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終末配達ロボット、君の町へ  作者: 非常口
case.1 オジイチャン
3/12

No.2 名前

終末世界で、ロボットは少女と共に歩き出す

 「ねえ、あなたの名前は?」


 歩きながら、少女はふと思いついたように尋ねた。


 ロボットは一瞬、足を止める。


「個体ナンバー……記憶回路を確認……欠損しています」


 数秒の沈黙の後、平坦な声が返ってくる。


 少女は眉を上げた。


「名前も忘れちゃったの? 忘れん坊さんなのね」


 からかうような言い方だったが、声は柔らかかった。

 ふたりは、崩れたビルの隙間から延びる道なき道を進み、大きな水たまりの縁に出た。


 青白い空を映した水面に、ふたりの姿が逆さまに浮かんでいた。

 金属の体と、痩せた少女の影が、並んで水辺を歩いていく。


「じゃあ、名前つけてあげる。マイルズね」

 少女は突然言った。

「私が飼ってた犬の名前。優しくて、でもちょっと鈍くて。あなたっぽい」


 ロボットは足を止め、無言で彼女を見つめた。

 その沈黙が、ほんの少し長く続いたあと——


「……個体ナンバー消失のため、個体名“マイルズ”に上書きします」


 機械の声で、けれどそれは、受け入れるという意思のようにも聞こえた。


 少女は満足そうに微笑む。


「うん、よし。よろしくね、マイルズ」


 そのまま、水たまり沿いを再び歩き出す。



 「どこにいく?」


 少女が何気なく尋ねると、マイルズの目が再び淡く光った。


「周辺情報を解析中……半径100メートル以内に“記憶集積ポータル”を確認。地形データ収集のため、ポータルのデータを回収しに向かいます」


 「……キオクシュウセキ、ってなに?」


 少女の口から、ぎこちなくその単語がこぼれる。

 マイルズは即座に応じた。


「記憶集積ポータルは、登録した人物と同期し、ポータルが記録開始地点に近づいた際、登録人物の記憶を**三次元映像(3Dビジョン)**として再現します」


 「へえ……」

 少女はふーん、と短く息を漏らすように言った。


 そして、すこしだけ間をおいて、ふと尋ねる。


「じゃあ……私のお母さんも、見れるのかもしれないの?」


 声は静かだった。だが、その奥に、わずかな期待と、同じくらいの不安が混じっていた。


 マイルズは歩みを止め、空を向いていたセンサーをわずかに下げた。


「誰かがその人物をポータルに記録しており、かつそのポータルを記録を開始した地点に持っていくことができれば、可能です」


 少女は、そっとまばたきをした。

 水面に映る彼女の目は、さざ波に揺れていた。


しばらく進むと、二人の前に、ぽつんと立つ電柱が現れた。

 傾きかけたそれの根元に、小さな装置が転がっていた。灰色の円筒形、錆に覆われ、半分土に埋もれている。だが、表面には今もぼんやりと、青いランプが灯っていた。


 マイルズは立ち止まり、その装置に向かって静かに腕を伸ばす。

 指先の隙間が開き、中から細く銀色のコードが伸びた。それはまるで、神経のようにゆっくりと動きながら、装置の下部にあるソケットへと差し込まれていく。


「……家庭用小型記憶集積ポータルを発見。保存を確認。データを収集します」


 無機質な声が、電柱の影に響く。


 少女はしゃがみ込み、その装置をじっと見つめた。


「これが、“ポータル”っていうのね」


 彼女の声には、少しだけ不思議そうな響きがあった。


 数秒後、マイルズのセンサーが緑色に点滅する。


「データ100%、保存しました」


 そう言うと、マイルズは無造作にその装置からコードを引き抜き、ポータルを地面に置いた。いや、「置く」というより、興味を失ったかのように捨てた、という方が近い所作だった。


 少女は少し眉をひそめ、装置を拾い上げる。


「これ、いいの? 捨てちゃって」


 マイルズは平然と答えた。


「記憶集積ポータルのデータは収集済みです。今後、当該ポータルが記録開始地点に近づいた場合、マイルズ本体から三次元映像の再生が可能です」


 少女はしばらくその装置を見つめ、それからマイルズの顔を見上げた。


「……あなた、けっこうすごいのね」


 その言葉には、純粋な驚きと、少しの尊敬が混ざっていた。だがマイルズは、やはりいつもの平坦な声で何も返さない。


 少女は、ポータルを腕に抱えるようにして立ち上がった。

 まるで、大切なものを見つけたかのように。


「でも、なんか気に入っちゃった。……持ってくね」


 そう言って、彼女は装置をぎゅっと抱きしめながら、また歩き出した。

 マイルズも、何も言わずにそのあとをついていく。


 マイルズの目がふたたび淡く光り、機械的な声が静かに響いた。


「記憶集積ポータルのデータより、半径300メートルの地形データ……およびポータルに保存されている地点の地形データを記録、保存します」


 ロボットの目がわずかに動き、東側の斜めに崩れたビル群の方角を向く。


「……ポータルの記録開始地点は、ここから150メートル先の病院の映像です」


 少女は、腕に抱えたポータルを見下ろし、少し口を開けたままその言葉を反芻する。

 「びょういん……」


 マイルズの頭部から、もう一つ別の方向へと視線が伸びた。


「……半径300メートル以内に、別の記憶集積ポータルを発見」


 少女は、しばらく考えるように口を閉ざし、目を細めた。

 風がまた、コンクリートの瓦礫の隙間を抜け、少女の髪をなでる。


 「……でもさ、まずは、最初のポータルのとこに行ってみない?

 “三次元映像”ってやつ、見てみたい」


 期待と好奇心が混ざった声。

 それは、何かが始まることを予感する響きだった。


 マイルズはしばらく黙っていた。

 応答の合図も、動作音もない。ただ、静かに、彼は方向を変えた。

 少女の言った「病院」へ向かって、歩き出す。


 少女は、マイルズの無言の意思を読み取るように、微笑む。


 彼女もまた、歩き出す。

 瓦礫を踏み、埃を巻き上げながら。病院跡地のある方角へ。

 崩れた街の片隅で、少女とロボットの小さな影が並んで遠ざかっていく


読んでいただき、ありがとうございます。評価やブックマーク、感想等をいただけると励みになります。1日1話更新を目指しています。気分でもっと高い頻度で更新するかも。


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