間幕 ⑨
〈ユグド視点〉
大敗を喫した第一次魔族討伐作戦から、
二年近くが経過した。
その間も第二次、第三次と、帝国軍は威信をかけた魔族討伐作戦を決行してきたが、その全てが悉く返り討ちにあって、甚大な被害を被っていた。
激減していく帝国の兵力とは反比例して、戦闘のたびに規模を拡大させる群生魔樹の影響によるものか、帝国中で活性化した魔獣による被害が増加している。
処理できなくなった禍影石の廃棄をめぐっても、無視できない規模の争いが起きていた。
なかには扱いきれなくなった禍影石を、首都から離れた村などに、領主が強引に管理を一任して。
案の定それらの影響を受けて凶魔化した魔獣に村が襲われたり、溜め込んだ禍影石が暴発して村ごと消し飛んだりと、悲惨な事例が相次いでいる。
ユグドの生まれ育った片田舎も、そのようにして滅んでしまったのだと、親交のあった村人の手紙によって本人が知ったのは、彼が聖浄騎士計画の被験者として培養液に半年ほど漬けられ、目覚めたあとのことだった。
同封されていた母と弟の髪束を抱いて、ユグドは声が枯れるまで泣いた。
「許さねえ……魔族どもめ、絶対にぶち殺してやる……っ!」
その怨讐が、成功率が五分にも満たない人体実験において、奇跡的な幸運を掴み取った。
資材に限りがあるため、実験を受ける被験者ですら、大量の志願者から帝国において上澄みとされる人物を選りすぐったのにも関わらず、道半ばで心が、体が、魂が壊れてしまう狂気の人体改造を、ユグドはそれを上回る憎悪によって耐え抜いたのだ。
「……殺す。魔族どもは一匹残らず、根絶やしにしてやるっ!」
「ああ、当然なんだな〜。そのための、おいらたちだ〜」
「今更当たり前のことほざいてんじゃねーよ、ユグド。頭沸いたか?」
「アレの頭がイカれてるのはいつものことだ。いちいち相手にするな、ユーリーン」
都合三度に及ぶ、帝国軍の侵攻を受けて。
あちらとしても何らかの、変化が起きたのか。
それまで専守防衛であった魔族の軍勢……通称『魔神軍』が、根城である神代魔樹迷宮を離れ、高濃度魔素と魔獣を吐き出し続ける群生魔樹を拡大させながら、一直線に帝都を目掛けて進軍を始めて、半年ほどが経とうとしている。
進路上にあった村や、街や、都市は、その全てが抵抗虚しく呑み込まれて。
今や帝都には、大量の避難民が押しかけていた。
そうした急激な人口の流動が、またしても軋轢を生み、食い扶持を失った人々が悪事に手を染めて、たった十年前までは華の都、千年帝国など謳われていた大国の面影は、今やどこにも見当たらない。
聖浄石の供給不足によって、聖嬢魔道具に頼りきっていた人々の生活は荒れ、街は汚れ、人心は乱れて、いつ隣人が略奪者になるかもしれない恐怖に、帝都の民は怯えていた。
そのような窮地に追い込まれた帝国軍が、起死回生の一手として莫大な予算と人的資源を集中して注ぎ込んだ結果、成功例として生み出された聖浄騎士は、総勢二十名。
実験を受けた被験体のうち、およそ二十人に一人しか完成まで至れなかったとされる、貴重な戦力を四人一組の独立部隊として編成し、帝都の重要施設や、王族の警護に割り振られている。
ユグドはそのなかで、もっとも戦場が近い場所に、編成された部隊ごと配置されていた。
「……もうすぐ……もうすぐだ……奴らの首を、掻き切ってやるから、待っててくれ、みんな……」
「あー、こりゃダメだ。完全にキマっちゃってるねー」
帝都の最終防衛線とされる、
四方を囲う防壁の正面にて。
もう目と鼻の先まで迫っているという魔神軍を、瞬きすら惜しんで待ち侘びる赤茶髪の青年に、彼と同じ帝国軍支給の聖浄鎧に身を包む精人の女が、やれやれと肩をすくめた。
「ねえザック隊長、どうするー? テキトーに魔薬でもぶち込んでみるー?」
「だから放っておけ、ユーリーン」
成功率五分の壁を乗り越えた女弓兵、ユーリーンの言葉に、首を横に振るのはこの部隊を任せられた痩せぎすの青年、ザックである。
「そいつは無駄に頑丈なんだ。放っておけば、勝手に治る」
「う〜ん、隊長はユグドのこと、信頼しているんだな〜。羨ましぞ〜」
「……馬鹿なことを言うな、タイホー」
剣士のユグド、術士のザック、弓兵のユーリーンという各々の特性を考慮して、最後に部隊配置された盾役である鬼人の巨漢、タイホーは、二メートル近い巨躯のうえに朴訥な笑みを浮かべていた。
「んでもまあ、ユグドの気持ちはわかるんだぞ〜」
「ああ、やっと兄様たちの仇討ちができるんだ。魔族どもめ、目にもの見せてやるよ!」
「……二人とも、戦いの前から、あまり気負良すぎるなよ」
などと、もはや見慣れた皮肉面で、ザックが逸る部下たちを諌めるものの。
その瞳には彼らに決して劣らない熱量の闘志が滾っていることを、ユグドは理解していた。
(……あいつだって……ユーリーンも、タイホーも、みんな……魔族に、人生を滅茶苦茶にされたんだ……)
ユーリーンは帝国貴族の娘であり、先の戦いで、慕っていた父や兄、家臣らを、軒並み喪ったのだという。もはや家の再興は不可能で、仇討ちだけが、彼女の生きる理由であった。
タイホーなどは許嫁を村に残し、帝都に出稼ぎに来ていたのだが、帰るべき故郷は、今回の聖戦ですでに無くなってしまったらしい。自分のような悲しい思いをする人間をこれ以上増やさないため、心優しき巨漢は、自らの命をこの戦いに賭したのだ。
ザックなどは言わずもがな、あの惨劇を共有している。
嫌味な口の利き方こそ相変わらずだが、そのじつ、しっかりと一歩引いて周囲を観察することで、何度も猪突猛進な自分を補佐してくれていることに、ユグドはちゃんと気づいていた。
今さら感謝こそ口にしないが。
戦友だと、認めている。
(きっとこいつらは……こんな、クソみたいな人生の使い方をするような、人間じゃなかったはずだ……)
優秀なザックはきっと、優れた魔術士として、立派に帝国軍の一翼を担っていたことだろう。
心優しきタイホーは、退役後に村に戻って、許嫁と幸せな家庭を築いていたはずだ。
柄の悪いユーリーンだが、所作に貴族特有の上品さが見え隠れしているので、きっとお転婆なお嬢様として、旦那を振りましていただろうに。
そして自分は。
先輩がたや、悪友たちと、仕事が終わった後は悪酔いして。
家に帰ればアイリスが、むくれながらも待ってくれていて。
いつかは、幸せな未来を……
満ち足りた家族を……
(……ッ!)
その全てを踏み躙った魔族への憎悪だけが、今のユグドが生きる意味であった。
この聖浄騎士計画に参加した被験者たちは、皆、胸に特殊な聖浄魔道具を埋め込まれている。
これにより莫大な戦闘力を獲得する代わりに、急速に命が削られていくことを、本人たちも納得している。
つまり勝とうが負けようが、じきに自分たちは、聖戦に殉じた者として、仲間たちの元へ導かれるのだ。
その事実が少しだけ、ユグドの心を楽にした。
(……早く、来い、魔族ども……今度はオレが、お前らをぶち殺してやるから……)
だからオレを、殺してくれ。
この悪夢を終わらせてくれ。
そんな青年の願いはこれより数日後に、果たされることとなる。
【作者の呟き】
辛くも第一次迷宮攻略戦から生還したユグドとザックは、帝国の新技術によって聖浄騎士に調整され、同じく魔族に恨みを持つ仲間たちとともに、最後の戦いに挑みます。




