第九幕 ようこそ、新世界へ ②
〈リキエル視点〉
『待たせたな、パーパの奴隷どもっ! 今日もパーパの愛玩動物なモーエッタちゃんを通じて、パーパに仕えられる喜びを噛み締めやがれっ♡』
『『『 うおおおおおおっ! 』』』
武闘大会の合間。
試合会場の点検と次の選手が準備をするためにできる、空白時間を利用して。
多色多彩ながらも統一された妙に肌の露出面積が大きい巫女風の衣装に身を包んだ少女たちが姿を見せると、一部の観客たちの興奮が爆発した。
舞台に齧り付き、発光する魔道具を振り回して一糸乱れぬ動きを魅せる集団のなかには、半魔人に混じった人族の姿も見受けられる。
あの階層で活動するには、高ランクの冒険者が魔道具の補助を用いても相当に負担がかかるはずだが、それでも樹面から覗く彼らの口元には、活力に満ちた笑みが浮かんでいた。
魔樹によって広場の巨大板に投影されるそうした映像は、世界広しといえど、人と魔が混在するこの神代魔樹迷宮ならではの光景である。
また人々が集まる広場には、拡声機能を備えた魔樹も植えているため、演舞会場にも負けない賑やかな演奏と、華やかな少女たちの歌声が、開け放たれた窓から流れ込んでくる。
「……いやまあ、そう言ってもらえるのは有難いんだけど、僕としてはもう少し、キミたちから噛み砕いた意見を聴かせてもらいたいんだよね」
祭り特有の、鮮やかな音色を背景として。
リキエルは宿屋の一室で、人間たちとの談合を続ける。
「ぬん! ぬん! ぬん! ぬん!」
「うわあ、おねーちゃん、すごーい!」
「ほんとうに、ゆぐどらーなのひとが踊ってるみたい!」
「わたしにもわたしにも! 教えて〜っ!」
「ぬはははは、よかろう! この魔王が直々に、舞踊の極意を伝授してやろうぞ! 童どもよ、そこに並ぶが良い!」
「「「 わーいっ 」」」
ちなみに演奏が始まるなり、広場に飛び出してモーエッタ仕込みの演舞を披露していたニーズは子どもたちに囲まれ、ご満悦な様子であった。
彼女の力量であればこの距離でも十分に護衛役は果たせるので、自由にさせておくことにする。
それよりも。
「……それは……いったい、どのような、ご意図なのでしょうか……? ……ご不快を覚えられてしまったのであれば……申し訳、ありません……っ!」
「おいおいリキエルのダンナ、おいらたちは嘘なんて、ひとつもついちゃあいませんぜ? 創造神様に誓ってもいい!」
黒聖女であるエルナカーナが神秘的にも見える垂れ目に不安を滲ませ、冒険者のリッドが慌てて潔白を申し出ると、リキエルは苦笑を浮かべた。
「いやいや、そう深刻に受け取らないでよ。そういう意味じゃなくて、もっと単純に、肩の力を抜いて、ね? 今の生活を大きく変えるような大事じゃなくて、もっと小さい規模でのお願いや提案なんかを、僕に教えてくれると嬉しいなーってハナシ。二人ならそういうの、いっぱい耳にしてるでしょ?」
そのためにわざわざ、
このような場を設けたのだ。
普段のリキエルには常に、ニーズやアンジェ、モーエッタや、半魔人の各部族から選出された護衛が付いているため、ただそこにいるだけで尋常ならざる威圧感を放つ彼ら越しに、自らの意見を伝えようとする猛者は、まずいない。
仮にそれらの壁がなかったとしても、魔樹迷宮の住人たちがリキエルに抱く崇拝は日増しに高まっていく一方なので、それが本心であるのかはさておき、彼らの口から称賛や感謝以外の言葉を聞いた記憶がほとんどない。
あまりに全肯定が過ぎるため、定期的に赤髪の魔人の元を訪れては、罵声を浴びせてもらい気持ちを整えているほどだ。
だからこそリキエルは、魔樹迷宮における人間たちの顔役であり、多少なれど自分に耐性を持っているエルナカーナとリッドに、周囲の壁が薄くなるこの機会を狙って招集をかけ、忌憚のない意見を欲しているのであった。
「……はあ、まあ……そういう、ことでしたら……」
「う〜ん。パッと思いつくのは、この迷宮内で使える、貨幣の流通とかですかねえ?」
「へえ。やっぱり需要があるんだ」
アンジェからすでに提案されていた案件だが、リッドも同意見らしい。
「ええ。なんせ中層以降で取れる魔獣の素材なんかは、上層での活動がメインのおいらたちからすりゃ、垂涎ものですからね。いっぽうで気軽に上層まで上がって来られない方々にしてみりゃあ、そこいらで採れる動物や、おいらたちが耕している作物なんかは、物珍しい嗜好品みたいな扱いになるわけですよ」
階層を下って行くごとに魔素濃度が増していく魔樹迷宮においては、それぞれの階層領域において、各々の生態系が発達している。
つまりひとつの階層領域においては物珍しくない一品が、他の階層領域では珍重される場合があるということ。
これまでもそうした特産品のやり取りは、半魔人の間で行われていたが、それを彼らと人族の間で行う場合は、物々交換では手間暇がかかり過ぎるため、それを簡略化する貨幣制度を導入してほしいという意見である。
「……う〜ん。僕としてはそういう、ガッツリと政策とか利権が絡んできそうな施策に手を出すのは怖いんだけど、でもまあ、需要があるなら『仕方がない』か。適任ありそうな人材を見繕って前向きに検討してみるから、リッドさんのほうでもそういう知識のある人がいれば、スカウトしてみてよ」
「任せてくだせえ! いやあ、これでまた、美味い酒が飲めそうだ!」
そうした嗜好品の中でも、特に需要が大きいのが、各階層ごとに風味の異なる果実酒や蒸留酒であった。
適量の酒精とは、人生を豊かにする娯楽として、この世界でも定着している。
「……あのう……でしたら、私からも、僭越ながらいくつか、お伺いしたいことが……」
「お、いいねいいね! あとでアンジェに告げ口なんてしないから、くだらないことでもジャンジャン言ってよ!」
賢妻の尻に敷かれるダメ亭主の如き態度をみせるリキエルに、エルナカーナはおずおずと、彼女の要望を口にする。
「……その……もし、お許しが出るのであれば……村や集落に……リキエル様の、像を建てさせて――」
「――それはダメだ。僕が羞恥心で殺される」
秒で真顔になった青年に、黒聖女は涙を滲ませた。
「……で、ですが! ……やはり信仰には、拠り所となる、形が必要なのです……っ! ……いまはまだ……定期配信してくださる、リキエル様の映像で、皆は心を満たしているが……それもいつまで保つか……」
「え? 何それ僕聞いてないよ?」
「え? もしかしてダンナ、知らなかったんですかい?」
目を見開く青年に、心底意外そうな表情の冒険者が、残酷な真実を告げた。
「しょっちゅうあの通映樹なんかを使って配信されているから、てっきりダンナも、了承済みなものかとばかり……」
悲報。リキエルの撒いた魔樹が、知らないところで勝手に悪用されていた件。
そして親樹に気づかれず、子樹をそのように扱える天使など、世界樹はたった一柱しか思い浮かばない。
「あ、ちなみにおいらたちの間じゃあ、リキエル様の【歌ってみた】シリーズが人気ですね。ちょいと耳にしたことのない歌ばかりですが、どれもリズムやノリがいいもんで、酒場とかでうろ覚えの連中が口づさんでいますよ」
「……私は……【見守り】配信……ですかね……。……リキエル様の無防備な寝顔は……見ていて、とても癒されます……」
「アンジェさああああんっ!? 何やっちゃってくれてんのおおおおおっ!?」
詳細を聞くに【歌ってみた】シリーズとは、リキエルがふとした折に前世でヒットしていた曲を思い出して、ノリノリで口づさんでいる姿を指すものであり、【見守り】とは休眠状態にした分体を、ただひたすらに映し続ける配信であるらしい。
無論どちらも、本人の承諾を得ていない盗撮であり、前世であれば間違いなく違法であるのだが、そうした法整備がされていない今世において、犯人を処罰してくれる法律は存在しなかった。
「ちくしょうアンジェのやつ、接続を切ってやがる! あとで絶対に訴えてやるから、覚悟しろよ!」
泣き寝入り確定の怒りが、虚しく部屋に響いた。
【作者の呟き】
あとは天使P監修による【食事】配信や【リキエル体操】なんかも、視聴者たちには好評のようです。




