第八幕 世界樹に喧嘩を売るだけの簡単なお仕事です ⑦
〈リキエル視点〉
「……ふうん、なるほどねえ」
エルナカーナと名乗る勇聖教の聖女から、帝国側が主張する歴史と、魔樹迷宮に住まう魔族への認識を、あらかた聴取したあとで。
話の途中から大岩に腰掛けていたリキエルは、顔の上半分を覆う樹面の下に、呆れの表情を浮かべていた。
「まあ為政者の施策としては理解できるけど、帝国は随分と、思い切った脚色をしてくれたもんだね〜。でもやっぱりそういうのって、それが当たり前の環境に生まれると、疑問を抱かないものなのかな? かつての恩義に報いるため、魔族が汚染魔晶石……キミたちの言う禍影石、だっけ? を自ら進んで処理しているなんてくだり、聴いていて違和感しかなかったんだけど?」
「……いやまあ……それなりに、気付いている人もいるでしょうけど……それを公言すると、教会から、異端審問官がやってくるので……」
「う〜ん、言論の弾圧! どの世界でも、行き過ぎた宗教ってのは怖い怖いっ!」
「……どの世界、でも、ですか……?」
「あ、いやいやこっちのハナシ。気にしないで」
「……?」
眠たげにも見える垂れ目に、困惑の色を浮かべて、不思議そうな表情をする聖女。
慌てるリキエルの脳裏に、冷ややかな美女の声が響き渡る。
【ダメですよ、リキエル。今の段階で、不要な情報の漏洩は悪手です】
(ごめん、ごめんて、アンジェ。それよりどう? もう必要な情報は、一通り確認できた感じ?)
【そうですね。ひとまずは魔族と、帝国の齟齬は、埋められたように思います】
(にしても、歴史の改竄に、チート技術の開発に、廃棄物の不法投棄とか、帝国は好き放題やってくれてるねえ)
【あちらからすれば、戦勝国のつもりでしたでしょうからね。敗戦国相手なら、何をしてもいいという理屈でしょう。貴方の前世でも、散々と繰り返されてきた行為ではないですか】
(それを言われると帝国を否定し辛くなるの、つらたん)
【だからと言って、諾々と了承する謂れもありませんが。勝者が敗者を属国にするのが乱世の常なら、下剋上もまた然り。虐げて良いのは、虐げられる覚悟のある者だけなのです】
(僕の梟雄が荒ぶっておられる件)
口調こそ冷静さを保っているものの。
身内への情が厚い天使は、千年にも及ぶ帝国側の魔樹迷宮に対する扱いに、相当な怒りを覚えているようだ。
(だったら、どうする? あの人たち、このまま地上に帰しちゃっていいの?)
リキエルが向ける視線の先には、武装解除させられた騎士や冒険者たちが、整然と並べられていた。
本来であれば罵声が飛び交ってもいい状況であろうが、口うるさい人物はすでにモーエッタの精神魔法〈魅了魔眼〉によって、意識を昏倒させられているため、苦悶の声すら上がらない。
大半の人間が胡乱げに虚空を見つめ、あーあーと、意味のない戯言を漏らしている。
「え? なになに、パーパ、あーしの出番? アイツら、プチッとやっちゃうの?」
青年の視線に気づいた少女が、
抱きついていた胸元から顔を上げて。
愛くるしい笑みを浮かべながら、
物騒なことを尋ねてきた。
【……その前にもう少し、情報を精査しておきましょうか】
「うん、もうちょっと待っててね。まだ調べたいことがあるから」
「はーいっ♡」
少女は快諾して、ふたたび己の体温と匂いを青年に擦り込む作業に没頭する。
「それでえっと……ああ、はいはい。その聖浄武器っていうの、ちょっと見せてくれるかな?」
「……はい……あ、でも……私の杖は、障壁魔法を展開しているので、ちょっと……」
「……あ゛? なんだよ貧乳、パパの言葉に逆らうとか、何様だよ? 死にたいの?」
「はいはいモーエッタはこっちに集中しましょうね〜」
「んはあああああ〜っ♡ パパの匂い、しゅきい〜っ♡ キックう〜♡」
お邪魔な魔人をハグして黙らせていると、横手から声が上がった。
「お、おいらの、レイピアで良ければ、どうぞ。そちらの聖杖とは比べるべくもない、貧相なものですが……」
「……いやいや、ありがとうリッドさん。助かるよ」
己の武器を差し出してきたのは、この場におけるもうひとりの人族、リッドと名乗る只人である。
いつの間にか帝国の代表がエルナカーナ、
冒険者の代表がリッドという構図になっており。
貴族や騎士たちは妄想の世界で冒険中なので、この両名が先ほどから、リキエルの質疑応答に答えていた。
「……ふーん。なるなる、なるほどねえ……」
などと、適当なことを漏らしつつ。
手渡された武器を検分しているのは、リキエルと五感の一部を共有した〈守護天使〉だ。
世界樹を介して膨大な記録情報に接続可能な天使によって、魔道具の仕様が解析されていく。
【……なるほど。つまり聖浄魔道具とは、己の魔力を用いる従来の魔道具ではなく、交換可能な聖浄石を消費して発動する、燃料依存型の魔道具なのですか。たしかにこれは、画期的な発明ですね。ただし人族にとっては、諸刃の剣でしょうが】
(燃料を作る際に同量の廃棄物を作るんじゃあ、メリットとデメリットが半々だもんね。それを帝国は不法投棄して、無かったことにしてたけど)
【それもそうですが、加えてこの魔法技術は、人を容易に堕落させます】
(ん? どういうこと?)
リキエルが素直に問うと、天使の『教えてアンジェ先生』スイッチが入ったようだ。
【いいですか、リキエル。そもそも創造神は、人族が困難に挑み、乗り越えることで獲得する、進化を望まれております。それを効率的に促進するための機能が魔族であり、魔素濃度という制限なのです】
魔樹迷宮においてもそうであるように。
強大な力を有する魔族ほど、魔素濃度が濃い階層でしか、本来の力を十全に発揮できない。
魔素濃度が低ければ、消費する魔力に体外魔力の供給が追いつかず、いずれ体内魔力が枯渇状態に陥る。
逆に高ければ、転移直後のリキエルがそうなったように、流入してくる体外魔力を体内で処理しきれずに、体調不良を引き起こす。
対策として、リキエルが半魔人らに用意した魔道具や魔法といった手段もあるが、それらも結局のところは使用者の魔力値を増減させることで、一時的に周囲の魔素濃度に適応させているだけなので、そうした制限を抱えた状態では、本来の力を発揮することは難しい。
【ですがこの制限のおかげで、魔族は基本的に己の実力が発揮できないような魔素濃度の場所には移動しません。人族側からすれば、強敵と不慮の遭遇する可能性が格段に下がります。それらの前提があるからこそ、人は自らの限界に近い場所で、試練に挑むことができていたのです】
(ああ、でもこの聖浄魔道具があれば、自分の力量を無視してもっと強い魔法とかが使えちゃうから、本当なら自分と同等程度の相手でも、簡単に無双できちゃうんだ)
自分よりも強い相手が出現しにくいという条件下で、こちらは設定破り武器を手にして一方的な勝利を手にするような戦いを繰り返しても、自らを育てる試練としては成り立たない。
安易な勝利とは、自らを堕落させる、甘美な毒なのである。
【……けれど、この剣の持ち主にはまだ、己を磨こうとする意思が感じられますね】
(え? そうなの?)
【ええ。この武器の能力を加味しても、彼の力量では、この階層の攻略は厳しいでしょう。それでも、道案内をしていた様子からも、彼が頻繁にこの階層まで潜っていたことは、推測できます。あの分不相応な装備で身を固めて強くなったと錯覚している人間たちより、よっぽど創造神の導きに、殉じようとしていますよ】
(ふ〜ん、そうなんだ……)
脳内天使による有難い講義が終わったところで、リキエルは武器を返却した。
「ん、どうもありがとう、リッドさん」
「え、ええ、こんなことで、何かの参考にでもなったんで?」
「うんうん、とっても有益な情報だったよ。リッドさんは今でもちゃんと、創造神の教えに従っているんだねえ!」
「……っ!」
「……あの、それはいったい、どういうことなのでしょうか……?」
リキエルの漏らした、何気ない一言に。
何故かリッドが過剰な反応を見せたため、疑問を覚えてた様子のエルナカーナが問いかけてくる。
何やからかしたかな、と少々不安に思いつつ、ひとまず先ほどのアンジェ先生から受けた講義の一部を伝えると、勇聖教の聖女は納得してくれたようだ。
「……なるほど。……たしかにそのような見解であれば、今の私たちは、創造神の教えに反しているといえますね……」
「で、いったいその発言のどこが、リッドさんの琴線に触れちゃったのかな? 気に障ったのならごめんよ」
「い、いえいえ、違うんでさあ、リキエルのダンナあ! ただあっしはその、あの、じつは……」
「……?」
気まずそうに、聖女を一瞥した後で。
覚悟を決めた様子のリッドは、胸元から年季の感じられる首飾りを取り出した。
「……ああ、なるほど。……あなたは、神樹教の信徒だったのですね……」
聖女の呟きに、リッドは気まずそうな苦笑を浮かべた。
【作者の呟き】
魔族の縛り云々は、ゲームで例えるならランダムエンカウントが極端に低い狩場で、自分と同じレベルのスライムをチート装備で無双しても、レベルは上がっても薄味だし、プレイスキルも上達していないよね? というお話です。




