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第十幕 世界殺しの世界樹 ②

〈リキエル視点〉


「…………僕はファスティア帝国に、戦争を仕掛けることにしました」


「「「 …………っ! 」」」


 群衆が息を呑む。


 だが誰も、声を発さない。


 続きを待っている。


 それらを見渡して、リキエルは再び口を開いた。


「だけどこの戦争に、少なくともこちらの大義はありません。だってこれは、千年に渡って苦しめられてきた魔族の復讐でも、ましてや最近になって迷宮の住人に加わった人族のためでもありません。完全に私利私欲であり、僕個人の身勝手な理由によるものです」


 たったひとり、大切な人を救うために。


 大勢の、無関係な人を巻き込むのだと、青年は言う。


「そこには誇り高い理想も、気高い思想も、語り継がれるような栄誉も、殉じるに値する名誉もありません。きっとこの戦いに参加した人たちは、襲われたほうからすれば、理不尽な暴虐として恐れられ、恨まれ、呪われるでしょう。たとえこの戦いで命を落としても、おそらくその魂は、貴方がたを導いてきた英霊の列に加わることはできないでしょう。それほどまでに理不尽で、身勝手で、傲慢な、僕のための独りよがりな戦争です」


 こんなものに命をかける価値はないと、リキエルは言う。


 こんなことに命を費やすのは馬鹿げていると、リキエルは訴える。


 そのうえでリキエルは、衆目に向かって、深く頭を下げた。


「でも、それでも……それを承知のうえで、言わせてもらいます。どうか僕のために、死んでください」


 返事はない。


 反応はない。


 下を向いたまま、さらに青年は懇願する。


「どうか……どうか、お願いします! 僕に貴方たちの命を、託してください! 僕の身勝手な願いのために、貴方たちの命を捧げさせてくださいっ!」


 なんと傲慢な物言いだろうと、自分のことながらに思ってしまう。


 だけどリキエルが散々に頭を捻っても、これ以上の妙案は思いつかなかった。


 素直に、正直に、愚直に。


 思いの丈を吐き出して、訴えて、懇願して。


 それでもダメなら、相応の危険(リスク)を負ってでも、この後の計画は自分たちだけで進めるほかないのだが……


 もし、仮に。


 たったひとりでも。


 こんな馬鹿げた願いに殉じてくれるというのであれば。


「少なくとも僕は、この戦いに参加してくれた人たちのことを、絶対に忘れない! 世界樹であるリキエル・ユグドラシルの名に賭けて、僕のために戦ってくれた人たちのことを、この身が朽ちるまで誇り続けよう! もちろん出来る限りの配慮もするし、補助もするけど、でも絶対なんてことは、この世界には有り得ない! ともすれば暴走した世界樹に追従した狂信者として、世界中から忌み嫌われてしまうけどしれないけど……僕だけは絶対に、僕の願いに殉じてくれた人たちへの感謝を、忘れることはないと誓うよ!」


 だから一緒に、戦ってください。


 ともに世界を滅ぼしてくださいと。


 とても正気の沙汰とは思えない世界樹からの懇願を受けた、魔樹迷宮の住人たちは……


「……何を今更! 我らの魂は常に、リキエル様と共に有り!」


 最初に声を上げたのは、壮年の半魔人であった。


「……族長」

 

 背後でモーエッタが、小さく呟く。


 リキエルとしても見覚えのある、ミネル族の男性が、周囲に言い聞かせるように大声で叫んだ。


「あの日、リキエル様に命を救われたあの瞬間から、あのときに失うはずだった我らの命は、すでにリキエル様に捧げられております! それを如何なる方法で使い潰されようとも、それを恨む戦士など、我が一族にはおりませぬ! 英霊には加われずとも、リキエル様のために殉じた武功を、黄泉で誇ってやりましょうぞ!」


「ああ、まさにその通りだ!」

「これは元より、我らの望んでいた戦!」

「そのようにリキエル様が、気を揉まれる必要などありませぬ!」

「たとえ一万の地上人どもに憎まれようと、貴方様のたった一言の労いが、我らにとって至上の誉れなのです!」

「リキエル様、万歳!」

「リキエル様に、命を捧げよ!」


 観衆の中で湧いた声は連鎖して、うねりを生み、波濤となって、瞬く間に眼下を埋め尽くした。


 顔を上げたリキエルがその勢いに圧倒されていると……ドンッ!


 規格外の大跳躍によって、リキエルたちのいる高台に、飛び乗ってくる男の姿がある。


「……ラースさん」


「……何を、世迷言を」


 展望台の縁に立ってリキエルを見下ろす赤髪の魔人は、燃え滾る激情を瞳に宿していた。


「貴様がどれほどの有頂天になっているのかは知らぬが、この魔樹迷宮と、そこに住まう者たちは、先代の世界樹とそれを長年に渡り支えていた、魔王様が守ってきたものだ。それを新参の貴様が斯様に扱うなど、許されると思っているのか?」


「……ではラースよ。妾がそれに従えと命じれば、うぬはそれに殉じるのか?」


 リキエルの隣に控えていたニーズが前に出ると、すぐさま縁から飛び降りたラースは、片膝をついて首を垂れる。


「当然でございます、我らが王よ。我ら先代の世界樹により産み出された魔人が支えるのは、あくまで貴方様ただひとり。ゆえに貴方様が死ねと仰るのならこのラース、躊躇う理由など御座いません!」


「であればラースよ。うぬは……うぬらは、妾のために戦って、妾のために死ね。それが妾の願いじゃ」


「委細承知っ!」


 堂々と叫んで。


 ラースは改めてニーズの背後に回り込み、

 腕を組んでリキエルを睨みつけた。


「……というわけだ。我らが戦う理由は、あくまで魔王さ……ニーズ様が、そのように望まれたからであって、断じて貴様のためではない! ゆめゆめ、履き違えるなよ!?」


「なんだよこのツンデレさん……こんなのもう、惚れちゃうしかないじゃないか!」


「んなっ、何を言っているのだ貴様は!? 気色悪い!」


「有難うございます!」

 

 そのように、温度差の異なる遣り取りを交わす男たちに触発されたのか。


「……むーっ!」

 

 沈黙を貫いていたもう一人の魔人が、

 張り合うようにヅカヅカと前に出て。


 ぶるるんと、規格外の胸部を揺らしながら、幼い声を張り上げた。


「おいこら聞いたかー、パーパの奴隷どもーっ! なんか古臭いオジサンがイキちゃってるけど、そんなもんなくたって、あーしらだけでパパの願い事くらい、叶えられるよなーっ!?」


「うおおおおおっ!」

「モーエッタちゃんんんんん!」

「リキエル様あああああ!」

「貴方たちのためなら、喜んで死にますううううう!」

 

「あったりまえじゃない、モーエッタ!」

「ウチもセンパイみたいに、リキエル様の役に立つし!」

「っていうか次の魔人転生は、アタイらだし!」

「いつまでもマウント取らせないからなーっ!」


 今度は比較的年若い半魔人と、モーエッタとともに神樹舞姫(ユグドラーナ)を組んでいる少女たちを中心に、賛同の声があがった。


 それらからやや遅れて、パチパチと。


 ラースに共感したのだろう、

 年配の半魔人たちからも拍手が贈られる。


 これで目に映る限りの半魔人らの、ほぼ全員がリキエルの進軍に肯定の意を示したことになった。


 おそらく他の広場でも、同じような光景が繰り広げられているはずだ。


 となると、あとは……


「……はいはい、ごめんよお! ちょいと道を、開けてくださいねえ!」


 周囲に負けないよう、大声を張り上げて。


 興奮する半魔人を掻き分けながら、高台に向かって移動してくる、人族の集団があった。


 それらを率いるのは、樹面を被っていても素顔がわかる程度には親交のある、只人(ヒューム)の冒険者であり。


 男の背後には、魔神教徒たちを率いた、黒と銀の修道服に身を包む黒聖女の姿もあった。


 魔樹迷宮に移住してきた人族の集団は、半魔人の人垣を掻き分けて、高台の足元に到着するなり。


「リキエル様! 当然ですがこの聖戦には、おいらたちも加わらせてもらいますぜえ!」


 彼らの代表である冒険者が叫ぶと、一糸乱れず膝を折って、リキエルたちに首を垂れる。


 深々と頭を下げたまま、リッドは続けた。


「もちろんこんなことで、千年ぶんの過ちを償えきれるとは思っていやせん! それでも、おいらたちが誰かの盾となるのなら、それを贖罪として、このあとも続くであろう人族を受け入れる下地を、作って欲しいんでさあ!」


「我らの命は、この地に捧げます!」

「ですからせめて、聖戦に散った我らの命を以て、これから生まれてくる命には、魔樹迷宮のご慈悲をお与えください!」

「そのためならば我ら一同、たとえ同族に刃を向けることになろうとも、迷いはありません!」

「血を以て血を拭うしかできない我らの愚行を、どうかお許しを!」


 次々と声を張り上げる冒険者たちのあとで。


 魔神教の代表でる聖女が、背後に並ぶ教徒らの声を代弁した。


「……すでに新たなる神は、道を示されました……ならばそこに意味を見出すのは、私たちの役目です……どうか私たちに、殉教の誉れを、お与えくださいませ……っ!」


「「「 我らの魂は、リキエル様の御心のままに……っ! 」」」


「……うん、ありがとう、みんな。貴方たちの意思と魂は、僕が責任を持って、使い潰させてもらいます」


「「「 うおおおおお! リキエル様、万歳! リキエル様、万歳! 魔樹迷宮の真なる君主に、栄光あれ! 」」」


 リキエルの受諾を皮切りに、魔族と人族から、爆発したような歓声が沸く。

 

「まずは手始めに、帝国を……滅ぼそう!」


「「「 おおおおおおおおッ!!!!! 」」」


 この日を以て、正式に。


 魔樹迷宮の軍勢による、

 帝国への進軍が開始されたのであった。


【作者の呟き】


 わかったこと →  作者に演説の才能は、ない……っ!


 とっても疲れました。


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