第十一幕 千年帝国の崩壊 ③
〈リキエル視点〉
「うおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」
裂帛の気炎をあげる、太陽騎士を先頭として。
見慣れない魔法によって、何段階も身体能力を引き上げた、黄金を纏う帝国騎士たちが。
手にする光剣で、大盾で、魔弓で、魔杖で。
畳み掛けるようにして、致命の一撃を狙ってくる。
(……なるほど、これは驚くよね)
本来であればそれぞれが、
回避不能にして必殺の一撃。
威力、精度、連携、魔力の質、それらが全て、見事としか表現できない、人類の最上位に置かれる武芸の数々である。
(それでも、僕には届かない!)
それらを人族の珠玉を、至近距離にて。
初見でありながら。
リキエルは埒外の身体能力を発揮することで、避け、躱して、樹槍で弾き、叩き落とした。
「んな……っ!?」
まさか全てをこうも華麗にいなされるとは、思ってもいなかったのだろう。
肉薄していたユグドと呼ばれる青年が、驚きに目を見開くが、リキエルは一瞬の隙を見逃さない。
大盾を突き出していた巨漢の足元を樹槍の石突で払い、骨を砕いて大勢を崩すと、流れるように旋回。
追撃を仕掛けていた青年の光剣を弾き飛ばし、胴体を蹴飛ばして、女弓兵の射線を封じる。
最後に樹槍の先端から放つ魔力弾を、後衛の男が頭上で練り上げていた錬成魔力にぶつけて、魔法を強制解除。
戦場に、静寂を落とした。
「……うん、素晴らしい連携だね。威力も申し分ない」
リキエルの言葉に嘘はない。
彼らは間違いなく、現時点における、人族の最上位だ。
けれど――それでも、なお。
人類の最先端は、魔神はおろか、魔王にすら届いていない。
数百年に及ぶ魔王との研鑽を積んだリキエルに対して、たかだか数十年程度の努力では、擦り傷ひとつ負わせることができない。
覆すことのできない圧倒的な実力差が、
一瞬の攻防に込められていた。
それがわからぬ彼らではないだろう。
だからこそ、問いかける。
「でもそれが、キミたちの現実だ。受け入れなよ」
「この……バケモノ、風情が! 偉そうに、何様のつもりだ!」
リキエルに噛み付いたのはやはり、ユグドと呼ばれた青年であった。
ユグドは女弓兵を背に庇いつつ、光剣を構えて、魔神を牽制する。
溢れ出る太陽の魔力こそ衰えつつあるものの。
一向に折れぬ戦意を前に、リキエルは嘆息した。
「……だって、どんなふうに伝えたところで、キミたちは納得しやしないだろ? だったら現実を、わかりやすく突きつけるしかないじゃないか」
「だ、だったら……強ければ、何をしたっていいっていうのか! 強者には、弱者の気持ちを踏み躙る権利があるとでも!? それがお前たち魔族の言い分か!? そんな理屈で、オレたちの国をめちゃくちゃにしやがったのか!?」
「……否定はしないよ。でもそれは、こちら側にも言えることなんだ。時間がないからこの場で語ることはできないけど、興味があるなら、投降のあとで歴史の真実を開示すると約束しよう。どうかな?」
「戯言を! 魔族の甘言に、耳を貸すものか!」
「……だよねえ」
【……リキエル。情報の解析が終わりました】
ユグドの相手をしていると、脳内に美女の念話が届く。
五感の一部をリキエルと接続している〈守護天使〉は、先ほどの数秒に満たない戦闘から、彼らの情報を分析していたのだ。
【おそらく彼らは、噂に聞く帝国の『聖浄騎士』でしょうね。対魔族用に開発された彼らは体内に直接、聖浄魔道具が埋め込ん魔れており、鬼人の〈魂魄解放〉の応用で、自らの魂を起爆剤として、爆発的に体内魔力を増幅させているのでしょう】
(……帝国も、いよいよ切羽詰まってるねえ。もうなりふり構っていられないってことか)
人族において最も強い魂力を有するとされる鬼人は、魔道具に使用されている魔晶石に宿る魔族の魂と、己の魂を共鳴させることで、その力を一時的に引き出す〈魂魄解放〉を種族魔法として有している。
目の前の帝国騎士たち……聖浄騎士が使用した〈聖浄覚醒〉は、その応用。
自身を魔道具と見立て、
己の魂を燃焼させることで。
一時的に外部から補充した魔素の変換率を高め、体内魔力の供給量を増幅させて、戦闘能力を飛躍的に上昇させるという見立てである。
とはいえそれは、諸刃の剣であり。
帝国でも開発段階とされていた……おそらく彼らはその実験兵士なのだろう……この魔法技術は、端的に言って。
使用者の魂力を。
言い換えるなら寿命を。
著しく、削り取るものだった。
それを本人が承知しているのかまでは定かでないが、仮に彼らがすでに生を捨てた死兵であるならば、この後に及んで説得は無意味。
それでもリキエルは、最後通告を告げた。
「ねえ、キミたち……もう一度、考えておくれよ。事実として、キミたちは勝てないし、帝国は滅びる。これはすでに確定事項だ。だからといってキミたちがすぐに死ぬわけじゃない。今は屈辱を喫したとしても、とにかく生きて、生き延びて、創造神様の教えを思い出してこれからも研鑽を続けていれば、いつかその雪辱を、果たす機会が訪れるかもしれないじゃないか。だからここで、無理に死ぬ必要はないんだ。もう一度だけ言う…………投降してくれ」
「ふっ……ざ、けるなあ!」
あくまで投降を呼びかけるリキエルに、ユグドは怒りをぶちまける。
「なんだ、お前は!? いったい何がしたいんだ!? 戦場でそんな平和ボケしたことをヌケヌケと宣いやがって……どういう、了見なんだよ!?」
「僕には僕の事情がある。それにキミたちを巻き込むことを、申し訳ないとも思っている。だから可能な限り、被害は抑えたい。それだけの話だよ」
「だったら、俺たちの国を返せ! 家族を! 友人を! 戦友を! アイリスを……みんなをッ! お前らが奪っていった全てを返してくれよ! それができなきゃ、どんな未来も無価値なんだよ! それが無理だっていうんなら……せめて、今すぐに死ねっ!」
「……う、うおおおおおおっ!」
会話によって時間を稼いでいた間に。
砕かれた足首を回復させた巨漢が、跳ね上がるように身を起こして、大盾を突き付けてきた。
合わせてユグドが光剣を構えて地を蹴り、女弓兵が牽制の魔矢を放つ。
後方では痩せ男が、ふたたび強力な魔法を練り上げていた。
(……うん、やっぱりいい連携だ)
きっと彼らは、良い仲間なのだろう。
信頼の置ける、良き戦友なのだろう。
彼らだけではない。
この場にいる全ての人間に、それぞれの人生があって、夢があって、希望があって、未来があって、幸せがあったのだろう。
その全てを、自分の身勝手でぶち壊した。
このあとも、自分の願いのために、他者を蹂躙し続ける。
そう考えるだけで、リキエルの矮小な人間性など瞬く間に押し潰されそうになるが、それを目的のためなら『仕方がない』と割り切ることで、強引に思考を回転させる。
常人では到底理解し得ない、狂人の感性。
リキエルは自嘲した。
(でもまあ、今思えば僕がこういう人間だからこそ、前世の神様は僕を転移者に選んだんだろうなあ。アンジェの件といい、あの上位神様とやらはいったいどこまで、お見通しだったんだろう……?)
それこそ神のみぞ知る、というものなのかもしれない。
であれば考えても栓のない、神々の思惑など、さておくとして。
再度、引き伸ばされた思考。
停滞する白黒の世界の中で。
リキエルは自身を押し潰さんと大盾を突き出してくる巨漢を、その大盾ごと樹槍で貫き、胸の中央に埋め込まれた聖浄魔道具を粉砕した。
次いで樹槍を手放し、光剣を振おうとしていたユグドの懐に入り込んで、掌底にて彼の聖浄魔道具も破壊する。
流れるように手首を砕いて光剣を奪い取ったリキエルは、それを投擲することで、女弓兵の胸元を貫いた。
そこに至ってようやく倒れ始めた巨漢から、突き刺さっていた樹槍を回収する。
それらが僅か、一秒未満の間に起きた出来事である。
陥没地の外周を埋める帝国兵たちが知覚したときには、すでに、全てが終わっていた。
「ユグドおおおおおおおっ!」
最後に残った痩せ男が、頭上に掲げていた魔杖から不可視の重力魔法を放ってきたが、リキエルが魔力を込めた樹槍を一閃すると、魔法を構成する魔素が膨大な魔素に押し流されて、対象に届くことなく霧散した。
「……ち……くしょう……ごめん、よ……みんな………………アイリス……」
最期に、想い人の名を呟いて。
太陽の輝きを失った青年は、瞳からも、生の輝きを消失させた。
「ひ、ひいいい!」
「もうダメだ、聖浄騎士たちでも歯が立たねえ!」
「こんなバケモノに勝てるかよ!? 帝国は終わりだ!」
それを皮切りに、勝負を遠巻きに見守っていた帝国兵が恐慌して、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出していくなかで。
ただ一人。
動こうとしない痩せ男に、リキエルは樹槍を向ける。
「……キミは、逃げないのかい?」
「……ああ、そうだよなあ……僕はこういう性格じゃないと、自分では思ってたんだけどなあ……」
何かを、振り切ったように。
しかし、確固たる意思を秘めて。
「……申し出はありがたいが、やはり戦友は、置いてはいけない」
「……そうかい。キミたちの輪廻に、創造神様の導きがあらんことを」
「はっ。敵にそこまで情けをかけるとは、つくづく変わった魔神だな! できれば違う形で、出会いたかったもんだぜ!」
「うん。僕も心の底から、そう思うよ」
「そりゃ光栄、だ……っ!」
最期まで、己の騎士道に殉じて。
最後の聖浄騎士が、仲間たちのもとへ旅立っていく。
(……ごめんねは、言わないよ。でもキミたちのことは、絶対に忘れない)
これまでに散っていった者たちも。
これから散っていく者たちも。
帝国軍も。
魔神軍も。
自分のせいで消えていく命を、せめてリキエルだけは、覚えておく義務がある。
それがリキエルが、分体とはいえ、こうして戦場にいる理由だ。
(キミたちの命を奪った咎は、ずっと背負い続けていくから)
勇敢なる騎士たちに、しばし、黙祷して。
「……行こうか、モーエッタ」
「うん、パーパっ! あーしは、あーしらはどこまでも、パーパに着いていくよっ♡」
魔人を従えた魔神が、
魔族の軍勢を引き連れて。
とうとう帝都の門を、潜り抜けていくのだった。
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この日、千年帝国は落日した。
これを機に『世界殺し』と呼ばれる魔神の名は世界中に広まり、かの軍勢による世界崩壊が、加速していくのであった。
【作者の呟き】
賛否あるようですが、作者は機動戦士な鉄血編、好きなんですよね。




