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第十一幕 千年帝国の崩壊 ①

〈ニーズ視点〉


『グルルルル……ッ!』『オオオーンッ!』『ガオオオオオ……ッ!』


「ひっ、き、きたあ! 魔神軍の魔獣どもだっ!」

「なんでこんなに次から次に!? 突撃していった騎士様は全滅したのか!?」

「あ、ああ、もうダメだ……この国は、終わりだ……っ!」

「馬鹿野郎! これ以上、もう後はねえんだ! 死ぬならここで死ね!」

「ううう……お母さん……ちくしょう! ちくしょうっ!」

「魔族ども、俺たちがいったい何をしたってんだ!?」

「ケダモノどもめ、地獄へ堕ちやがれ!」


 上空から俯瞰すると、

 黒い波濤のようにして。


 面となって押し寄せる魔獣の群れに、点で立ち向かおうとする人間たちが、儚い抵抗のすえに、呑み込まれていく。


 なかには硬い点もあったが、そうした場所には半魔人による精鋭部隊が向かうので、すぐに仲間たちと同じ末路を辿ることとなった。


 悲鳴。怨嗟。怒声。懇願。

 悲哀。狂気。困惑。絶望。


 魔樹迷宮から湧き上がる軍勢……いつしか対抗する人族から『魔神軍』と呼ばれるようになった魔族らが、帝国への進軍を開始して、すでに半年ほどが経過している。


 もともと魔樹迷宮の住人であった半魔人と、あとから帝国を理脱して迷宮側についた人族は、戦える人間だけでいうと、四千を上回る程度である。


 しかし長年に渡って迷宮で牙を研ぎ続けた、半魔人の戦士たちの力量は、たとえ魔素濃度が薄い地上において制限をかけられた状態でも凄まじく、十倍近い敵を相手にしても、難なく勝利を掴み続けるほど。


 また戦力としては半魔人らに劣るものの、元は帝国側であったためその内情を知る人族はおもに工作員として暗躍しており、偽の情報や誇大情報を流布して帝国軍の士気を削り、退路や補給路に罠を仕掛けることで、内部からの崩壊に貢献していた。


 加えて世界樹が率いる魔神軍は、魔素の補充ができる限り、魔獣という使い捨ての兵力を延々と魔生樹で産み出すことができる。


 数においては魔獣が。

 質においては半魔人が。

 策においては人族が。


 それぞれの強みを活かした結果、

 魔神軍は破竹の快進撃を続けており。


 たった半年の間に帝国の版図をズタズタに喰い荒らして。


 今やその牙を、帝国の首都がある帝都の鼻先にまで、突きつけていた。


「お、押し返せえ! なんとしてもここは、死守せねばならん! 臣民のため命を捧げよ!」

「だったらまずアンタらが盾になれよ!」

「そうだ! 馬上から偉そうなことばっかり言ってないで、自分で闘いやがれ!」

「き、貴様らあ! 平民の分際で、騎士に対してなんだその物言いは! 無礼であるぞ!」

「うっせえよ! そもそも俺ら平民がこんなところに駆り出されている時点で、騎士の威厳もクソもねえだろうがよ!」


 勢いづく魔神軍が、一直線に迷宮から帝都までの快進撃を行う過程で。


 度々それを阻もうと、帝国軍も防衛や反撃を仕掛けてきたものの、一度もそれが果たされることなく敗走を続けた結果、戦力はもとより、兵士の士気すらもはや底をついていた。


 帝国の命運を決定づける、此度の最終決戦においても。


 なんとか帝都防衛を図ろうとする帝国軍を構成するのは、最後まで前線に出ることを拒んでいた無能な上官たちと、無理矢理に徴募されたのであろう平民たちが大半だ。


 なかには有能な者も紛れているようだが、しかしここまで情勢が傾いてしまえば、多少秀でている程度の個の力で、大局を覆すのは不可能と言えた。


(……他愛無いものよ。これが千年帝国の、末路かえ)


 肥大化させた竜翼を広げて。


 ニーズは上空から、そうした地上の阿鼻叫喚を、俯瞰している。


(やはり停滞とは、滅びの始まり。いかに大きく実った大樹であれ、根腐れしてしもうては、後は朽ちるのみということかのう……)


 創造神から与えられた役目を放棄して、怠惰なる安寧に身を浸し続けた結果が眼下の光景であるというのなら、彼らの滅びはやはり、避けられない結末だったということなのだろう。


 遅かれ早かれ訪れていた幕引きを、

 たまたま自分たちが引いただけ。


 だから必要以上の責任を背負う謂れはないのだと、魔王であるニーズなどは考えるのだが、そのようなことを言ってもあの心優しき世界樹は納得すまい。


 必要なことを取捨選択して、

 不断の決意で実行しつつも。


 過程にある棘に傷つき、苦しみ、悩み、自虐して、それでも前に向かって進み続ける不器用な青年に、ニーズは転生前では一度たりとも感じたことのない、愛おしさと敬意を覚えた。


(大丈夫じゃよ、主様。たとえ今世における主様の御霊が、創造神様の御元へ導かれずとも、妾とアンジェだけはずっと、お側におりますゆえ)


 宝物を守るのは、竜族の本能だ。


 この世界に生まれ落ちて、

 初めて経験する甘露を味わいながら。


 ニーズは忠実に、己の職務を果たしていく。


【……む。アンジェよ、右翼の一部が滞っておる。増援を送れるか?】


【了解しました。他の戦線は大丈夫そうですか?】


【うむ、概ね予定通りじゃ】


 こうした大規模侵攻において。


 飛行能力を有するニーズの役割は、上空からの戦場観察と、戦況報告であった。


 ニーズはリキエルの本体である世界樹から産み出された魔王であるため、一定の距離内であれば、彼と一心同体である〈守護天使(アンジェ)〉との思念会話が可能である。


 魔王からの戦況報告が、参謀である天使に送られることで、魔神軍の臨機応変な戦略が組み立てられていた。


(まったく、魔王である妾にまでこのような配慮をなされるとは、まっこと主様(ぬしさま)は、お優しい主人(あるじ)じゃのう……)


 単体でも絶大な戦力を誇るニーズであるが、魔素濃度の薄い地上という環境で活動する以上は、どんな想定外に見舞われるかなどわからない。


 ならばせめて、慢心による不慮(リスク)は避けたいというのが彼女の主人からの意向であり、かつその能力を最大限に活かすための、戦術的配置であった。


 現に今も。


「う、打て打てえ!」

「何としてもあの、宙に浮いている魔人を叩き落とすのだ!」

「聖杖隊、構えッ! …………撃てええええッ!」


「「「 〈火尖矢(ファイヤアロー)〉ッ! 」」」

「「「 〈氷尖矢(アイスアロー)〉ッ! 」」」

「「「 〈岩尖矢(ブラストアロー)〉ッ! 」」」


 頭上を取られる危険性を理解している帝国軍とて易々と、偵察兵であるニーズを放置したりはしない。


 彼女の存在に気づいた地上の魔術士部隊が、掲げる魔杖の先から、無数の攻撃魔法を射出していく。


 戦場の空を、魔力矢(マジックアロー)の軌跡が、華々しく彩った。


「よし、地上部隊の攻撃に、我らも合わせるぞ! 突撃陣形を組め!」

「穢らわしい魔族め、我らが槍の錆としてくれようぞ!」

天馬騎士(ペガサスナイト)、吶喊アアアアアンッ!」


 それら地上部隊の攻撃に合わせて。


 遠巻きに機をうかがっていた、翼の生えた馬の聖獣に跨る騎士たちも、馬上槍を構え空を駆けてくる。

 

「――ぬうん、ちょこざいな!」


 地上からの集中砲火。


 天馬騎士による一斉突撃。


 それら人族の力を合わせた猛攻は、無情にも、魔王の息吹によってかき消される。


「がおおおおおおおお――――っ!」


 一度大きく息を吸い込んでから。


 吐き出された蒼炎が濁流のように。


 人族の放った無数の魔法を、飛沫のように呑み込んで、一気に下方へと押し流した。


「ぎゃあああああっ!」

「ひっ、火いっ!?」

「なんだよこの火炎魔法は……まさかっ、竜息吹(ドラゴンブレス)っ!?」

「ど、ドラゴンだ! あいつの正体は、ドラゴンじゃねえか!」

「ふざけんな、そんなの勝てるわけ――ぎゃああ熱ッ熱いいいいいっ!」


 一瞬で地獄絵図と化した地上の炎に照らされて、バサバサと、夜を溶かしたような黒髪が熱風に靡く。


 ビキビキと両腕を竜の形状に変化させる魔王が、幼い外見には似つかわしくない、威厳に満ちた声音で宣言した。


「笑止っ! 斯様な児戯で、この魔王を堕とせるとでも思うたか! 古より大空を統べるは、偉大なる竜の領分ぞ! 歩みを止め、創造神の教えを忘れた愚か者どもよ、かつての畏怖を今一度、呼び起こしてやろうか!」


 地上から噴き上げる、

 熱を孕んだ風を受けることで。


 乱れた天馬(ペガサス)の隊列を見逃さず、高速飛翔したニーズが、縦横無尽にその隙間を駆けた。


「んなっ!? なんだ、この速度は!?」

「速すぎる!?」

「回避! 回避いいいいいっ!」

「お、落ちるっ! 誰が、助けて――……」

 

 肥大化した両腕の竜爪によって、ズタズタに切り裂かれた天馬たちが、騎士ごと地上に墜落していく。


 大鷲に蹂躙される小鳥のような、

 一方的な蹂躙劇。


 一分と保たずに天馬の群れは、全てが大地に叩き落とされて、純白の翼を血と泥で汚すことになった。


「……ふん、小童(こわっぱ)どもめが。次からは相手を見て、喧嘩を売るがよい」


 彼女が存在する限り、帝国軍に制空権は許されない。


 大空を舞台とする限り、邪黒竜に敗北はない。

 

 これもまた、魔人軍が戦勝を重ねる、決定的な一因である。


 と。


【……ニーズ、聞こえますか? 今は通話可能でしょうか?】


 今度はアンジェから、思念が通信されてきた。

 

【ん、なんじゃ? 妾のほうはたった今、煩わしい小蠅を払ったところじゃわい】


【それはご苦労様です。そして確認したいのですが、そちらからモーエッタの姿は確認できますか? ラースとともに精鋭部隊を引き連れて城門の解放に向かったはずなのですが、一向に報告が上がってこないのです】


【ふむ。ラースはあれで最古参の魔人であるからに、あやつが側にいる限りは滅多なことは起こらぬと思うが……相分かった、しばし待たれよ】


 蝙蝠めいた黒翼をはためかせて、ニーズは飛翔。


 戦場の空を駆けて、すぐに帝国軍の最終防衛線である、帝都をグルリと囲う城壁の正面へと辿り着く。


【……ぬう! あれはいかん!】


 爬虫類のように縦に裂けた黄金の瞳は、すぐさま外壁の近くで苦境に立たされているモーエッタと、それを追い込む黄金の兵士らを捉えた。


 見渡すが、周囲にラースと半魔人による攻城部隊が、見当たらない。


 帝都を囲う外壁の門そのものは破られているため、彼らは計画通り、帝都に突入していると見ていいだろう。


 となるとおそらくは、何らかの事情で攻城部隊を離れたモーエッタが、単身となったところを人族の精鋭に囲まれている、といった具合か。


 明らかに周囲の有象無象とは格の違う、おそらくは将来の英雄である雛たちが、戦場で孤立した新米魔人を一気呵成に追い詰めようとしていた。


【これはちと、分が悪い。すぐに妾が加勢に――】


【――大丈夫、僕が行くよ】


 直後に……ドンッ!


 遠く離れた地上で爆音が轟いて。


 爆心地から、ニーズに向かって飛来する人影があった。


【ニーズはそのまま、空をお願い】


 直後に樹杖を携える人型が、

 滞空する幼女に衝突。


 ニーズはそれを竜化した両腕で受け止め、空中で一回転することで、慣性を上方向から下へと操作する。


「……主様、どうかご武運を!」


 砲弾の勢いで地上へと向かう青年に。


 黒翼をはためかせながら、

 魔王は恭しく祈りを捧げるのであった。


【作者の呟き】


 このままだと転生魔王ちゃんがのじゃロリ愛玩幼女で終わりそうだったので、ちょっと暴れてもらいました。

 

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>なんとか専守防衛を図ろうとする帝国軍を構成するのは、 専守防衛って、侵略してない側が防衛する際に使う言葉なので、 なんとか【帝都】防衛を図ろうとする帝国軍を構成するのは、 の方が妥当かな、と思い…
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