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第十幕 世界殺しの世界樹 ①

〈リキエル視点〉


 リキエルの前世の妹である莉子の魂を、

 この世界へと転生させるにあたって。


 神々の規約(ルール)に詳しいアンジェとロキシルが取りまとめた契約は、以下のようなものであった。


 ひとつ、リキエルはロキシルに信仰心が蓄積されるための行動をとること。


 ひとつ、規定の信仰心量が溜まった時点で、ロキシルは莉子の魂をリキエルの前世の神から譲り受け、この世界に転生させること。


 ひとつ、莉子の魂は無作為に、この世界のどこかに転生させること。


 これらの契約は、神々の規定(ルール)に則って取り交わされおり。


 アンジェがわざわざ、自らが仕える前世の神と連絡をとったうえで締結されたものなので、以上の内容が履行される限りは、神であるロキシルであっても、それらに違反するような真似はできない。


『はあ……相変わらず、天使ちゃんにおんぶに抱っこなヒモ人間だねえ』

『今回の交渉でどれだけ天使ちゃんが無理をしたのか、わかってる?』

『この調子だと近いうちに彼女、ぶっ壊れちゃうよ?』

『まあそのほうが、キミにとっては良妻ヅラしたメンヘラ束縛女が消えてくれて、嬉しいくらいのかもけどねえ! あははははっ!』


 去り際の、そんな負け惜しみを聞き流せる程度には。


 リキエルはアンジェを信頼していたし、彼女が自分に何かを言っているまでは、こちらからそれを探るような野暮は控えようと心に決めていた。


 無論、少しでも彼女が救難信号を出せば、即座に全力で手助けする所存ではあるのだが。


 ともあれ。


「……ありがとうね、アンジェ。こんな僕の、傍にいてくれて」


「……? どうしたのですか急に、藪から棒に」


「いや……ちょっと、あのときのことを思い出してね」


 莉子との対面からすでに、一週間ほどが経過している。


 今思い返してみても、当時のリキエルはとても冷静とは言えない状態だった。


「もしもあのとき、キミが押し留めてくれなかったらさ……僕はあの邪神と勢いでどんな契約をさせられていたのか、考えたら怖くなっちゃって」


「それはまあ……あの強欲な無能神のことです。きっと本当に世界を滅ぼすような契約を、貴方に強いるつもりだったのでしょう」


 けれど本来であればそのような契約は、成り立たないのだとアンジェは言う。


 等価交換の原則ではないが、創造神が管理神のあいだに設けた規定(ルール)においても、一方が過度に得をするような契約は、神々の品位を損なう行為だとして、禁止されているからだ。


 ゆえにアンジェは『リキエルとロキシル』の契約に、わざわざ前世の管理神を巻き込み、『神と神』による契約の程を成すことで。


 そこに邪神の覆し得ない、公平性を盛り込んだのだ。


「ですが……それでもやはり、莉子をこちらの手元に転生できなくなってしまったのは、私としても痛恨の極みです」


「それこそ『仕方がない』よ。あんまり気にしないで、アンジェ」


「……」


 慰めるものの。


 異世界の神すらも手玉にとった、

 天使の表情は晴れない。


 アンジェの無念は、この交渉の要である、転生者の扱いについてだった。

 

 なにせ彼女が機転を利かせて、

 ロキシルの目論見を挫いた一方で。


 その公平性ゆえに、莉子の魂は仲介に入った神の手によって、リキエル側にもロキシル側にも判別ができない、無差別な形でこの世界のどこかに転生することとなっていた。


 主導権がロキシルにあれば、彼は転生した莉子を手元に置いて、今後もリキエルに要求を突き付けてくるのは目に見えているし。


 逆にリキエルの側にそれがあれば、すでにいくつかの魂を転生させている彼が独力で莉子を転生させる方法を見つけ出して、契約を反故にする可能性が、前例があるだけにないとは言い切れない。


 両者の妥協点が、両者の預かり知らぬかたちでの、莉子の転生である。


 そうした莉子の取り扱いに、アンジェは無念を抱いているようだが、リキエルは不満など抱いていない。


 むしろ頼れる相棒に感謝している。


「キミはいつだって、やれることを全力でやってくれている。始まりこそ勢い任せだったけど、今はキミがパートナーで、本当に良かったと思ってるよ」


「リキエル……」


「行こう」


 本心から、そう言って。


 覚悟を決めて。


 リキエルは踏み出した。


「……だから今度は、僕が頑張る番だ」


 現在のリキエルたちは、魔樹迷宮の五十階層にある安全地帯の、広場に設けられた特設の高台を登っている。


 周囲を一望できるよう、外壁の一部が飛び出した足場に、アンジェを伴って姿を表せば。


「「 …… 」」

 

 先んじて待機していたニーズとモーエッタが、恭しく頭を下げて片膝をついていた状態から立ち上がり、主人の後に続く。


 屋根のない足場の端に辿り着くと、見下ろす眼下にはすでに、多くの半魔人や人族といった、魔樹迷宮の住人らが集まっていた。


(おおう……すっごい圧力)

 

 十人程度を相手にした演説であっても、ほどほどに強張ってしまう程度には、一般人な感性が抜けきらないリキエルである。


 人でも、虫でも、動物でも。


 群れという存在はただそれだけで、

 対峙するものに緊張感を強いるものだ。


 ゴクリと、喉が鳴る。


(ここに集まってるのって、ニ千人くらいかな? それでも圧が凄いよ、圧が……)


 この場に収まりきらない者たちは、それぞれが近場の広場において、通映樹(コネクトツリー)拡音樹(アンプツリー)により投影配信されているリキエルの姿を目の当たりにしているはずなので、実質今のリキエルたちは、この魔樹迷宮(ダンジョン)に住む全員の目に晒されている状態である。


 事前にあれほど練習をしていたのにも関わらず、喉が渇き、足が震える。


 それでも瞳を閉じれば、隣にも、背後にも、自分を支えようとしてくれている存在を感じて。


 リキエルはなんとか、言葉を震わせずに発することができた。


「……みんな、よく集まってくれたね。今日はみんなに、大切なお話があります」


 情報規制などはしていなかったため、

 ある程度の情報が出回っているのだろう。


 誰ひとりとして言葉を発さず、リキエルを見つめる無数の視線には、期待、興奮、恐怖、不安と、じつに様々な感情が入り乱れていた。


 当然だ。


 今のリキエルは、成り行きとはいえ、簡単に彼らの命を左右できる立場にいる。


 それでも。


「もう知っている人もいるだろうから、あんまり引っ張っても意味はないし、そもそも僕がそんなにご立派な演説なんてできる柄じゃないから、単刀直入に言わせてもらうけど………………僕はファスティア帝国に、戦争を仕掛けることにしました」


「「「 …………っ! 」」」



 放たれた言葉に、群衆が息を呑んだ。


【作者の呟き】


 次回、演説パート。


 苦手分野のため、作者の足も震えます(小物感)。

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