No.10 制圧
終末世界でロボットは、動かなくなる。
涙がこぼれそうになるのを、少女はぐっと堪えていた。
けれど、潤んだ視界越しでも――はっきりとわかった。
敵は、少女を囲み、完全に包囲していた。
マイルズは動かない。
助けは、どこにもいない。
その現実が、少女の小さな胸をゆっくりと締めつけていく。
それでも、足を引きずってでも、彼の前に立ち続けている自分がいた。
棒を構える両手が震えていた。
冷たい風が、血の気の引いた頬を撫でていく。
――沈黙が、長く、重く、流れる。
それを破ったのは、機械の唸りだった。
「――ヴゥッ!」
最も近くにいた犬型ロボットが、地を蹴り、跳ねた。
少女は目を見開き、反射的に目をぎゅっとつむる。
心臓が高鳴る。息が止まりそうになる。
その瞬間。
「意見順位を、個体名マイルズに変更。緊急停止。」
無機質な声が、静かに、しかし確かに空気を裂いた。
次の瞬間、飛びかかっていた犬型ロボットが、まるで糸が切れたように力を失い、地面に落ちる。
他のロボットたちも同様だった。
一斉に、赤い目の光がスッと消え、カシャン、と機械的な音を立てて、倒れていく。
その場に、再び静寂が戻った。
少女はそっと目を開けた。
生きている。どこも痛くない。
ただ、目の前には――瓦礫のように沈黙した機械たちが転がっていた。
「……どうして?」
少女は呟くように問いかける。
その声に、誰も応えなかった。
ただ一つ、少女の背中に、微かなぬくもりの気配があった。
振り返ると、そこには――
「……マイルズ……!」
崩れかけた身体。装甲のあちこちが焦げ、裂け、焼け焦げている。
それでも、その身体はまっすぐに立っていた。
無機質なボディの中心で、淡く橙色に灯る、いつもの目。
少女は駆け寄り、力いっぱい、その身体に抱きついた。
「……マイルズ……っ、生きてた……!」
少女の声が震える。
涙が頬をつたって、マイルズの胸部装甲に落ちた。
マイルズは、何も言わなかった。
動くことも、手を伸ばすこともなかった。
ただ、少女が抱きしめるその場で、静かに、まっすぐに立っていた。
しばらく、少女はマイルズにしがみついたまま泣いていた。
涙はとめどなく頬を伝い、マイルズの胸を濡らしたが、ロボットの彼は何も言わず、動かず、ただそこにいた。
やがて、少女は少しずつ嗚咽を抑え、目元を手の甲で拭った。
「……よかった、マイルズ……」
小さな声で、でも確かにそう呟いた。
マイルズの橙のランプが微かに点滅する。
「エネルギーの使用超過を確認。安全稼働限界を7.3%上回っています。」
マイルズは、変わらず無感情な声で告げた。
少女はそれを聞きながらも、ほっとした表情で立ち上がる。
そして周囲を見回した。倒れている、いや、動かなくなった数十体の犬型ロボット。無機質な鉄の塊が、いまも警戒を解いたように沈黙している。
「……なんで急に、動かなくなったのかな…」
少女が疑問を口にする。
マイルズは一歩前に出ると、静かに告げた。
「HC-47に命令。再起動、意見順位二位以下の命令を全て取り消し。」
瞬間――。
倒れていた犬型ロボットたちが一斉に頭部を起こし、立ち上がる。
その瞳に再び光が灯る。
だが、それはかつての敵意を示す赤ではなかった。マイルズと同じ、穏やかな橙色に、優しくゆらめいていた。
「……え?」
少女は思わずマイルズの背中に隠れる。目の前で再起動した獣たちに、恐怖は完全に消えてはいなかった。だが、それよりも強いのは――不思議さだった。
「個体名セイソウの所持していた、HC-47の管理プロトコルを取得。管理者及び意見順位を変更しました。」
マイルズは、橙に光る視線を犬型ロボットたちに向ける。
「周辺の食料の収集を命令。」
マイルズの言葉と同時に、犬型ロボットたちは一糸乱れずその場を離れ、崩れた建物の外へと散っていった。
少女は目を見開いて、その後ろ姿を追いながらつぶやく。
「……マイルズの言うこと、聞いてるね…」
どこか信じられないような、けれど頼もしくもあるその光景。
マイルズは数歩、建物の中央――崩れた天井から日差しの差し込む場所へと移動した。
顔を上げ、太陽を捕えるようにその姿勢を微調整する。
「ソーラー充電を開始します。」
それだけを言うと、ゆっくりと静止する。
少女はすぐにマイルズのそばへ歩き寄り、その冷たい金属の手をそっと握った。
その手は硬く、温もりもなかった。
けれど、少女の中にある何かが、やっと落ち着きを取り戻していくのを感じていた。
太陽の光の下で、無言のまま、二つの影が並んでいた。
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