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終末配達ロボット、君の町へ  作者: 非常口
case.1 オジイチャン
11/14

No.10 制圧

終末世界でロボットは、動かなくなる。

涙がこぼれそうになるのを、少女はぐっと堪えていた。

 けれど、潤んだ視界越しでも――はっきりとわかった。


 敵は、少女を囲み、完全に包囲していた。

 マイルズは動かない。

 助けは、どこにもいない。


 その現実が、少女の小さな胸をゆっくりと締めつけていく。

 それでも、足を引きずってでも、彼の前に立ち続けている自分がいた。


 棒を構える両手が震えていた。

 冷たい風が、血の気の引いた頬を撫でていく。


 ――沈黙が、長く、重く、流れる。


 それを破ったのは、機械の唸りだった。


 「――ヴゥッ!」


 最も近くにいた犬型ロボットが、地を蹴り、跳ねた。

 少女は目を見開き、反射的に目をぎゅっとつむる。


 心臓が高鳴る。息が止まりそうになる。


 その瞬間。


 「意見順位を、個体名マイルズに変更。緊急停止。」


 無機質な声が、静かに、しかし確かに空気を裂いた。


 次の瞬間、飛びかかっていた犬型ロボットが、まるで糸が切れたように力を失い、地面に落ちる。

 他のロボットたちも同様だった。

 一斉に、赤い目の光がスッと消え、カシャン、と機械的な音を立てて、倒れていく。


 その場に、再び静寂が戻った。


 少女はそっと目を開けた。

 生きている。どこも痛くない。

 ただ、目の前には――瓦礫のように沈黙した機械たちが転がっていた。


 「……どうして?」


 少女は呟くように問いかける。

 その声に、誰も応えなかった。

 ただ一つ、少女の背中に、微かなぬくもりの気配があった。


 振り返ると、そこには――


 「……マイルズ……!」


 崩れかけた身体。装甲のあちこちが焦げ、裂け、焼け焦げている。

 それでも、その身体はまっすぐに立っていた。

 無機質なボディの中心で、淡く橙色に灯る、いつもの目。


 少女は駆け寄り、力いっぱい、その身体に抱きついた。


 「……マイルズ……っ、生きてた……!」


 少女の声が震える。

 涙が頬をつたって、マイルズの胸部装甲に落ちた。


 マイルズは、何も言わなかった。

 動くことも、手を伸ばすこともなかった。

 ただ、少女が抱きしめるその場で、静かに、まっすぐに立っていた。


しばらく、少女はマイルズにしがみついたまま泣いていた。

 涙はとめどなく頬を伝い、マイルズの胸を濡らしたが、ロボットの彼は何も言わず、動かず、ただそこにいた。


 やがて、少女は少しずつ嗚咽を抑え、目元を手の甲で拭った。


 「……よかった、マイルズ……」


 小さな声で、でも確かにそう呟いた。


 マイルズの橙のランプが微かに点滅する。


 「エネルギーの使用超過を確認。安全稼働限界を7.3%上回っています。」


 マイルズは、変わらず無感情な声で告げた。


 少女はそれを聞きながらも、ほっとした表情で立ち上がる。

 そして周囲を見回した。倒れている、いや、動かなくなった数十体の犬型ロボット。無機質な鉄の塊が、いまも警戒を解いたように沈黙している。


 「……なんで急に、動かなくなったのかな…」


 少女が疑問を口にする。


 マイルズは一歩前に出ると、静かに告げた。


 「HC-47に命令。再起動、意見順位二位以下の命令を全て取り消し。」


 瞬間――。


 倒れていた犬型ロボットたちが一斉に頭部を起こし、立ち上がる。

 その瞳に再び光が灯る。

 だが、それはかつての敵意を示す赤ではなかった。マイルズと同じ、穏やかな橙色に、優しくゆらめいていた。


 「……え?」


 少女は思わずマイルズの背中に隠れる。目の前で再起動した獣たちに、恐怖は完全に消えてはいなかった。だが、それよりも強いのは――不思議さだった。


 「個体名セイソウの所持していた、HC-47の管理プロトコルを取得。管理者及び意見順位を変更しました。」


 マイルズは、橙に光る視線を犬型ロボットたちに向ける。


 「周辺の食料の収集を命令。」


 マイルズの言葉と同時に、犬型ロボットたちは一糸乱れずその場を離れ、崩れた建物の外へと散っていった。


 少女は目を見開いて、その後ろ姿を追いながらつぶやく。


 「……マイルズの言うこと、聞いてるね…」


 どこか信じられないような、けれど頼もしくもあるその光景。


 マイルズは数歩、建物の中央――崩れた天井から日差しの差し込む場所へと移動した。

 顔を上げ、太陽を捕えるようにその姿勢を微調整する。


 「ソーラー充電を開始します。」


 それだけを言うと、ゆっくりと静止する。


 少女はすぐにマイルズのそばへ歩き寄り、その冷たい金属の手をそっと握った。


 その手は硬く、温もりもなかった。

 けれど、少女の中にある何かが、やっと落ち着きを取り戻していくのを感じていた。


 太陽の光の下で、無言のまま、二つの影が並んでいた。


読んでいただき、ありがとうございます。評価やブックマーク、感想等をいただけると励みになります。1日1話更新を目指しています。気分でもっと高い頻度で更新するかも。

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