始まりの配達
終末世界でロボットは、少女に宅配便を届ける。
風が吹いていた。
錆びた道路標識がガタガタと揺れ、折れたビルの影が長く砂塵の上に落ちている。空は煌々と光り、荒廃した都市には、緑が輝いていた。
その中を、ひとつのロボットが歩いていた。
人間のような形。だが動きはぎこちなく、足音は金属の打撃音に似ていた。
その背中には、大きな宅配ボックスが一つ。
配送コード【77-βA-9423】。
差出人:オオクラ カナ。
届け先:トキワ町第三住宅区15-3。
配送期限:99年超過。
ロボットは、歩くのをやめない。
理由は、彼が「そうプログラムされている」からだ。
⸻
「配達記録を再確認:記憶媒体、欠損。思考補助回路、起動中……」
ロボットは立ち止まり、淡い光を放つ目を点滅させた。彼には自分の名前がない。自分がいつから存在しているのかも知らない。ただ、この荷物を届けるためだけに、動いている。
周囲は廃墟。
人の気配はどこにもない。
木々は倒れ、コンクリートに苔が生えている。長い時が流れているはずだが、「時間」の感覚も、彼にはなかった。
「……トキワ町、第三住宅区……検索開始」
地図データも、欠損していた。
でも彼は歩いた。風の中を、瓦礫を乗り越えて。
⸻
歩き始めてどれほど経っただろう。
斜めに傾いた電柱の陰から、声が聞こえた。
「……ねえ、そこにいるの、誰?」
その声に、ロボットは足を止めた。
古い世界にはない、新しい音だった。
目を向けると、そこには一人の少女がいた。
ボサボサの黒髪、腕にはボロ布を巻いている。年齢は13〜14歳程度。目だけが異様に鋭く、警戒心に満ちていた。
「……ロボット……? 配達……?」
「この荷物を……届けます」
そう言ってロボットがボックスを見せると、少女はわずかに目を見開いた。
「……届け先、どこ?」
「トキワ町第三住宅区……15-3」
少女は数秒、黙り込んだ。
そして言った。
「そこ、私の家。……たぶん、もう誰も住んでないけど」
「でも、その名前。オオクラ カナ……」
少女は、一歩ロボットに近づく。
目をそらさず、まるで祈るような声で言った。
「それ、たぶん、お母さんの名前」
⸻
風が、少し止まった。
ロボットは少女を見つめる。
そして、静かに答えた。
「お届けします。この荷物を。あなたのもとへ」
初めて、ロボットの“配達”に意味が生まれた瞬間だった。
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