第八幕 世界樹に喧嘩を売るだけの簡単なお仕事です ②
〈リキエル視点〉
「んふふっ。パーパに歯向かうヒトゾクなんて、全部あーしがぶっ殺してやるのだ〜っ♡」
細腕を絡み付かせたリキエルに身を寄せて。
寸毫の迷いもなくそのような言葉を口にするモーエッタを、リキエルを挟んでソファーの反対側に座る、アンジェが一瞥して告げる。
「ですが一応、現地で雇った冒険者で、数を水増しする程度の浅知恵は働かせているようですね。弱者には弱者なりの知恵があり、強みがあります。いかに個として優っているとはいえ、群れたそれらを相手取るならくれぐれも油断は禁物ですよ? モーエッタ」
「はーいっ、ママ〜っ♡」
「……じゃが此度はその質も、あまり高いとは言えぬようじゃがのう」
部屋の壁に通映樹から投影される、雇い主である帝国騎士たちに対して不満を垂れながら魔獣に八つ当たりする冒険者たちの姿に、ニーズは嘆息した。
「所詮は権力や金銭に靡いた下郎よ。このような下賎な者どもを先鋒とするとは、妾たちが舐められておるのか、人族の質が下がっておるのか……」
「おねーちゃん! そんなの全員、ぶっ殺しちゃえばカンケーないよ! だからねえねえ、パーパ♡ あーしもパーパについてって、いいでしょー? あーしらの迷宮にドカドカと入り込んできたヒトゾクどもに、自分たちが如何に愚かなのか、テッテーテキにわからせてあげたいのっ♡」
リキエルに密着してハートマークの浮かんだ瞳を向けているモーエッタであるが、天使をママと慕い、魔王を姉と呼ぶことを許されていることからも見てとれるように、両者からはわりと可愛がられている。
前世においてはリキエルの妹を猫可愛がりしていたように、庇護対象と認めた相手にはわりと甘々な天使は今回も、自分を母と呼んで慕う魔人の肩を持つようだ。
「と、本人は言っておりますが、どうしますか? リキエル」
「アンジェは情報統制役としてこの場に残ったほうがええじゃろうし、妾も世界樹を守護する者として、念の為に此度はこの場から離れとうはないしのう。とはいえ主様としては、分体越しでも良いからあれらと一度は、じかに言葉を交わしてみたいのじゃろう? であればやはり、一体ぐらいは魔人の護衛は必要じゃろうて」
身内への甘さでは定評のある魔王もまた、妹分の意見に賛成の声をあげた。
事前の話し合いですでに、護衛役を申し出てくれた半魔人の精鋭たちを、初見である帝国軍との対面に、引き連れて行くことは却下している。
相手がどう出るか不確定な以上、たった一つしかない彼らの命を、危険に晒すような真似は許容できないからだ。
魔王を単身で討伐するほどの戦闘力を保有し、最悪壊されても替えの利く、己の分体の分体こそが最適だと主張するリキエルであったが、周囲に侍る女たちは甚だ不満であるらしく。
この後に及んでも執拗に、最低限の戦力が保障されている、魔人の同行を推奨してきた。
「ねえねえパ〜パ〜っ♡ いいでしょ〜? あーしもいっしょにイキたいい〜っ♡」
母と姉の支援を受けて。
媚びた笑顔を浮かべる魔人がユサユサと、己の双丘で挟み込んだリキエルの腕を揺さぶってくる。
「おねがい〜っ♡ ガマンできないの〜っ♡ パパといっしょにイキたいのお〜っ♡ 絶対にイク〜っ♡♡♡」
「……なんでだろう。なんか違和感を覚えるのは、僕の心が汚れている所為かな?」
まあ普通の男性であれば。
こんな魔乳ロリ美少女に密着され、砂糖を溶かしたような甘ったるい声音で媚びられたら、邪な勘繰りを抱いてしまっても仕方がない。
とはいえ今の彼女の性格は、転生前の少女と、転生に用いた魔族の核に宿る残留思念が、交わり合って生まれたもの。
記憶をほぼ引き継ぎ、当人は自我に違和感を覚えていないようだが、それでも転生の前後で変わってしまったように見える少女の積極性に、リキエルとしては無視できない罪悪感を覚えていた。
変わってしまった。
自分が彼女を、変えてしまった。
都合の良い存在に造り変えてしまった。
そんな彼女の明け透けな好意に溺れることは、果して、健全な関係と言えるのだろうか……
「……まあ別に、無理強いではなく本人が望んでいるのなら、情けを与えても良いのではありませんか? 子どもを作れずとも性交を楽しむための機能は残してありますし、自らを崇める子羊に慈愛を注ぐこともまた、神には必要な行いです」
「んん、久しぶりの神倫理観っ! あとナチュラルに、思考を読むのはやめてって言ってるよね!?」
いくら精神干渉の防壁魔法を展開したところで、容易にそれをすり抜けてくる高性能な権能である。
「主様主様っ、強気雄は、雌を侍らせるものぞ! 家族が多いことは、幸せなことのじゃ!」
「こっちも所詮は竜族の感性なんだよねえ!? 何この全肯定ハーレム時空!? 誰か一人くらい、否定派はいないわけ!?」
「貴様あ! 魔王さ……ニーズ様のお言葉に意を唱えるなどとは、不敬であるぞ! 死んで詫びろ!」
「うっさいオジサン、テメエこそパパにナメた口利くな! 加齢臭くせえんだよ!」
「ぐはあ!」
革張りのソファーに腰掛けるリキエルが、三方向から美幼女美少女美女に包囲される一方で。
部屋の片隅に直立していた赤髪の魔人が声を荒げると、即座にモーエッタが噛み付いた。
先達である〈憤怒〉の魔人に向けられる、ハートマークの消えた〈色欲〉の瞳は、汚物を蔑むかのようですらある。
「そ、そんな……モーエッタ、俺はただ、お前のことを思って……」
「ああウザいウザい、キモい、うっさい! 同じ魔人っていっても、あーしとアンタは世界樹違いの別腹なんだから、勝手に図々しくアニキ面すんなって、ずっと言ってるよね!? あーしのアニキぶりたいんなら、せめてパパの魔人に転生してから出直してこいよ!」
「いやダメだ! ラースはこのままがいいんだって!」
まるで子種が違う兄を非難する義妹じみたモーエッタの物言いを、慌ててリキエルが押し止めた。
「……ん? どうした主様よ、何を慌てておる? そんなにアレが不快かえ?」
「いいや、むしろその逆だね! 大好きだよ!」
「……どうしてリキエルは、私たちではなく、唐突にその男に告白しているのですか? 優秀な私の思考でも理解できません。……ほら、彼など拒絶反応を起こして吐いてますよ」
「……おっ、おええっ、おぼぼぼぼぼ……」
膝から崩れ落ちて心の底からの嫌悪を浮かべるラースには悪いが、とにかく事あるごとにリキエルを崇め、讃えて、肯定してくる魔樹迷宮の住人たちにおいて、彼は数少ない、反リキエル派の筆頭。
ともすれば周囲に流されて傲慢になってしまいかねない世界樹に、いつも的確な指摘と、容赦のない罵倒を浴びせてくれる、稀有な清涼剤なのである。
「是非ともラースだけは、そのままでいておくれよ……っ!」
「おいおい、なんじゃ主様は、罵倒されるのが好きなのかえ? 妾はむしろ、罵倒されたい側なのじゃがのう……」
「この真性ヘタレ野郎。女に迫られても反応しない不能野郎。世界樹なのに、種無しの甲斐性無しの意気地無し。悔しかったら今夜にでも、ベッドの中で否定してみなさいな」
「ざ〜こっ♡ ざ〜こっ♡ これだけメスに好き放題言われても、全然反論しないパーパってほんと、よわよわ世界樹だね〜♡ こうなったらもうあーしが、てってー的にれーぷしてあげなきゃダメだよね〜♡ しゅきっ♡」
「何この罵倒されているようで実は甘やかされるだけの全包囲網。感情が混線してバグりそうなんだけど? ……ラース、早く僕を罵倒して!」
「だから貴様はいったい、何を言っているのだ……?」
救援を求める世界樹に対して。
魔人の瞳には、怯えの感情が浮かんでいた。
【作者の呟き】
世界樹のハーレム時空に挟まれちゃったラースくんに、幸あれっ!




