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美少女のお気に入りの下僕に選ばれたら、めちゃくちゃ特別扱いされだした件

作者: 帷子拓魅

「今日も和奏(わかな)様は世界で1番お綺麗です」

 

 そんな魔法の鏡みたいなセリフを淡々と告げる俺。それを背後からさりげなく監視するクラスメイトたち。

 和奏様の機嫌を損ねることは決して許されない。


 ――さて、どうしてこのような事態になっているか、順を追って説明しよう。


 和奏様――森宮和奏(もりみやみかな)は高校で1番モテる。顔面人間国宝とまでいわれるほどだ。

 めちゃくちゃ可愛くて、性格も優しい。おまけに誰にでも分け隔てなく接してくれるんだからモテないわけがない。


 そして、そんなモテモテ国宝級美少女の和奏には、ファンクラブのようなものがある。当の本人はその存在を知らないのだが……。


 その名も、『和奏様にすべてを捧げる会』――名前からしてすでにヤバい雰囲気を感じるが、実際にかなりヤバい集団である。


 具体的には、和奏の護衛をしたり、和奏の代わりに身の回りの様々な雑事をこなしたりする。早い話、和奏のパシり団体である。


 和奏が快適な青春を過ごせるように会員がサポートとする。そういう意味では、会員が和奏の話し相手や相談相手になることもある。もっともそれは女会員や一部のお偉方の役割で、下っ端の俺には全く無縁の話なのだが。


 もちろん身分の違いなど関係なく、会員全員がしなければならないことも多くある。そのうちの1つが俺が冒頭で言っていたセリフにつながってくる。


 ――ファンクラブの掟、第1条。奏様とすれ違ったら必ず和奏様の美貌を褒め称えよ。



 俺は和奏様が自分の褒め言葉をお気に召したかどうか確認する。


 世界で1番綺麗だなんていうのは流石に嘘くさかっただろうか。でも和奏とすれ違うたびにありとあらゆる褒め言葉をかけていると、もうまともな褒め言葉をでてこないのである。


「ありがとう……めちゃくちゃ嬉しいけど、誰かに言わされてたりしないよね?」

「い、言わされてるわけ無いでしょ?」


 声が裏返ってしまった。

 他の会員たちに思いきり睨まれる。あとで半殺しの目に合うかもしれない。


「そっか、ならいいんだけど」


 高校で色々な会員から褒められすぎてるせいか、和奏もかなり半信半疑になっている。

 一周回って新手のいじめなんじゃないかとか悩んでいなかったらいいんだが。


「木村君、最近よく私を可愛いって言ってくれるよね」

「そ、そうですか?」


 それは単にすれ違う頻度が増えただけなんですけどね。

 ――もちろんそんなこと言えるわけがない。


「気のせいだと思いますけど」

「気のせいじゃないよね?私はちゃんと覚えてるよ」


 和奏は顔を近づけてきた。

 全てを見透かしたかのように、俺の瞳を見つめてくる。


 サラサラした艷やかな髪。透明感のある肌。すっと通った鼻筋。大きくてつぶらな瞳。

 近くで見たらほんと反則級に可愛いな。


 自殺しようとした人が一目ぼれして自殺を止めたなんて噂もあるが、こんなに綺麗なら納得だ。


 俺は思わず唾を飲み込んだ。

 美しすぎる和奏から目を逸らしたくなるのを必死に堪えて話す。


「き、綺麗な人を見て綺麗だと言うのは、ある意味当然じゃないですか?」

「当然じゃないでしょ。それに君、普段からそんな大胆なこと言うタイプには見えないし」


 苦し紛れの言い訳はすぐに見抜かれてしまったようだ。俺は黙りこくるしかない。


「だからさ。違ってたら本当にごめんなさいなんだけど、もしかして木村君、私のこと好――」

「違います」

「即答!?まだ最後まで言ってないよ?」


 和奏への好意を否定するのは、会員としてよくないのではないか。そう思われるかもしれない。

 しかし、会員の掟に即して考えると、実はこのように反応するのが正解なのである。


 ファンクラブの掟、第2条――和奏と接触する上で、各々の会員が和奏に抱く恋愛感情を悟られないようにしなければならない。


 要するに、和奏の美貌を客観的に称えることは許されているが、抜けがけして個人的に好感度を上げにいくことは禁止されているということなんだろう。


 ――やはり俺の判断は正しかったようだ。

 その証拠にイケメン会員がうんうんと頷きながらサムズアップしている。


「そっかー、私の勘違いだったかー。なんか超恥ずかしい」


 和奏はさして機嫌を損ねる様子もなく、微笑みながら頭を掻いた。


「こっちこそごめん、君を誤解させるようなことばっかり言って」

「いやいや、悪くないよ、もしかしてって思っただけだし。――そうだ。今度、私の誕生日会あるんだけど、よかったら木村君も来ない?皆来てくれたら楽しいし」


 和奏はにっこりと笑いかけた。綺麗な白い歯がのぞく。


 最近よく話しかけている俺に、気を遣ってくれているのだろう。


 ちょっと話す程度のクラスメイトを誕生日会に誘う。

 並大抵の人間だったらそんなことまずできないはずだ。

 誰でも受け入れる聖母のような懐の広さもまた、和奏の魅力の1つだといっていい。


「いや、俺なんかが参加しても場の空気を悪くするだけだし」

「そ、そんなことないと思うけど?木村君も参加してくれたら盛り上がるし嬉しいな」

「それって、いつあるの?」

「来週の土曜日――5月11日」

「あー母の日か。その日は予定があるんだ」


 嘘だ。その日は全く予定はない。

 ただ和奏様の誕生日会にこんな下っ端が参加すれば、間違いなくお偉方に殺される。

 だから嘘でも何でもついて断らなければならないのだ。


「お母さんとどっか行ったりするの?」

「そうそう。マザコンでごめんね」

「いやいや、全然謝ることじゃないよ。――でもそっかぁ。予定があるなら仕方ないね。残念だけど」

 

 その後も昼休みが終わるまで、和奏とぎこちない会話を続けた。

 話は全然噛み合わないし、和奏は何度も苦笑いしてるし、相当無理させてんだろうな。


 ――なんか、話しかけてごめんね。




◇ ◇ ◇




 次の休み時間、俺は会員たちに呼び出された。

 どうせまた面倒な会員の雑用を命じられるのだろう。

 ――そう思ったが、違ったようだ。


「昼休みのアレ、どう考えても尺取りすぎだろ」

「アレってなんですか?」

「お前と和奏様のやり取りに決まってんだろうが!」

「す……すみません」


 美奏と俺が長いこと会話していたのがよほど気に食わなかったようだ。

 ものすごい剣幕で怒鳴られて、俺はひたすら頭を下げるしかなかった。

 どこの組織でも下っ端はとにかく上司に逆らわないのが基本だからな。


 さらに別の会員が捕捉する。


「しかもお前が口下手なせいでさんざん和奏様に気を遣わせやがって。あれじゃ和奏様にストレスが溜まっちまうだろ!」

「ごめんなさい」


 そのとき、先程からずっと黙っていた会員がおもむろに口を挟んだ。

 おそらくこの中で1番立場が上だと思われる。


「お前ら、その辺にしておけ。コイツも十分反省してんだろ」


 なっと笑いかけられて、俺は何度も頷いた。

 いつもは部下と一緒に俺をなじるのに、今日はやけに優しいな。何だか嫌な予感がする。


「まぁ過ぎたことなんてどうでもいいんだ。それより木村。お前、今日の放課後、暇してるか?」

「僕は基本いつでも暇ですけど……」


 嫌な予感は的中した。


「ならちょうどよかった。今日、和奏様が下校されるとき、護衛に加わってもらいたいんだが、頼んでいいか?」

「僕に……ですか?」


 会員の中にも明確な上下関係があって、より出資額が多い者が上の立場になれる。

 そして通常、和奏の護衛は会員の中である程度地位がある者が任される。


 俺のような下っ端は護衛どころか、和奏と長時間接触することさえ許されていない。だから先ほど俺も怒られてしまったのだ。


 そんな俺が護衛させられるなんて、一体どういう風の吹き回しなんだ?


 ――どうやら俺以外の会員も同じことを思ったらしく、不満げに聞いていた。


「なんでこんな下っ端にやらせるんですか?」

「いやあな。今日和奏様の警備担当だったヤツに急用ができてしまったらしくて、人数が足りなくなっちまってな」


 ほんとアイツは使えないヤツだよ、とか何とか真顔でブツブツ言っているのが怖い。


「それで今朝から色々なヤツに声を掛けてるんだが、皆今日に限って放課後に用事があって、なかなか引き受けてくれないんだよ」

「それでコイツに頼もうっていうことですかい?」

「そうだ」


 なるほど。人数合わせ、ね。それなら納得がいくな。

 ほんとは放課後、本屋で参考書を買って帰ろうと思っていたんだが、まあ仕方がない。


「そういうことなら……わかりました」

「引き受けてくれるのか?マジか、ありがとな!」


 病欠や忌引でない限り、俺みたいな最下層が上の指令を断れるはずもないからな。こちらに負い目がある場合はなおさら。


 ――先ほどコイツが部下と一緒になって叱責しなかったのは、俺に面倒な護衛の役目を押し付けたかったからだとみて間違いないな。


 上機嫌で部下と会話している上司の姿を見て、俺は心のなかで舌打ちした。




◇ ◇ ◇




 というわけで放課後、俺は会員2人と一緒に和奏の護衛をさせられることになった。


 和奏は部活をやっていない。

 だからホームルームが終わったらすぐに声をかけて、和奏と一緒に下校する。

 その間、ずっと2人が会話を回してくれたから、俺は特に何もすることなく、黙って後をついていくだけでよかった。


 ――初めて知ったのだが、和奏はかなり遠くから通学しているらしい。


 和奏の最寄り駅に着く頃には、もうすっかり日が暮れていた。


「ここら辺でいいよ。今日は私を送ってくれてくれてありがとね、2人とも」


 和奏は2人を交互に見てお礼を言った。


 俺は3人と距離を開けすぎていたせいか、存在すら認知されてないようだった。


 下っ端なんだから仕方ないよな、と俺は自分に言い聞かせる。


 でもそれだったら、果たして俺がついてくる意味はあったんだろうか。


 ――そんなふうに思っていたとき、電柱の陰から1人の男が姿を現した。


 パジャマ姿の小太りの中年男性である。


 男はニヤニヤしながら、ゆっくりと近づいてきた。視線はただ1点――和奏に向けられている。


「和奏ちゃん、会いたかったよ」


 男は鼻息を荒くさせながら和奏に言った。


「またあなたですか。もう私に近づかないでって言ったじゃないですか」


 和奏も会員2人もかなり迷惑そうな顔をしている。

 俺は小声で会員に尋ねた。


「誰ですか、この人?」

「最近やたら和奏様につきまとっているストーカーだよ」


 へえ、和奏クラスの美少女になるとストーカーにつきまとわれたりもするのか。

 美少女も良いことばかりじゃないんだな。


 ――ファンクラブ会員が毎日律儀に和奏を護衛している理由がようやく理解できた。


「ねえ、どっか一緒に遊びに行こうよ」

「行くわけないでしょ! いい加減にしてください。あんまりしつこくつきまとってくるようだったら警察呼びますよ?」


 警察、という言葉は流石にストーカーも応えたようだ。青ざめた表情で頭を抱える。


「警察呼ばれたら、もう和奏ちゃんと会えなくなっちゃうじゃないか。そんなの嫌だ。生きる意味がなくなる。和奏ちゃんと一緒にいられなくなるくらいだったら、……今ここで君を殺して僕も死ぬ!」

 

 そういうなり、男は刃物を取り出して和奏に向けた。

 

「さあ、あの世で2人で幸せになろう」

「やめて、来ないで」


 男は笑顔を張り付けたまま近づいてくる。

 和奏は少しずつ後ずさるが、男との距離は縮まるばかりだ。


 予想外の行動に完全に怯えきる和奏。身体中が震えている。


 会員たちも硬直しきって、何もできないままだ。こんなんじゃ護衛の意味がないじゃないか。


 このままではマズい。ほんとに和奏が殺されてしまう。


「じゃあ行くよ!」


 男はそう叫ぶなり、和奏めがけて走り出した。


 ――気がついたら俺は、和奏の前に飛び出していた。両手を広げて和奏をかばう。


 男の包丁が俺の胸に深く突き刺さった。


 身体中から血液が大量に溢れ出てくる。ああ俺、刺されたんだな。


「ち、ちがう。俺は本気で刺すつもりじゃなかったんだ。ただ和奏と一緒にいたかっただけなのに……クソッ」


 実際に人を(あや)めてしまったことに怖気付いたのか、男は慌てて逃げていった。


 相当痛いはずなのに、なぜかあまり痛みを感じない。

 全身の感覚がなくなっていく。意識がどんどん薄れていく。


「木村君、大丈夫?私、ほんとは木村君のこと――」


 和奏が俺に駆け寄ってきて、涙ぐみながら何か言ってくれているが、よく聞こえない。


 ああ、俺このまま死ぬのか。


 様々な記憶が走馬灯のように駆け巡る。だが、どれもこれもあまり幸せな記憶ではなかった。


 せめて一度くらい誰かと恋愛してみたかったな。


 そんなふうに思いながら、俺はゆっくりと目をつむって――完全に意識がなくなった。




◇ ◇ ◇




 目が覚めると、白い天井が見えた。知らないベットの上に寝かされている。


 ――ここはどこなんだろうか。


 何気なく視線を彷徨わせていると、和奏と目が合った。

 俺に気づいた和奏は、嬉しそうに声をかける。


「よかった。目が覚めたんだね」


 その目が少し充血しているように見えるのは、気のせいだろうか。

 俺は和奏のいつもとなんだか違う様子に困惑しつつ聞いた。


「ここは……どこ?」

「病院の中だよ」

「病院……」


 状況をいまいち飲み込めずにいると、和奏が説明してくれた。


「木村君が私をかばってくれたとき、包丁で刺されてしまって。それで病院に運ばれたんだよ」


 ようやく思い出した。

 そうだ、あのとき俺は包丁で刺されたんだった。それでてっきりもう死ぬんだとばかり思っていたが、――なぜかまだ生きているみたいだ。


 和奏は椅子に座ったまま、丁寧に頭を下げる。


「私を命懸けで守ってくれてほんとにありがとう。木村君の治療費は必ず払うから――」

「いいよ、治療費なんて。俺が勝手にやったことなんだし」


 和奏はそれでも俺に悪いからと言ってなかなか引き下がらなかったが、一貫して拒絶し続けるとしぶしぶ諦めてくれた。


「じゃあせめてなんかお礼させてほしい!」

「お礼?」


 和奏はコクリと頷いた。


「――君が命懸けで私をかばってくれたとき、私めちゃくちゃ嬉しかったから」


 嬉しかった?意外だな。

 和奏クラスの美少女になると誰かに助けてもらうことなんて日常茶飯事なんじゃないだろうか。


 そんなふうに疑問に思ったとき、さっきの会員たちの姿を思い出した。


 あのとき、2人は和奏が殺されそうになっても和奏を全く助けようとしなかった。


 ――和奏ほどの人望があっても、本当に窮地に陥ったときに頼れる人間は、意外と少ないのかもしれないな。


 だとすれば、和奏を命懸けで守れた俺は、和奏にとってかなり貴重な存在になれたかもしれない。


 そうだったら嬉しいなと思いつつ、俺は口を開いた。


「それじゃあ、お礼をしてもらおうかな」

「私にできることならなんでも言って!」


 なんでも、か。

 美少女になんでも1つお願いを聞いてもらえる。

 そんな理想的なシチュエーション、人生でも1度あったらいいほうだ。


 こんな貴重な機会、無駄にするわけにはいかない。


 俺は悩みに悩んだ。


 どうせ俺たちは明日からまた他人同士になってしまう。世間話を交わすことも許されない、赤の他人。


 ならばこの場で和奏と多少仲を深めたところで意味がないだろう。


 だったらここは身勝手でも、俺が和奏としたいことを正直に答えたほうがいいんだろうな。

 ――和奏に多少嫌われたとしても。


「じゃあ――俺と一緒に写真を撮ってください!」


 かなり勇気を振り絞ってお願いしたつもりなのだが、なぜか和奏はキョトンとした顔でこう聞いてきた。


「……そんなお願いでいいの?」


 俺が頷くと、今度はおかしそうにクスクスと笑い出す。


「俺、何かおかしなこと言ったかな?」

「いや、高校生男子だからもしかしたらエッチなお願いとかされるのかも〜って結構本気で身構えてたんだけどね。そんなふうに考えてた私がバカみたいだなって笑えてきて」


 表情をコロコロ変えて楽しそうにしゃべる目の前の和奏は、教室で見る和奏と違って、なんだか新鮮だった。


「和奏様の期待に添えずにごめんなさい」

「え? なんで謝るの? 別に私、エッチなことされたかったわけじゃないよ?」

「いや、和奏様の期待に反した行動をとると俺、殺されちゃうから……」

「何それ。変なの」


 和奏様は知らないかもしれませんが実はあなたには超ブラックなファンクラブがあってですね。


 ――なんてこと、本人に言えるわけがなかった。


 俺がどう反応を返せばいいか困っていると、和奏は口に手を当てて笑った。


「なんか面白いね、君」


 ――こうして俺は、めでたく和奏様のお気に入りになった。




◇ ◇ ◇




 それから俺は和奏と2人きりで色々なことをした。

 映画鑑賞、旅行。ピクニック。

 和奏が行きたいというので、水族館や動物園、遊園地にも行った。

 誕生日会も和奏の希望により、和奏の家で、2人だけで行うことにした。


 ――2人で過ごす日々は新鮮だった。


 俺は、和奏の新たな一面をたくさん知った。


 完璧なようで、どこか抜けているところがある彼女。

 料理が得意なのに、なぜかレトルト食品ばかり好んで食べる彼女。

 好きなことをするときは、時間が経つのも忘れて集中し続ける彼女。


 どの彼女も、俺にはもったいないくらい愛らしかった。


 もちろん他の男子会員からは散々嫉妬の目を向けられた。

 だが、和奏と過ごす時間の楽しさを考えたら、そんなのいくらでも耐えられた。


 夢のような時間はいつもあっという間に過ぎていった。


 ずっとこんな時間が続けばいい。そんなふうに思っていた。

 

 だがそんな都合のいいことばかり起こるはずもなかった。


 高校を卒業し、別々に大学に入ると――2人で会う機会も徐々に減っていった。




◇ ◇ ◇




「もう私たち、あまり会えなくなるかもしれないね」


 ある日、遊園地に行った帰り、和奏が振り返って俺に言った。


 ――和奏は今、地元の大学の理系学部に通っている。


 今後は大学院に進み、研究室に泊まり込みで研究することも増えるという。


 一方で俺は東京の企業に就職する。


 だから和奏の言う通り、これからは2人で会う機会も格段に減ってしまうだろう。


 そうなることは前から薄々わかっていた。それでも、今日まで何も出来ずにいた。


 だけどこのまま和奏と別れてしまったら、一生後悔してしまうかもしれない。


「あのさ。俺、君に言わなきゃいけないことがあって」


 もともと俺は和奏の下僕に過ぎなかった。

 それなのに、他の会員がいくら望んでも出来ないようなことをたくさんやらせてもらったんだ。

 本当はそれだけでも満足すべきなんだろう。これ以上望むのは贅沢かもしれない。


 だけど俺はやっぱり、和奏と今以上の関係を築きたい――。


 だから、たとえこの関係が壊れてしまうかもしれなくても、それでも和奏には自分の気持ちを伝えようと思った。

 伝えられずに、そのまま会えなくなるよりマシだから。


 ――だが、俺が言葉を続けようとしたら、和奏が遮った。


「その続き、聞きたくないよ」

「……なんで?」


 和奏は涙ぐみながら俺に叫んだ。


「だって聞いてしまったら私、もっと君と一緒にいたくなっちゃうから。そしたら君とちゃんとお別れできない!」

「それでも俺は、このまま会えなくなって後悔したくはないんだ。だから、聞いてほしい」


 和奏が小さく頷いたので、俺は続けた。


「俺は……和奏のことが大好きだ。和奏のためなら何だってできる。これからも、和奏と会えなくても、俺はずっと和奏のことだけを考えていたい」

「私もだよ……」


 和奏は涙を拭きながら、微笑んだ。


 俺は和奏をもっと笑顔にできると信じて、彼女の手を取った。

 そして、ありったけの勇気を振り絞ってこう言った。

 

「だから、もしよかったら、俺と付き合ってほしい!」


 和奏は俺を見て驚いたような表情をしたあと、自信なさげに呟いた。


「私なんかでいいの?東京にはもっと可愛い女の子がいっぱいいるよ?」

「君より素敵な人なんていないよ」


 国宝級とまで称されて、誰からも愛される完璧美少女。

 君の代わりになる人なんて世界中のどこにもいない。


「――遠距離恋愛なんて成功例少ないよ?」

「俺は君と日々を過ごす、ずっと前から君を好きだったよ」


 君を下僕として遠巻きで見ていたときから俺はずっと好きだった。

 だから、多少離れ離れになったくらいじゃ俺の想いは変わらない。


 ――和奏は黙って俺を見つめていたが、やがてにっこり笑って頭を下げた。


「……こちらこそ、よろしくお願いします」


 ――こうして俺は、めでたく和奏様の彼氏になった。

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