第九幕 ようこそ、新世界へ ③
〈リキエル視点〉
身内による予想外の裏切りが発覚しつつも。
それで場の空気が和んだのか
リキエルが望んでいた住人たちのちょっとした要望が、エルナカーナとリッドの口から告げられていく。
「これは贅沢になっちまいやすが、地上とほとんど魔素濃度が変わらない上層に、もっと地上からの動植物を輸入したいっていう意見は耳にしますねえ」
「う〜ん、迷宮の生態が豊かになるのはいいけど、既存の生態系が狂っちゃうかもだから、それは識者に要相談だね」
「……リキエル様の……偉業を伝えるために、聖書の作成を……」
「却下。でも皆が情報を共有できるように、新聞は無理でも、回覧板みたいなのを作るのはいいかもね」
「ああ、あとはこの迷宮のなかだけでなく、地上とも連絡の取れる魔樹があれば便利だとは、耳にしやすがねえ」
「んー……それは、用意できないことはないんだけど、通信用の魔樹を生やすにはちょっとした下準備が必要になるし、何よりも今の時点では、きっとアンジェから人族には使用許可が降りないだろうねー」
「……はあ、まあそりゃそうですわな。じゃあそれが準備できたときに、おいらたちも使わせてもらいたいならもっと迷宮に貢献して今から信用を積み重ねておけって、連中の尻叩いときますわ」
「ああ、そのへんの塩梅はお任せするよ。まだどうなるかわからない話だから、あまり期待させ過ぎないようにね」
「……で、でしたら、御身の絵画を仕立てて……それを、魔神教の教会に飾ることは……」
「だーかーらー、それも却下だって! なに!? なんでキミたちはそんなに僕を辱めようとするの!? 神様だって羞恥心で死んじゃうよ!?」
「ダンナは神様じゃなくて世界樹ですがね」
冷静なツッコミを入れつつ。
先ほどから駄目出しを受け続けている黒聖女に、
冒険者が呆れた表情を向ける。
「でも嬢ちゃん、アンタだってダンナさんの性分はもうわかってるだろ? いくらダンナさんが寛容だからって、あんまり無理言うもんじゃねーよ」
「……うう……リキエル様のご威光が、遠い……これもまた、創造神の与えたもうた、試練なのでしょうか……?」
「違います。ただの人権の主張です。人の嫌がることをしちゃあダメ、絶対」
世界樹であるリキエルに、そのような人権保護が適用されるのかはさておくとして。
「……うう……申し訳ありません、リキエル様……私はただ、少しでも、貴方様のお役に立ちたくて……決して、困らせるつもりでは……」
すんすん、めそめそと。
悉く意見を却下されて、すっかり気落ちしてしまった黒聖女を前にして、リキエルの罪悪感が加速していく。
(あー、これだから変な方向に突っ走る生真面目さんは、扱いが難しいんだよなあ……)
意見こそ噛み合わないものの、彼女に悪気がないことぐらいは、リキエルも理解している。
なにせ帝国軍との初戦の際に、人質であった彼女は解放を望まず、自らの意思で魔樹迷宮に居残るほどの、親迷宮派だ。
このまま帝国に戻ったところで鳥籠に戻されるだけだし、そもそもリキエルと対立した時点で、帝国に未来はない。
ならば自分は迷宮に恭順して、これからも増えるであろう、人族との橋渡し役として貢献したいというのが彼女からの申し出であり、迷宮の参謀がそれを受け入れた形である。
(……ああ、そういえば)
リキエルはふと、エルナカーナを登用した天使の言葉を思い出した。
「ねえ、エルナカーナ。キミってたしか、魔樹迷宮が封印される前の歴史とかにも、興味あるんだったよね?」
「……え? ……ええ、はい、そうですけど……それがなにか、またお気に障りましたでしょうか……?」
前職の勇聖教においても聖女に選ばれていた、美形揃いで知られる精人のなかでもなお美しいと表現できる容姿の黒聖女は、眉尻を下げて、自信なさげな表情を浮かべる。
「……や、やはり私などが、魔神教の聖女などとは……畏れ多く……もっと他の、適した者に、地位を譲るべきで……?」
「い、いやいやいや! 待って待って!」
ちなみに魔神教とは、かつては魔王を信奉していた魔人教を母体として、今では世界樹であるリキエルを崇めるものへと発展した、新興宗派である。
地上から移民してきた人族もこちらへ宗派変えしたものは多く、その橋渡し役である彼女がこんなことで折れてしまっては、あとでアンジェに何を言われるかわからない。
リキエルは慌てて弁明した。
「そんな過剰に、卑屈にならないでよ。エルナカーナはよくやってくれているから! そうじゃなくてね、じつは前々からアンジェが、そうした昔の正しい歴史を後世に伝えたいから、資料の作成や整理、管理や普及をしてくれそうな人材を探していたんだけど――」
「――やらせてください!」
彼女にしては珍しく、食い気味で。
普段は眠たそうにも見える垂れ目をカッと見開き、エルナカーナは鼻息を荒くした。
「だ、大丈夫です! 私はそういうの、得意ですし、だ、大好きです! もちろんリキエル様が与えてくださった役割を蔑ろにするつもりなど、毛頭ございませんが、その合間にでも、そのような魅力的なお役目に関わらせていただけるなら、誠心誠意、努めさせていただきたく………………あっ」
「……おうおう、嬢ちゃん、そんな早口で喋れたんだなあ」
「うんうん、人って好きなことになると、饒舌になるよね。わかるわかる」
「〜〜〜っ!」
青年と冒険者の生暖かい視線に、顔を真っ赤にして黙り込んでしまう黒聖女であったが。
再度リキエルが確認すると、彼女は恐縮しつつも……細顎を、嬉しそうに引いたのだった。
「……やはり……リキエル様こそが、創造神の正当なる御使……っ! ……この世に差し込んだ、救世の光……っ!」
無論そんなことをすれば、黒聖女の信仰心がさらに高まって、更なる信奉の眼差しを向けていることに、本人だけが気づいていない。
「う〜ん。こりゃもう、手遅れだねえ……ダンナ。おいらが言うことでもありゃしませんが、男ならちゃんと、責任をとってやんなきゃダメですぜ?」
「ん? そりゃまあ、自分の発言にはそれなりに責任を持っているつもりだよ? それとも何か、気になることがあった? 変えたほうがいいところがあれば変えてみるけど?」
「いやいやダンナは是非とも、そのままでいてくださいや。少なくとも外野で見ているぶんには面白いんで」
「……?」
などと、微妙に噛み合わない会話を交えながら。
その後も人族から上がる要望をいくつか耳にしたところで。
「……むっ!」
不意にリキエルが立ち上がって。
普段から持ち歩いている樹槍を手にしてかと思うと、窓枠から身を乗り出して、投擲した。
チュドンッ、と空気を破裂させて。
打ち出された樹槍はそのままドッ、ドッ、ドッと、階層天蓋を連続してぶち抜いていく。
「……ごめん、ちょっと用事ができたから、今日のお話はここまでにしよう。また時間を設けるから、二人は今後もみんなの話に耳を傾けておいてね」
「……は、はい……それは、構いませんが……」
「い、いったい、どうしたってんですか、ダンナさん? まさか帝国の奇襲ですかい!?」
「いやいや、そんな大袈裟なものじゃないから、二人はこのあと祭りを楽しんでいってよ」
口ではそのように気軽さを装いつつも。
ぶち抜いた天蓋の先を睨みつけるリキエルの視線は、帝国軍と対峙したときよりも、数段は険しかった。
「僕はちょっと……害虫の、駆除をしてくるからさ」
【作者の呟き】
こうやって無自覚に、世界樹は黒聖女の好感度を上げていたわけですねえ……(ニチャア)




