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第二幕 異世界転移ってこんなだっけ? ①

〈理樹視点〉


「……我らが偉大なる主に、畏れながら、請い願い奉ります。貴方様の恩寵において、私を理樹の『権能』にしてくださいませ」


 瞳を伏せて両手を組み、

 祈るようにして。 

 

 目の前の金髪美女がそのような『願い』を口にしたとき、理樹には、その意味が理解できなかった。


 数秒ほど遅れて。


 認識が現実に追いつく。


「……はあっ!? ちょ待っ――!?」


 だが次の瞬間にはアンジェの身体は光に包まれて、神々しい粒子と化し、理樹の胸元へと吸い込まれていく。


 光が収まったと同時に青年の胸元には奇妙な紋様が刻まれ、引き換えに、理樹が一年間を共に過ごした金髪美女が、この世界から消失していた。


【……ふう。無事に成功しましたね】


 鼓膜ではなく、頭の奥から。


 聴き慣れた、彼女の声が聞こえる。


「……いや、いやいやいや、何やっちゃってくれてんのアンジェさん? 正気ですか!?」


【ええ、(わたくし)の優れた頭脳は、至って正常に機能しておりますが?】


「じゃあさ、なんで、僕の『権能』だかなんだかになってくれちゃってるの!? 人間辞めちゃってるじゃない!」


【私は元々天使なので、人ではありませんよ?】


「そういやそうだった!」


 最近では細々としたポイ活にまで精を出していたため、すっかり失念していた理樹である。


 この天使、下界に馴染み過ぎだ。


「いや、でも、僕これから、異世界に転移するんですけど!?」


【ええ、ですからこうすれば、私も一緒に行けるでしょう? 権能とは神より賜った魂の一欠片であり、もはや死を以ても、ふたりの魂を別つことはできません。嬉しいですか? 嬉しいですよね?】


「発言が重い!」


【嬉しいと言え】


「もはや脅迫!?」


【……嬉しく、ないのですか?】


「……っ!」


 そこで、そんな発言は、ずるいと思う。


 この一年間、ずっと身近でその美し過ぎる顔に、見惚れ続けてきたのだ。


 声音だけで、いま彼女がどんな表情を浮かべているのか、容易に想像できてしまう。


「……はあ。そりゃ、嬉しいか嬉しくないかで言えば、嬉しいよ。嬉しいに決まっているじゃないか! 文字通りに命を賭した献身なんて、彼氏冥利に尽きるってもんじゃない。もはや呪いだよ!」


【愛も呪も、似たようなものではないですか】


「天使の倫理観どうなってんの!? カオス過ぎない!?」


 まあこの価値観は、彼女独特のものかもしれないが。


「……はあ。っていうかさあ、アンジェ。キミってこのあと、莉子ちゃんに僕のいなくなった経緯の説明とか、ケアとかを、諸々を頼んでいたわけじゃない」


 理樹の懸念はもっともだ。


 なにせ契約上、理樹はこの異世界転移を、妹である莉子にすら打ち明けることができないでいた。


 勘の鋭い彼女は何かを察していたようで、何度となくカマをかけてきたが、その都度うやむやに誤魔化してきた。


 とはいえ唐突に理樹が姿を消せば、たとえ異世界転移であっても、こちらの世界では蒸発や失踪と同義である。


 少なくとも莉子は動揺するだろう。


 場合によってはせっかく歩き始めた彼女の人生を、台無しにする『間違い』を犯すかもしれない。


 それを回避するために理樹は、この世界に残るアンジェに妹への説明と、彼が最後まで使用しなかった『願いを叶える権利』の譲渡をお願いしていた。


 たとえ自分がいなくなっても。


 今の生活基盤と、期間が限られてしまうらしいとはいえ、信頼できるアンジェの補助。


 さらに保険として『願いを叶える権利』があれば、頭も要領も性格もいい莉子ならなんとでもなるはずだというのが、理樹の見立てであった。


 それなのに。

 

「そのへんとかどうするつもりなの? まさかの放棄? さすがにそれは、無責任じゃない?」


 流石に看過できない問題点だ。


 理樹にしては珍しく、不満気に訴えた。


【理樹の分際で私に説教ですか。私も舐められたものですね。ちょっと険しいその顔つき、キュンキュンしてしまいます】


「マジで天使の感性どうなってるの? 迷子過ぎない?」


 怒るかトキメクのか、統一してほしい。


 とても対応に困る。


【……まあ、そのあたりのことはご安心を。ちゃんと後輩に一任してあります。私に似てとても優秀な天使なので、期間限定ではありますが、きっと不足なく莉子を支えてくれるはずです】


「優秀……? アンジェに似て……?」


【何か言いたいことでも?】


「その後輩天使さんって、洗濯機に入れる靴下をちゃんと裏返せる? 使った食器を出しっぱなしにしない? ゴミは分別できる?」


【……本来、天使にそのような欲求は必要ないのです。ゆえに受肉した彼女がそれらの苦役(くえき)を果たせるかどうかは、彼女次第です】


「苦役言うなや。世界中の主婦と主夫に謝れ」


 名前のない家事が減れば、世界はもっと平和になるのにとは、家事を担当する人間であれば誰しもが抱く願いである。


「でもまあ、ちゃんとその辺りを配慮してくれてるのは、正直有難いよ。安心した」


【当たり前ではないですか。莉子は貴方と私の、妹ですよ?】


「……だね」


【それに私のことも、どうかお気になさらず。ちゃんとこの件に関しては上役に相談済みですし、有給申請も通っております。一万と二千年くらいなら輪廻転生の輪に還魂しなくとも大丈夫ですよ】


「う〜ん、身近な社会(システム)なのに規模(スケール)神話級(ゴッド)なのよ」


 落差で価値観が麻痺しそうだ。


【……と、そろそろですね】


 気づけば日付が変わっていた。


 同時に目の前の空間が歪んで、異世界に通じるという〈(ゲート)〉が開く。


 事前に説明されていた光景だが、いざ目の当たりにすると、自分がこの世界から去るという実感がヒシヒシと湧いてくる。


「……」


 そうした超常現象を前にして。


 一歩を踏み出した理樹は、踵を返して、身体を反転。


 神社と外界を隔てる鳥居の向こう側。


 この世界に残していく、おそらくこのあと自分を酷く罵って泣き崩れてしまうであろう妹に対して、深々と頭を下げた。


「さよなら、莉子ちゃん。おにーちゃん、行ってくるよ」


 もう二度と聞くことのできない『おかえり』に、

 別れを告げて。


 青年は異世界への第一歩を、今度こそ踏み出したのだった。


【作者の呟き】


 妹ちゃんがこのあとどうなるのかは、本作を最後まで読めばわかりますよ?(あざとい宣伝)

 

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