第八幕 世界樹に喧嘩を売るだけの簡単なお仕事です ⑨
〈リッド視点〉
紛糾した貴族会議を経て。
けっきょく地上に残っていた帝国貴族と彼らの護衛である帝国騎士、そして新たに募集した冒険者を引き連れた四百名に及ぶ帝国軍が、準備期間を含めた五日ほどで再び魔樹迷宮の中層まで到達すると。
「あははは、ざ〜こ♡ ざ〜こ♡ その程度でパーパにケンカを売るとか、アタマ悪過ぎるんですけど〜? えいえい、死んじゃえ! こんなメスガキに、惨めにプチッとぶっ殺されちゃえ♡ パーパに歯向かう人間どもは、このモーエッタちゃんがぜ〜んぶ挽肉にしてあげちゃうぞ〜♡ 喜べクズ肉ども〜♡」
先日もいた桃艶髪の魔人が率いる、彼女と同じ樹面を被った十名程度の半魔人たちによって、一方的に虐殺されていた。
「な、なんだこれは!? なんなのだこれは一体!?」
「ぎゃああああ! 俺の腹から、血がっ、内臓が、溢れて……っ!?」
「いやだいやだいやだあ! こんなのいやだ、死にたくない……っ!」
最初こそ威勢が良かったものの。
すぐに彼我の実力差を思い知らせらた愚か者たちは、今や魔族の暴力から逃れようと逃げ惑い、命乞いするだけの存在に成り果てているが、彼らはすでに、選んでしまったのだ。
魔族からの慈悲はない。
「き、貴様ら、この私を誰だと心得る!? 我こそは栄えある帝国十貴族がひとつ、聖弓騎士団の――あぶふッ!?」
口上の途中で頭を爆散された騎士を眺めながら、そうした虐殺現場から少し距離を置いた場所に固まる、冒険者たちの姿があった。
「……あ、ついに貴族の親玉もやられちゃいましたね」
「えっぐう……いやまじで、こんなの勝てるわけないっすわ」
「リッドさん、自分らほんと、巻き込まれたりしないんっすよね……?」
怯えの表情を浮かべる彼らの先頭に立つのは、只人の中年冒険者、リッドである。
「まあそこは、あちらさんの誠意を信じるしかないわな。……っと、言ってる間に」
リッドが凄惨な屠殺場を眺めていると。
戦意のない冒険者らの一団に、帝国軍の返り血に塗れた樹面の半魔人が駆け寄ってきた。
「ひっ!」
「き、きたあ!」
「リッドさん、お願いします!」
「へいへい、わかってますよっと」
周囲の冒険者たちが悲鳴をあげるなか、リッドが胸元から取り出したのは、神樹教徒の証である首飾りだ。
大樹を模した首飾りを掲げて見せると、半魔人は急停止。
何度か樹面越しにリッドと首飾りを交互に見つめ、コクリと頷いたあとで、踵を返して別の獲物に駆けていく。
(……ふい〜。なんとかこの場は、うまく切り抜けそうだねえ)
仲間たちの手前、余裕の態度を保ちつつ。
内心で冷や汗を掻いていたリッドは、今回は現場にいない魔族の青年に、感謝を捧げる。
(どうやらダンナさんは、ちゃんと約束を守ってくれるみたいだ。ならこっちが、義理を欠く真似しちゃあいけねえよな)
前回の話し合いの際して。
おそらく今後も、帝国の動向に冒険者たちが巻き込まれることを見越したリキエルは、リッドに【今後も秘密裏に自分たちに協力するなら、神樹教の首飾りを持つ冒険者は襲わせない】という提案を持ちかけてきた。
そして案の定、帝国騎士の見栄に巻き込まれたリッドは、この作戦に参加せざるを得なかった……しかし見込みのある冒険者たちを見繕って、彼らの命を救おうとしていたのである。
ただし、
「言っておくがお前ら、こうして貴族どもを裏切った以上は、おいらたちは魔族側につくしかねえ。地上に戻った後も色々と協力してもらうし、そのために精神魔法による誓約をかけられることになっている。それが受け入れらんねえやつは、今すぐ向こうへ行って、豚どもと仲良くミンチになってくれや」
「そ、そりゃあまあ……」
「本当ならこの場で死んでたんだから、文句を言える立場じゃねえってのはわかるんだけどよお……」
「信じて、いいのか? そりゃああの魔人たちは馬鹿みてえに強えけど、帝国を相手にして、本当に我を貫けるもんなのかよ……?」
一蓮托生となる以上、彼らの不安はもっともだ。
しかしリッドはもはや、心配などしていない。
リキエルから与えられた情報の一部を開示する。
「……なあお前ら。今おいらたちがいるここが、なんで中層って呼ばれてるか、知ってるか?」
「そりゃお前、この魔樹迷宮は封印されている階層も含めて、全部で『三十』階層だから、それを階層領域ごとに上層、中層、下層って、便宜上呼んでるじゃあ……」
「あちらの魔族さんがたが言うにはな、この神代魔樹迷宮は全部で『百』階層らしいんだわ。んでもって、今ああして暴れてる半魔族たちは、おおよそ五十階層あたりの住人らしくて、しかも魔素濃度の関係でかなり力を抑え込まれてるときてる。そんな連中に、ブクブクと太った帝国の豚どもが、太刀打ちできると思うかい……?」
「「「 …… 」」」
「少なくともおいらは、都合のいいことばかり言って冒険者を使い潰そうとする帝国よりも、キツくても希望を持てる条件を提示してくれる魔族さんに、魅力を感じるんだけどねえ」
そして機会が目の前に転がっているのなら、相応の危険を背負ってでも自ら掴み取りに行くのが、冒険者の生き様だと。
どこか熱に浮かれたように語るリッドの言葉を、否定する冒険者はいなかった。
⚫︎
こうして帝国の先触れとして派遣された、聖女を含む二百名の帝国軍人が全滅したことにより、魔樹迷宮と帝国の敵対は、避けられぬものとなった。
この日より、千年帝国の崩壊が加速していく。
【作者の呟き】
ざっくり言うと、魔族が自分の体内魔素よりも格段に魔素濃度が低い場所で力を発揮するのは、ガソリン供給の見込めない場所で車を走らせ続けるようなものなので、すぐにそれを回復(補充)できる手段があるのなら、ある程度まで実力を発揮しても問題はありません。
このあたりの設定が、上手く表現できていればいいのですが……




