第九幕 ようこそ、新世界へ ④
〈リキエル視点〉
迷宮階層をぶち抜く樹槍投擲を行った後で。
「まったくあの害虫ときたら、性懲りも無く……」
「階層が異なれば主様の目が届かぬとでも思うたのかのう? であればまっこと、虫ケラ並みの知能じゃわい」
「まあまあ二人とも。落ち着いて」
護衛であるニーズとともに転移樹で階層移動したリキエルに合わせて、試合進行をモーエッタに預けてきたというアンジェが合流してきた。
念の為、最下層の世界樹にはラースを始めとする前世界樹が産んだ魔人たちを招集してあるので、あちらの守りも問題はない。
また樹槍の階層貫通による振動は、すでにリキエルにより心配はないと拡音樹で周知されているため、魔樹迷宮の住人たちが困惑することもなく、彼らはすでに祭りの喧騒へと戻っていた。
賑やかな祭囃子から外れた三名だけが、
人気の失せた魔樹迷宮を進んでいく。
「でもなんで今回は、こんな人気のない場所に分体を転移させたんだろ? 姿を隠すつもりなら、それこそ前回みたいに、人がいる場所を選びそうなものだけど……」
「ぬん? それは主様の目の届かぬ場所に転移して、コソコソと悪巧みするつもりだったのではないかえ?」
「如何にも浅慮なゴミクズ無能神が、考えつきそうな浅知恵です」
「う〜ん、だったらいいんだけど……」
両脇を固める美女と幼女は、邪神を軽蔑するあまり、どうにも彼への評価が低くなっているようだが。
前世において、リキエルはそうした人間の卑屈な狡猾さを何度となく目にしてきているため、彼を嫌悪こそしつつも、見下す気持ちにはなれない。
(ま、行けばわかるか)
しばし魔王と天使を引き連れたまま移動すると、三十階層の階層領域である山岳から、ニ十階層の領域属性である荒野へと景色が変化していく。
そして青年が目的地である二十三階層の片隅に到着すると、そこには地面と一体化した樹槍に貫かれてもがく、人間の姿があった。
前々回の再誕祭からおよそ二年ぶりとなる、道化化粧をした優男だ。
「……ちっ。さすが邪神の分体、むかつくほどにしぶといな。やっぱり頭を潰さないとダメか」
「ま、待って待ってリッキー! だから初手から、殺意が高すぎるんだって! せめて言葉を交わすことぐらいはしないと、交流は育まれないんだぜ!?」
「羽虫がブンブンと、五月蝿いですね」
「まっこと、羽虫の鳴き声とは不快じゃのう。何を言っとるのかさっぱり理解できぬわい」
「あれえ!? ボクだけ違う言語話してる!?」
邪神は必死に会話を求めているが、そもそもこちらに応じる意思がないため、前提が成り立っていないだけである。
(とにかくまずは、処分してしまおう。コイツを放置することは、百害あって一利なしだ)
応じるつもりはなくとも、理解できる言葉とは、それだけで心を惑わす毒と成り得る。
邪神から悪影響を受ける前に、リキエルは速やかに排除を試みて――
「――待った! だから待っただって、リッキー! 今回のボクは、キミがいた前世の神様からのお遣いで、ここに顕現してやったんだぜえ!? その言伝を無視していいのかよ!?」
新たに造り出した樹槍を掲げていた手が、ピタリと、宙で止まった。
アンジェもまた表情を引き締めて、問いかける。
「……それは、真実でしょうね? たとえ神とはいえ、他の世界の神の名を騙ることなど、許されませんよ?」
「ああ、本当本当! マジのマジだって! 創造神様に誓ってもいい!」
「……リキエル。ひとまず、話を聞いてみましょう」
「ん、わかった」
神々の規約に精通した天使の提案を受けて。
リキエルは構えていた樹槍を横に振るい、邪神の分体である、道化男を串刺しにしていた樹槍の根本を断ち切った。
「……ふう、酷い目にあった。これだから神様気取りの世界樹なんて、碌なもんじゃないんだ」
「はいはい、無駄口はいいからさっさと用件を言えよ。内容によっては苦しまずに殺してやるから」
「チッ! おいおい、あんまりチョーシに乗るなよ? 若造が、ボクの機嫌を損ねるとどうなるか――」
「――話す気がないなら、契約不履行でいいですね? 私の方から我が主には連絡を入れておきますので、さっさと死んでください」
「まあまあ待ちたまえよ美しいお嬢さん。短気は損気だから、その物騒な杖を仕舞いたまえ。あとそこのおチビさんは、口に炎を溜めないでおくれ。火の粉が漏れてるよ?」
「……アンジェ。ニーズも」
「……ふん」
「……ぬんっ! 小賢しい悪神めが!」
天使が構えていた樹杖を降ろし、魔王が溜めていた火炎を呑み込むと、ようやく道化男が本題に入る。
「でもね、リッキー。まずこれだけは、誤解しないでおくれよ? この件に関しては本当に、ボクは何の関与もしていないからね? 嘘だと思ったら行動に移る前に、事の真偽をそこの博識な天使ちゃんに確認をとるんだ。いいね? 神様との約束だよ?」
「いいから、はやく、用件を言え。また身体を串刺しにされたいのか?」
「はいはい、ちゃんと予防線は張ったからね? 約束は守っておくれよ。それじゃあご要望にお答えして、まず端的に結論を述べるけど……」
そう前置きして、道化男は。
さも真面目ぶった口調で。
言葉に喜悦を滲ませて。
残酷な真実を、リキエルに告げた。
「……リッキー。前世に置いてきたキミの妹ちゃん、死んじゃったよ?」
【作者の呟き】
次回、ストレス展開注意です。




