は、今見たばかりの記憶を、心の奥にそっと沈めようとするようだった。
「……辛かったんだぁ」
そう言ったとき、少女の頬を、一筋の涙が流れ落ちた。
マイルズは何も言わず、ただ前を向いたまま微動だにしない。
少女は、涙を袖で軽く拭った。
そして、穏やかに、でもはっきりと告げた。
「……おじいちゃんのとこ、行こ」
マイルズはそれでも何も言わず、ただ静かに歩き出した。
少女もそのあとを追う。
斜めに崩れかけたビルを越え、瓦礫に足を取られながらも、二人は進んでいく。
青空の下、水たまりが並ぶ道沿いを歩く。
そして、少女の「住処」だったあの場所へ戻ってきた。
倒壊したビルの隙間。
風に晒されたブランケット、黒ずんだ焚き火の跡、そして、少女が暮らしていた痕跡。
その中心に、静かに横たわる老人の姿があった。
少女は、ゆっくりとそのもとへ歩み寄った。
その手には、あのときポータルから拾い上げて持っていた、記憶集積ポータルが握られていた。
少女はそっと、老人の冷たくなった手に、そのポータルを持たせるように置いた。
無言で老人の顔を見つめ、少女は小さく、でも確かに微笑んだ。
そして、また一粒、涙がこぼれる。
「……おじいちゃん、大変だったね」
少女の声は、静かな風の音と混ざって、空に吸い込まれていった。
「……これ、落とし物。
……おやすみ」
そう言って、少女はそっと目を閉じた。
その瞬間——
心なしか、老人の顔が、ほんの少しだけ、穏やかになったように見えた。
少女はゆっくりと立ち上がる。
少し離れた場所で見守っていたマイルズのもとへと歩いていき、
老人に背を向けたまま、ぽつりと呟いた。
「……ありがと」
風が吹いた。少女の髪がなびき、マイルズの鋼鉄の体を擦る風音がした。
少女はまっすぐに前を見つめた。
「じゃあ、行こうか。……二つ目のポータルのとこ」
その言葉に応えるように、マイルズは何も言わずに、歩き出した。
少女もまた、すぐにその後ろに続く。
記憶を受け取り、想いを置き、
彼女はまた、歩み出した。
道中、少女は歩きながら、ふと口を開いた。
「……おじいちゃん、幸せだったのかな……」
その声は風に乗って静かに流れたが、誰もその問いに答えはしなかった。
マイルズはやはり無言のまま、ただ前を見て歩いている。
脚の関節が静かに動く音だけが、世界に響いていた。
やがて、2人はひらけた通りに出た。
そこは、元・住宅街だった。
見渡すかぎり、どの家も苔に覆われ、静かに朽ちかけていた。
それでも、かつて「人の暮らし」があったことは感じ取れた。
花壇の跡、崩れかけたポスト、窓辺のカーテン……
少女は一軒の家を見て、少し立ち止まりかけたそのとき——
ガラッ……ガサッ……
——何かが、音を立てて動いた。
「……何?」
少女が反射的に身をすくめる。
音の出所は、左手にある一部が崩壊した二階建ての家だった。
その前に、瓦礫が不自然に積まれている。
そして、その瓦礫の山が、確かに動いた。
マイルズの視線が、即座にそこを向く。
「スキャンを実行します……」
数秒の沈黙。
マイルズの目が赤く輝いた。
「外敵反応を確認。戦闘形態に移行します」
「……え?」
少女は、一歩後ろへ下がる。
「なに? こわい……」
その声に答えるように、瓦礫の山が爆ぜるように崩れた。
次の瞬間、2体の犬型ロボットが飛び出してきた。
体長は大型犬ほど。鋭利な四肢に、金属製の尾。
何より——少女の目を釘付けにしたのは、その口元だった。
べったりと、赤黒い血がついている。
まるで、それが獣であるかのように。
人を、噛んだ後のように。
少女は思わず、声を漏らした。
「……う、うそ……なに、あれ……」
犬型ロボットたちは、低くうなり声のような金属音を立てながら、こちらに視線を向けた。
瞳にあたる部分は、不気味な青い発光をしている。
「マイルズ……こ、こわいよ……」
「敵性目標、2体。威嚇行動を確認。自動戦闘モードを開始します」
そう告げたマイルズの体表が、変形するようにして変わっていく。
背面からは防御プレートが展開し、右腕からは小型のパルスランチャーのような装置が伸びた。
戦闘態勢。
少女は、ただマイルズの後ろに身を寄せるしかなかった。
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