間幕 ⑩
【補足】時系列的にはここで、序幕の最後に合流します。
〈ユグド視点〉
ユグドたちが帝都を囲う城壁の正面にて、
待機を命じられてから三日後のこと。
とうとう始まった、帝都の存亡をかけた人と魔の聖戦において。
「いやいや、アンタたちみたいなザコどもなんて、生きてる価値ないよね? わざわざ生かす価値がないよね? 創造神様の教えを忘れて、パーパに噛みついた時点で、アンタらの運命は決まってたのっ! だからこれは、アンタたちが、自ら選んだ結末なんだから、観念して受け入れなさいよねっ! きゃははははっ♡」
群がる蟻を踏み潰すような。
無邪気で残忍な少女の笑い声が、
戦場の空から響き渡る。
砂糖をまぶしたように甘ったるい声を放つのは、規格外の胸部を実らした褐色肌の少女であり。
背中から生える蝙蝠じみた羽と、尻部から伸びる槍のような鱗尾。
独特の民族衣装と、口元以外の顔を覆う木彫りの仮面から、それが魔神軍に与する者であることに、疑いはない。
「死ねっ♡ 死んじゃえっ♡ 死んで詫びろよ、よわよわなヒトゾクどもっ♡ せめてパーパのために命を捧げて、魔族らの怒りを慰撫しやがれっ!」
癇癪を起こす子どものような態度とは裏腹に、小柄な少女の身体から溢れ出る魔力は膨大であり。
地上で冒険者や騎士を殲滅していく樹面の戦士たちとは、あきらかに存在感が一線を画している。
おそらくは半魔人どもを率いる、敵軍の将。
魔人である。
あの日の光景が脳裏に甦って、
ユグドの視界が赤く染まった。
「〈聖浄覚醒〉っ!」
一瞬にして燃え上がる憎悪を糧として、帝国の粋を結集させた聖浄騎士は、胸元に埋め込まれた聖浄魔道具を発動。
生物の根幹を成す魂を削り、燃やし、熾火に焚べることで。
体内魔力を爆発的に増加させて、全身から黄金の魔力を立ち昇らせる。
「あの馬鹿ッ……タイホーっ! ユグドのフォローに回れ! ユーリーンと俺は援護射撃だ! 空のあれを撃ち落とすぞ!」
「了解だよ、ザック隊長! ――〈聖浄覚醒〉っ!」
「任せろなんだな、――〈聖浄覚醒〉っ! ウオオオオオおおおおおっ!」
己の生命力を糧とする魔道具であるがゆえ、誤作動防止用に、言霊が必要な聖浄魔道具を起動させながら。
黄金魔力を纏う騎士たちが、
部隊長の指示に従い行動を開始する。
「……っ、新手か!」
「くたばれケダモノがアアアアアっ!」
先陣を突っ走るユグドが、真っ先に樹面の戦士と会敵した。
聖浄騎士のために開発された、専用の剣型魔道具が黄金の輝きを帯びて、半魔神の手にする骨剣と接触する。
ほとんど手応えを感じさせぬまま……ザンっ!
得物ごと、半魔人の片腕を斬り落した。
「ぬううう!」
「死ねっ!」
「さっせるかあああああっ!」
切り返す刃で首を狙おうとしたユグドに向かって、頭上から逼迫した少女の声とともに、無数の魔力弾が降り注ぐ。
「……ちいッ!」
即座にその場を退いたユグドの背筋を、猛烈な悪寒が襲った。
「フッ――」
舞い上がる土煙を引き裂いて、姿を現したのは。
(……ラースッ!)
あの日から忘れることなど出来ようはずも無い。
戦友たちの仇である、赤髪の魔人。
「――だあああああっ!」
「ウオオオオオオオ――ッ!」
裂帛の咆哮とともに魔人が繰り出した拳を、寸前でユグドの正面に割り込んだ巨漢の構える大盾が、間一髪で遮った。
ドッゴオオオオオ……ッと、まるで砲弾が城壁にぶち込まれたような、盛大な衝突音が響き渡る。
「魔人どもめ! 二人から離れろ!」
「ホーガン、その馬鹿を連れて一旦下がれ!」
後方から黄金に染まった魔矢と魔弾が放たれて、追撃を試みようとしていた少女と大男を、それぞれが牽制した。
「大丈夫、族長!? しっかりして!」
「……不覚。人族を、侮っていたようだ……っ!」
「フン、間抜けが。いいから一度退いて、治療を受けてこい。足手纏いは無用だ」
魔人たちも足を止めて、負傷した半魔人に語りかけているようだ。
「ちょっとオジサン! 言い方あ!」
「……申し訳、ありません、ラース様。すぐに戦線に、復帰いたしますので! モーエッタも助かったよ、ありがとう」
「……うん。族長も、無理しないでね」
負傷した半魔人が後方に退いていくと。
こちらの視線を向けた少女と大男が、それぞれ威圧を放ってくる。
「しかし……俺の拳を受けてなお原型を保っているとは、良い盾と、良い戦士だ」
「うっさいオジサン! いいからこの場はあーしに任せて、先に行ってよ! パーパを待たせるとか、有り得ないからっ!」
「……良いのか? おそらく地上人の、切り札だぞ?」
「カンケーないって! パーパの愛玩動物であるあーしが、あんなザコどもに負けるはずないじゃんっ!」
「いや、しかしだな……」
「いいから! 行って! この落とし前は、絶対にあーしがつけるんだから!」
「……そうか。健闘を祈る」
名残惜しそうに、言い残して。
半魔人らを率いる大男はユグドらを迂回しながら、街の四方を囲う外壁の、閉ざされた入口を目指して駆け抜けていった。
「……野郎っ!」
「いいから行かせろ、ユグド!」
あとを追おうとしたユグドを足を、
ザックの声が縫い止める。
「各個撃破だ! あちらが舐め腐ってくれてんだ、しっかりと一匹ずつ礼してやろうぜ!」
あくまで冷静に、戦況を俯瞰する部隊長の指示に。
奥歯を噛み締めながら、斬り込み役の聖浄騎士は従う。
「……ああ、まずはこいつを、殺す。みんなの敵討ちはそのあとだ」
「はああああ? それはこっちのセリフなんですけど? パーパの奴隷を傷つけておいて、楽に死ねるとは思わないでよねっ!」
怒りに呼応するように、少女から大量の魔力が溢れ出る。
いかに〈聖浄覚醒〉で魔力を増幅させていても、あくまでそれは生命力を対価とした一時的なものであり、根本的な存在強度が異なる魔人との長期戦は不利だ。
ならばやはり、賭けるなら一瞬。
そのためにこの半年ほどを、部隊の連携訓練に捧げてきたのだ。
今となっては手に取るようにわかる仲間たちの意思に合わせて、小さく鋭い呼気のあと、黄金を纏う剣士が動いた。
「――〈聖浄覚醒・乗倍〉ッ!」
それは激選された聖浄騎士の中でさえ、ユグドを含める数名しか扱うことのできない、強化魔法の重ね掛け。
黄金を超えた太陽の輝きを放つ聖浄騎士が、まさしく光のような速さで魔人との距離を詰めて、光刃を振るう。
「……っ!?」
刃に込められた膨大な魔力を無視できなかったのか。
魔人の少女が慌てて、防御を捨てた回避行動をとった。
「こ、の……っ! うっとおしい、なあ……っ!」
ぶんぶんと、巨大に過ぎる乳房をぶん回して。
露出の激しい衣装を切り刻まれながらも、乱舞する斬撃を回避していた少女は、隙を見て安全圏である上空へと飛び上がった。
そこに、あえて隙を作り出した、聖浄騎士の罠がある。
「んなッ!?」
ズンッと、当人からしたらまるで、頭上から巨人の掌に押し潰されたかのような感覚だろう。
重力魔法〈圧壊重波〉。
聖浄騎士に改造されることでザックが取得した、伝説級の魔法が、本来ならあり得ない頭上からの攻撃となって、少女の不意をつく。
「もらったあ!」
「おおおおおおっ!」
さらにユーリーンの放つ黄金の流星のような魔矢と、タイホーが大盾から繰り出す衝撃波が、咄嗟に少女が展開した障壁を貫通し、打ち砕いて、手足や羽を撃ち抜いた。
「きゃあああああっ!」
悲鳴とともに、頭上からの圧力に耐えきれなくなった魔人が、地面へと叩き落とされる。
「……ぜはあっ! い、今だ、やれっ、ユグド!」
「うおおおおおお――ッ!」
莫大な魔力を消費する重力魔法は解除されたが、未だ魔人は立ち上がれずにいる。
彼女が大勢を立て直すより先に、確実に、こちらの光刃が早く首元に届く。
(くたばれ、魔人っ!)
ユグドは勝利の確信を持って、光剣を振るった。
【作者の呟き】
命を代償として強大な戦闘力を手に入れた聖浄騎士たちが、魔人を追い詰めます。
次の章で時系列が間幕に合流しますので、彼らの戦いの結末を、見守ってあげてください。




