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終末配達ロボット、君の町へ  作者: 非常口
case.1 オジイチャン
5/12

No.4 判明

終末世界で少女とロボットは、過去の記憶を辿る。

しばらく沈黙が流れた。

 少女もマイルズも何も言わず、ただ静かに病室をあとにした。


 廊下には、日差しが落ちている。天井の一部が崩れ、そこから差し込む光が埃を黄金色に染めていた。

 2人はゆっくりと歩きながら、病院の中を探索した。


 所々に残るベッドの枠、倒れた点滴スタンド、薄れて読めなくなったフロアマップ。

 どれも崩れて錆びついていたが、それでも確かにここがかつて「人が生きていた場所」であることを物語っていた。


 やがて、ふたりは元いた受付のスペースへと戻ってきた。

 少女が何気なくその脇に置かれた長椅子へと視線を向けたとき——


「ポータルの二つ目の記録開始地点です。映像を再生します」


 突然、マイルズが機械的に言った。


 「え……?」と少女が言い終える前に、マイルズの頭頂部から光がふたたび放たれた。


 光が周囲に広がり、やがてそこに、再び立体映像が浮かび上がった。


 ざわざわとした人の声が聞こえる。

 記憶の中の受付ロビー。長椅子には、あの夫婦と赤ん坊が座っていた。


 母親は赤ん坊をやさしくあやしている。


「……また撮ってるの?」


 少し呆れたような口調で母親が言うと、夫は照れ笑いを浮かべる。


「だって……未来が可愛くて、つい」


 母親は微笑んで、赤ん坊の頬に指を滑らせる。


「……もうすぐね」


 その言葉に、夫は静かにうなずき、少し目を伏せながらも笑っている。


「……最後の日、何する?」


 母親がぽつりと聞いた。

 だけど、その声は不思議と暗くなかった。明るさすら滲ませていた。


「病院を抜け出して……3人で遊園地にでも行こうか?」


 「なにそれ」と母親は笑った。


「いいわね。いっそ海外にでも行っちゃう?」


 「はは、だったら……ベネチアなんてどうだ? 君、前から行きたがってたじゃないか」


 2人は笑い合う。

 赤ん坊の小さな手が空を掴むように動き、母親の指を握った。


 そして、母親が少し真面目な表情で言う。


「……でも、やっぱ、この病院で。3人で過ごしましょう」


 夫は目を細めて、うなずいた。


「……そうだな」


 ——そこで、映像はふっと途切れた。

 光が消え、また、現実の静かな病院に戻る。


 苔に覆われた長椅子、倒れた看板、ひと気のない受付ロビー。


 少女は、映像が消えてしばらくしてから、ぽつりと呟いた。


「……すてきな家族だね」


 その声には、羨望とも、憧れとも、そしてどこか寂しさともつかないものが混じっていた。


 「ポータルの映像は、これで終わり?」

 少女が問いかけると、マイルズは答えた。


「あと一件、記録されているデータがあります」


 「……じゃあ、それ見ていこうか。そこまで案内してくれる?」


 マイルズは何も言わなかった。

 ただ静かに振り返り、また歩き出した。


病院を出ると、外の光が急に眩しく感じられた。

 空はどこまでも澄み、しかし無音で、風の音だけが瓦礫の間を通り抜けていく。


 2人は無言のまま、来た道をゆっくりと引き返した。


「……こっちなの?」


 少女が問うと、マイルズは答えない。ただ淡々と、道を進んでいく。


 やがて、1つの角に差しかかったとき——

 マイルズが足を止めた。


 そこは、最初にポータルを拾った場所のすぐ近くだった。


「三つ目の記録開始地点です。映像を再生します」


 マイルズの頭頂部から、また静かに光が放たれた。


 そこに現れたのは——

 さきほどの夫の姿だった。

 しかし、彼はもう若くはなかった。

 髪は薄くなり、肌には深い皺。背中も少し曲がっていた。


「あ……間違えて、記録開始のボタン……押しちゃった」


 その声には、疲労と哀しみが滲んでいた。

 冗談めいた言葉の裏に、張り詰めた空気があった。


 夫は、ゆっくりと歩き出す。

 それに合わせて、マイルズの映像も、自然と前へと進んだ。


 少女も、ついていく。

 彼女は、何かを考えるように眉を寄せながら、無言でその背中を見つめていた。


 「……もう、どうでもいい……ガスも……大量に吸ってしまったし……」


 夫は自分の腕を見下ろし、無気力な声で呟く。


 「……何より……未来……愛莉……

  なんで……なんで僕だけが……」


 その言葉の先に、溢れたものは言葉ではなかった。

 目元を濡らす涙が、頬を伝って落ちていく。


 彼は歩みを止めると、手に持っていたポータルを——

 マイルズと少女が「拾った」あのポータルを、ゆっくりと見る。


 そして、声を押し殺すように呟いた。


「……もう、これを見るの……やめよう。……辛い……」


 そう言って、夫はそのポータルを、ぽとりと足元に投げ捨てた。

 投げたというにはあまりに力の抜けた動きだった。


 マイルズは、その地点で立ち止まった。


 映像の中の夫は、俯きながら歩き出す。

 「……未来……」

 かすかにその名前を呼んだが、もう声は弱々しく、かき消されるようだった。


 彼の姿は、映像の端へと向かって……フェードアウトしていった。


 残されたのは、灰と瓦礫と、重たい沈黙。


 少女は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 やがて、ぽつりと呟く。


「……私、この人……知ってるかも」


 その声は、自分でも確信が持てない、しかし確かに心の奥に引っかかった感覚だった。


 ——しかし、映像はまだ終わっていなかった。


「……動的反応がある地点まで、映像をスキップします」


 マイルズの声とともに、映像が一度フェードし、再び光が灯った。


 そこには、再びあの夫の姿があった。

 だが今度は、完全に老人となっていた。

 白く長い髭をたくわえ、ゆっくりと、逆方向から歩いてくる。


 マイルズが、それに合わせてまた進み出す。

 少女も一歩を踏み出し、映像の中の人物をまじまじと見つめた。


 少女は、確信を込めて言った。


「……やっぱり。おじいちゃんだ。

 さっきまで……一緒に暮らしてた…」


読んでいただき、ありがとうございます。評価やブックマーク、感想等をいただけると励みになります。1日1話更新を目指しています。気分でもっと高い頻度で更新するかも。


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