No.12 神社
終末世界でロボットは、旅をする。
瓦礫とコンクリートに囲まれた無機質なビル街を抜けると、次第に風景は変わっていった。
崩れた歩道の隙間からは草が芽吹き、壁に絡みつく蔦がビルを半ば覆い隠している。鋭く冷たい直線の建物群は、ゆっくりと緑に浸食されつつあった。
さらに進むと、都市のざらついた空気が少しずつ薄れ、どこか湿り気を帯びた涼しい風が少女とマイルズの頬を撫でていく。舗装道路はひび割れ、そこから生えた雑草や小さな木々が、まるで人間の退いた隙間を埋めるように道を飲み込んでいた。やがて両脇に並んでいたビルは背を低くし、代わりに木々が頭上を覆い始める。
葉擦れの音が耳をくすぐり、陽光は枝葉の隙間をこぼれて無数の光の粒となって足元に踊った。濃淡を織り交ぜる緑の光が道全体に降り注ぎ、都会の残響を遠ざけていく。アスファルトの黒がまだところどころに覗いているものの、その上を柔らかな苔や落ち葉が覆い隠し、歩くたびにかすかな湿り気を感じさせる。
少女は思わず足を止め、深呼吸をした。かすかに漂うのは草木の青い匂いと、土の甘い匂い。風に乗って鳥の声も聞こえてくる。ここがかつて同じ都市の一部であったことを、ほとんど忘れてしまいそうなほどだった。
「……すごい、きれい」
少女が小さく呟くと、マイルズは何も言わず、ただ歩調を合わせて後ろをついてくる犬型ロボットたちと共に進み続ける。
やがて――ふいに視界の先に、朱塗りの小さな鳥居が現れた。鮮やかな赤色は時を経て少しくすんでいたが、周囲の緑の中でひときわ目立ち、緑の都会という不自然な自然の中で不思議な存在感を放っていた。
少女は目を輝かせ、駆け足で鳥居の前に近寄る。鳥居の奥には、木立に抱かれるように、こぢんまりとした社が建っていた。苔むした石段、風に揺れる紙垂、ひっそりとした佇まい。そこは、都会の残骸の中にぽつりと取り残された、小さな神社だった。
マイルズが淡いオレンジ色の光を灯すと、その光が木漏れ日の緑と混じり合い、神秘的な雰囲気を周囲に漂わせた。少女はそれを見て、自然と口を開いた。
「……休憩、するのね」
彼女の言葉に応じるように、犬型ロボットの二体も鳥居のそばで立ち止まり、同じオレンジ色の光をともして動きを止める。まるで境内を守る狛犬のように、左右に並んで静かに鎮座する姿は不思議な調和を感じさせた。
もう一体も停止しかけたが、少女は振り返り、少し恥ずかしそうに声をかける。
「……神社、一緒に探検しよ」
その声に犬型ロボットは無言で彼女を見つめていたが、やがて少女が歩き出すと、まるでペットのように小さく足音を響かせ、後ろを追った。
境内は小さな公園ほどの広さだった。
本殿は黒ずんだ木材で組まれ、屋根の瓦はところどころ苔むして緑色に覆われていた。壁には雨風が削った痕が刻まれ、木の板は乾いた音を立てながらも、まだしっかりと形を保っている。鈴の縄は色褪せて毛羽立ち、風に揺れてかすかな軋みを響かせた。
賽銭箱の前には落ち葉が積もり、誰かが手を合わせたことなどもう長い間ないことを物語っていた。
少女は興味深そうに本殿の柱をなぞり、軒先に連なる木片を避けながら歩いた。木々に囲まれた境内には、風が葉を揺らす音だけが響き、都会の残骸から隔絶された別世界のようだった。
やがて本殿の裏側に回り込んだ。
すぐ後ろには高いビルが立っていて、影になっている。入り口とは違い少し圧迫感のある閉鎖的な場所だったが、それすらも少女の心を踊らせた。
少女は立ち止まり、上を見上げた。そこには、大きな苔むした鉄塊がある。
人々の面影など微塵も感じられないこの世界で、でもそこには人々が存在した証拠が、確かにある。
「……大きい…」
少女はポツリと呟く。
単にビルの物理的な大きさか、この世界での人々の存在証明としての大きさかは、わからない。
そして少女は、周囲を見渡す。
少女は古びた木の手すりに駆け寄り、腰掛けようと両手で支えを取った。
――その瞬間。
「……えっ…」
カチリ、と硬質な音が響く。
手すりの一部がまるでスイッチのように沈み込み、足元の石畳が重苦しい音を立てて左右に割れた。
少女はすぐさま立ち上がり、犬型ロボットにしがみつく。
……ゴオオォーー
舞い上がる土埃の向こう、地中へと続く数段の階段が現れる。
その下には、今見ていた苔むした木造の世界とはまるで別の、冷たく滑らかな金属で覆われた、現代的で巨大な扉が口を開けていた。
少女は思わず息を呑み、犬型ロボットも小さく首をかしげながら、その未知の入り口をじっと見つめていた。
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