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第九幕 ようこそ、新世界へ ⑦

〈リキエル視点〉


「……ん、どうやら無事に、お別れは済んだみたいだねえ」


 莉子の魂が『活動限界(タイムリミット)』を迎えてしまったため。


 彼女の姿が消失した『何もない空間』の扉をくぐると、リキエルとアンジェは再び、見慣れた魔樹迷宮の荒野へと戻ってきた。


「主様! アンジェ! 無事じゃったか!」


「あ、ああ……うん、大丈夫」


 部外者ということで、この場での待機を強いられていた魔王が、リキエルのもとへと駆け寄ると。


「大丈夫……うん、僕は大丈夫だから……心配してくれてありがとうね、ニーズ」


「……っ! 主様あ!」


 受け答えこそするものの。

 

 心ここに在らずといった有様の青年に、堪らず魔王がひしと抱きつき、天使が傷ましげに眉根を寄せる。


「……無理もありません。あのような健気な立ち振る舞いをされて、動揺するなと言うほうが無理というものです。むしろよく耐えましたね、リキエル。もう泣いていいのですよ」


「うん……う゛んっ、ごめんね、アンジェ……ごめんよ……莉子ちゃん……」


 アンジェからも優しく抱きしめられて。


 とうとうリキエルの表情が歪み、

 涙腺が決壊した。


「だって……莉子ちゃん、あんなにっ、辛そうなのに……最後までけっきょく、僕たちには、弱音ひとつ吐かないで……っ!」


「ええ、ええ、そうですね。相変わらず莉子は、立派でした。彼女はまぎれもなく、私たちの自慢の妹です。そして彼女の前ではちゃんと貴方は、何も知らない兄を演じきれていましたよ。この私が保証します」


「……っ、うわあああ、ああああああああああっ!」


「……おお、主様……何と、お傷ましや……」


 ついには抱きつき、人目を憚らずに滂沱する青年を、天使は慈愛を以て抱擁して。


 魔王は両手を組んで首を垂れることで、偉大なる創造神に、主人の心の安らぎを願った。 


「うんうん。どうやら無事に、お別れは済んだみたいだねえ。よかったよかった」


 などと。


 そうした者たちの心境をまるで顧みることなく。


 どころか、茶化すようにして。


 場違いに陽気な声で話しかけてくるのは、リキエルたちよりも先にあの『何もない空間』から退出していた、道化男である。


 彼が背を預けているのは、先ほどアンジェたちが出てきた転移樹(ワープツリー)であり、リキエルの了承を得た彼が転移樹に干渉することで、その魂を先ほどの『何もない空間』へと導いていたのであった。


 ふと、そうした擬似〈転移門(ワープゲート)〉に目を向けてしまったリキエルに対して。


「まあわかってると思うけど、もう一回あそこに転移したところで、妹ちゃんの魂はそこにないよ?」


 釘を刺すように。


 清々しい笑顔で道化男が告げる。


「なにせ彼女の魂はあくまでボクの預かり物であり、それをこれから輪廻の輪に戻すため、天使ちゃんの仕える神様のもとへ返しに行かなきゃならないんだからね。ああ、デキる神様は忙しい忙しいっ! 参っちゃうよ!」


 そうした保身があるがゆえ、ここぞとばかりに威上段(マウント)をとってくる道化男。


「……っ! おぬし、いい加減に――」

 

 ニーズは殺意を湛えた視線を向けるが、それを、青年の背中が遮った。


「――ぬ、主様?」


「……頼むっ……お願い、しますっ! ロキシル様、どうか、莉子ちゃんの魂をお救いください……っ!」


 それどころか地面に膝をついて。


 両手もつき、頭を下げて。


 懇願するリキエルに、ニーズは慌てふためていてしまう。


「んなっ……行かんぞ、主様! たとえ如何なる理由があろうとも、このような悪神に、(へりくだ)るなど!」


「だけどもう、これしか、方法がないんだっ!」


 幼女が小さな手で引き起こそうとするが、青年は微動だにしない。


 心の中は悔恨に塗れていた。


(僕が……僕がもっと、優れた人間だったら……っ!)

 

 きっと自分が物語の主人公のように聡明で、機転が利き、優れた着眼点と交渉力を持つ人間であるならば、もっと格好いい(スマートな)方法が思い浮かんだのだろう。


 けれど現実の自分は愚鈍で、人任せで、何でもかんでも簡単に割り切ってきた人間だから、ここぞというときに、粘り強い逆転の目が思いつかない。


 だからこうして情けなく、馬鹿みたいに、無能を晒して、頭を下げるしかないのだ。


 それでもリキエルは、妹を救いたかった。


 最後まで兄の前で弱音ひとつ吐き出さなかった少女に、どんなかたちであれ、彼女自身が心から幸福だったと言える人生を歩んで欲しかった。


 そのためならいくらでも、頭なんて下げられる。


 必要であれば矜持でも、遺恨でも、権力でも、資産でも、自らの命だって、投げ捨てられる。


 何でもいい。


 何でもするから。


「……お願い、します……っ。莉子ちゃんにもう一度だけ、チャンスを与えてあげてください……っ!」


 そうした青年の訴えに。


「へえ。だったらさあ……リッキー」


 待っていましたと言わんばかりに、

 道化男は口元を歪ませて。

 

「キミは妹ちゃんのために、この世界を滅ぼせるかい?」


 かつての問いかけを、再び繰り返すのだった。


【作者の呟き】


 この邪神、たぶん本作品が始まって一番イキイキしていますね。


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― 新着の感想 ―
邪神って(上位神の力で)殺せます? 殺せない場合、邪神は死ねない身であることをメチャクチャ呪いたくなるような目に遇わされそう…
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