続幕 神話へと至る物語
〈アンジェ視点〉
「……とまあ概ねそのような目論見を、あのゴミクズ無能神は抱いていることでしょうね」
リキエルの本体が座する神代魔樹迷宮の、上層に設けられた安全地帯にて。
珍しくリキエルと離れて行動をしているアンジェは、この魔樹迷宮に地上から移住してきた人族が起こした街にある、宿屋の一室を訪れていた。
そこには現在、アンジェ以外にふたりぶんの人影があり。
そのうちのひとつが、魔樹迷宮の参謀役である美女の見解に反応する。
「ああ……まあ、本来こんなことを言うのは不敬なんでしょが、はっきり言って、クソ野郎ですね、そのロキシルって神様は」
本業である冒険者としてだけではなく、最近は街の顔役としての風格も出てきた只人の男性、リッドが、不快そうに顔を歪めた。
「……ええ……その通りですね……全くもって、度し難い邪神です……リキエル様の、根の先端でも、煎じて飲ませてやるべきです……っ!」
冒険者の憤りに追従するのは、黒と銀を基調とした魔神教の修道服に身を包む黒聖女こと、精人のエルナカーナである。
彼らの慕う世界樹に、契約の対価として世界崩壊を突きつけた悪神の思惑を告げられた男女は、怒り心頭といった様子で、金髪美女に詰め寄ってくる。
「んで、アネさん。そんな神様の陰謀を聴かせて、おいらたちにいったい何をしろってえんですか?」
「……私たち、魔神教徒は……リキエル様の、ためなら、粉骨砕身を惜しみません……っ!」
「話が早くて助かります」
やはり頭の回転が早い者たちとの会話は楽だなと思いつつ、アンジェは端的に要望を告げた。
「ではエルナカーナには、今後も引き続き魔神教の布教を続けて、信徒の信仰心が、あのゴミクズ無能神ではなく創造神とリキエルに向かうよう、誘導してください。それが結果的に、あれの足止めになります」
「……承知、致しました……お任せください……」
「そしてリッドは信頼できる人族を集め、地上で活動する勇聖教や神樹教に紛れて、秘密裏に内部から勇者の探索を行なってください」
「よっしゃ、任せておくれや、アネさん! 悪知恵の働く神様よりも先に、ダンナの妹君を見つけ出してみせるぜ!」
「お願いしますよ、二人とも。あとこのことは、くれぐれもご内密に」
「ん? ってことは何かい、アネさん。そのことを、リキエルのダンナにはお伝えしないんで?」
素直な心情を吐露するリッドに対して、黒聖女が非難めいた視線を向ける。
「……いまの、リキエル様は……すでに、相当の負荷を抱えておいでです……そこにさらに、妹君の件まで背負わせるのは……少々、酷かと……」
「ああ、それはそうだわな。失礼しました、アネさん。気が回らない不精者でして」
「いえいえ、貴方がたがリキエルの身を慮ってくださること、嬉しく存じます」
言葉通りに。
常の無表情ながらも、天使の声音には喜色が滲んでいた。
「もちろん神に仕える者として、相応の報酬は用意しますので、これからも貴方がたの貢献には期待しております」
試練に限らず、正当なる契約には、正当なる報酬が必要だ。
それが神々の規約である。
「そして……もうひとつこれとは別件で、貴方がたに、重要なお知らせがあります」
それこそが。
この時点においてはアンジェですら知る由のないことだが……
ロキシルがリキエルの排除に、
積極的な理由でもあった。
「これはもう、魔王を始めとする有力な魔族からは承認を得ている話なのですが、私たちはリキエルを、神の頂に担ぎ上げようと考えております」
「うえっ!? そ、それってつまり、今の神様を、その座から引き摺り下ろすってことですかい!?」
「……まさしく……神殺し、ですね……」
「ええ、そのような解釈で相違ありません」
驚き目を見開く人間たちに、
天使は淡々と告げる。
「本来これは、創造神が人族に望まれた役割ですが……今のこの世界は、管理神自らの手によって異常に異常を重ねた状態なので、そのような裏技が可能なはずです」
アンジェが語る、創造神の思想が色濃く反映された、神樹教の経典によれば。
魔獣を糧として進化を続けた人族は、やがて魔王すらも討ち倒し、世界樹の恩恵を手に入れる。
そして世界に存在する世界樹全てを制覇したときにこそ、それを成した者は、神の領域に至るのだという。
「本来ならそれは、創造神が、自らの意思を持つ人族に望んだもの。しかしこの世界に新たに生まれた世界樹は、本来ではあり得ないことですが、自らの意思を持ち、すでに古き世界樹のひとつを下しております。それに対して神々からの免責がない以上、この行為は、創造神の設けた規定に抵触していないということです」
つまり、リキエルが世界を侵略することで、他の封印された世界樹も取り込んだならば。
彼こそが新たなる世界の神として生まれ変わり、彼に導かれた人々を、この世界から新たに創造される世界へと連れていくのだという。
「ですがこれもまた、今の時点ではリキエルには伏せています。けっきょく周囲がどれだけ望もうとも、本人にその気が無ければ、成立しない夢物語ですからね」
「でも、もし仮に、転生した妹君を、こっちで確保できれば……」
「……彼女を邪神の手から守るために……リキエル様が、更なる偉業に手を伸ばす可能性も……なくは、ない……っ!」
「逆に言えば彼女がゴミクズ無能神の手に渡れば、人質を取られたリキエルが十中八九、そうした私たちの期待に応えてくれることはないでしょう。だから余計な気負いをさせないよう、時が来るまでこの計画は伏せておきますが……どうですか? 貴方たちとしては、一層にやる気が出たでしょう?」
答えなど、確かめるまでもなかった。
世界の命運などという大それたものではなく。
自分たちのより良い未来のためという目標が、人の意欲を燃やさないわけがない。
気合いに満ちた二人の表情に、アンジェは安堵の吐息を漏らした。
(……とはいえ、まだ状況は五分五分といったところです。王手をかけるまで、決して油断はできません)
だとしても。
叶うことなら、もう一度。
理樹と、莉子と、アンジェと。
そしてこの世界でできた、大切な人たちと一緒に。
団欒する光景を思い描いて、天使の無表情に少しだけ、微笑みの色が浮かんだのであった。
〈ユグドライフ 〜世界殺しの世界樹〜 【第一部完結】〉
【作者の呟き】
というわけで、作者なりに頭を捻った、ダークファンタジーテイストな世界樹の物語でした!
この【世界殺し】編から【神殺し】編まで物語が続くかどうかは未定ですが、拙作を少しでも思ってくださった読者様には、評価や感想などをいただけると有り難いです。
それでは読了、ありがとうございました。
m(_ _)m




