第八幕 世界樹に喧嘩を売るだけの簡単なお仕事です ⑧
〈リッド視点〉
「……ああ、なるほど。……あなたは、神樹教の信徒だったのですね……」
勇聖教の聖女が漏らした呟きを。
本来は言葉を交わすことすら憚られる立場である、冒険者のリッドが苦笑で肯定する。
(ったく、人生ってのは、何が起きるかわらねえもんだねえ……)
少なくとも昨日までの自分であれば。
こうして聖女と並んで魔族の青年と会話をする光景など、夢想だにしていなかった。
(それにしても、そちらのダンナさんがまさか、神樹教に精通してるだなんてねえ……おいらとしたことが、つい驚いちまったよ)
たしかにリッドが手にする、大樹を模した首飾りは、かつては世界中で信仰されていた神樹教の信徒であることを示すものだ。
だが迷宮が封印され、魔族の脅威が去り、創造神の教えよりも勇者の恵みに傾倒した現在においては、かつての信仰は失われ、むしろ異端のような扱いを受けている。
事実、聖女が属する勇聖教においても、迫害まではされずとも、友好的には受け入れてもらえない。
事あるごとに改宗を勧められる程度には、足元を見られている立場だ。
「……ですがうちは代々、神樹教徒でしてねえ。今更改宗ってのも、気が乗らなかったんでさあ」
帝国における最大宗教、勇聖教とは、たしかに金を積む信徒にとっては素晴らしい待遇を用意してくれるが、そうでない信徒からは金と労力を吸い上げているだけのように、部外者であるリッドには見えてしまうのだ。
少なくとも神樹教においては、そのようなお布施の強制はない。
縮小化した宗教団体に、それを実施するだけの力が、ないだけかもしれないが。
「ですがやっぱり、帝国では勇聖教以外の信徒は肩身が狭くていけねえってなもんで、けっきょくこんな辺境で、チンケな冒険者なんかをやってる有り様でさあ」
しかも最近では魔晶石の値崩れにより、少しでも上質な魔晶石を採取するために、身の危険を冒してでも、迷宮の中層深部に潜る必要があった。
聖浄魔道具だって本心では、もっといいものに買い換えて冒険を楽にしたいが、手持ちがないだけだ。
とはいえそうしたリッドの裏事情をしらない魔族の青年が、活動だけを見て好意的に受け取ってくれたのは、じつに幸いなことである。
「うんうん、そうだね、そうして逆風に抗ってでも信念を貫こうとする姿勢、僕は嫌いじゃないよ! やっぱり地上人にも、見どころある人はいるじゃないか!」
「……ですが……私がいうのも、おかしな話ですが……リッドさんのような考え方をする人は、帝国では、希少かと……」
「だろうねえ! でもそんな人にこそ、僕は期待をしてみたい! というわけでリッドさん、お願いなんだけど、ちょっと上で遊んでいる人たちに、メッセンジャーを頼まれてくれない?」
「……は?」
訂正。
どうやら自分は、より面倒な流れに、巻き込まれてしまっただけらしい。
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〈リッド視点〉
「ふ、ふざけるなあ!」
「それで貴様、おめおめと引き返してきたというのか!」
「勇敢なる騎士を見殺しにしたまま撤退とは、恥を知れ!」
「これだから冒険者など、信用ならぬのだ!」
魔樹迷宮の中層から、急いで地上まで引き返すのに3日ほど。
その後、真っ先に宿を訪ねたものの、夜も遅いという理由で謁見を断られて。
翌日に出頭した、帝国軍が詰める作戦会議室の光景である。
「い、いやあ……そう仰られましても、おいらたち程度の微力では、如何ともし難い状況でして……つきましては改めて、こうして皆様方のお力に縋るしかないというか……」
「だからといって、魔族風情に遅れをとったまま、帝国の誉れ高き血筋の者たちと、教会の聖女を置き去りにして、貴様ら冒険者だけがのこのこと地上に戻ってきていい理由にはならぬぞ!」
「で、でもですねえ、たしかにそのご指摘は、ごもっともかと存じ上げますが、けれど誰かが地上と連絡を取らなければいけない状況でしたし、魔族に指名されたおいらたち以外は、あの場から逃げることすらままならない状況でしたので……」
「だから何故、貴様らが魔族に重用されておるのだ!?」
「よもや我らを裏切って、魔族に寝返ったのではあるまいな!」
「なるほど、ならば先行させた騎士らが遅れをとったのにも、納得がいく!」
「どうせ貴様らが魔族と共謀して、卑劣な罠に嵌めたのであろうが! んっ!?」
一言正論を述べれば、
三倍以上の暴論が返ってくる状況で。
冷や汗を浮かべつつ、リッドは弾劾に耐えていた。
「めめめ、滅相もございません! ただおいらたちのあまりの不甲斐なさに、魔族から取るに足らない相手だと、判断されただけかと……」
そうして、あらかたの憤懣が吐き出された頃合いで。
「……まあ良い、そのものどもの処遇は、後回しだ。今はそれよりも先に、論じねばならぬことがある」
この場において最も位が高い帝国貴族が告げると、他の貴族や騎士たちが一斉に静まって、耳を傾けてきた。
「それで……リッドと申したか。その方、もう一度我らに、魔族からの伝言を説明せよ」
「はっ! 承知いたしました!」
聖女を交えたリッドと魔族の対談が終わったあと、彼が魔族の青年から託された言伝は、以下のようなものだ。
ひとつ、この神代魔樹迷宮に住まう者たちは、帝国の干渉を受け付けない。
ひとつ、ゆえに帝国から転送される禍影石も、受け取らない。
ひとつ、それでもなお強引な干渉を試みるなら、武力を以て対抗することを辞さない。
ひとつ、ただしそうした一方的に負担を突きつける内容でなければ、交渉を受けるつもりはあるし、人族が創造神の教えに従って迷宮攻略を進めるのであれば、魔族がそれを拒むことはない。
ひとつ、以上の主張に対する解答を用意して参ずるなら、それがどのような内容であれ、その時点で人質は解放する、と。
そして本当はもうひとつ、魔族の青年とリッドで交わされた取引があるのだが、それをこの場にいる騎士たちに告げる必要はないので口を噤む。
「……ば、馬鹿にするな! 魔族の分際で、何様のつもりだ!」
「奴等め、勇者様のご慈悲を忘れたと見える!」
「フンッ、所詮は人間モドキの畜生か、浅ましいことよ!」
「ふたたび迷宮を封印した暁には、今度こそ徹底的に殲滅してくれようぞ!」
案の定、出来もしない気炎をあげる騎士たちを、リッドは冷ややかに見つめていた。
「ふむ、諸兄らの憤懣はもっともである。誉れある帝国貴族としては、帝国の威信に欠けて、そのようなふざけた要求など断じて受け入れられぬ」
「その通りでございます!」
「まさしく、貴兄の仰られる通りかと!」
「さすが尊き血筋は物事の道理を弁えていらっしゃる!」
「栄えある先陣は、是非わたくしめにお任せを!」
などと、まとめ役である貴族の発言を皮切りに、盛り上がる見せる騎士たち。
リッドはこっそりと彼らから、距離をとろうとして……
「……してお主。お主ら冒険者も当然、騎士たちの奪還戦には参ずるのであろうな?」
「おお、それはなんと、寛容なお心遣いかと!」
「このような浅ましき者どもにも、汚名返上の機会を与えるとは!」
「帝国騎士はとはかくあるべき、ですな!」
「あ、あはは、もちろんでさあ……」
やっぱりこうなったかと、リッドは今後のことを考えて、キリキリと痛む胃を抑え込むのであった。
【作者の呟き】
リッドさんからぷんぷん漂う苦労人臭、嫌いじゃないです。




