第八幕 世界樹に喧嘩を売るだけの簡単なお仕事です ①
〈リキエル視点〉
新たなる魔人の蹂躙劇より、
時間は少しだけ遡る。
魔樹迷宮で催された再誕祭から、
数ヶ月が経過したのちに。
邪神の言う通り、帝国方面からやってきた二百名ほどの人間たちは、魔樹迷宮の地上部に作られた街……迷宮都市にて英気を養ったあとで、迷宮探索を開始した。
現在の魔樹迷宮では、世界樹が代替わりした時点で階層移動を制限する封印などは解呪されているのだが、封印時に崩落した階層移動を妨げる岩盤などは、そのまま放置されている。
理由は魔樹迷宮に蓋をするように、迷宮封印からおよそ千年の間に建築された人族の街と、そこに群がる冒険者と呼ばれる者たちだった。
彼らの認識では、危険度の高い魔族は迷宮の奥に閉じ込められており、封印階層から漏れ出した魔素によって発生した上層の魔獣……言い換えるなら、魔素濃度が薄い場所でしか活動できない、脅威度の低い魔獣が高い頻度で産み出される環境とは、それらを生活の糧とする者たちにとって格好の狩場なのだ。
人族の本分である迷宮攻略を放棄し、湧き出る手頃な魔獣を狩って資源とするこの迷宮都市は、いつしかそれを専業とする冒険者たちが集まって、帝国内で常に消費され続ける魔晶石の採集場として、それなりの地位に収まっているらしい。
下手に迷宮の風通しをよくすることで。
そんな街に屯する人間たちが流れ込んできても、正直扱いに困る。
加えて、汚染魔晶石のせいで徐々に下層へと降さざるを得なかった半魔人たちは、物理的に階層移動が封じられている二十階層から遠く離れた五十階層あたりが生活拠点であり、彼らにとっては獲物も魔素も物足りない上層への、興味は薄い。
人口比率の大半が、地上での生活を知らない迷宮生まれの半魔人へと置き換わっていることもあって、リキエルの手により安全で暮らしやすい環境へと整えられている生活拠点から、あえて地上での生活を望むような声はほとんど上がっていなかった。
それら背景を加味したうえで。
迷宮の解放から十年ほど。
地上人たちを放置して様子を伺っていたリキエルであったが、ついにその均衡が、破られる日が来てしまったようだ。
「……どうやら帝国の先遣隊は、ひとまず半数ほどで迷宮を探索するようですね」
魔樹迷宮内に、情報収集用の魔樹を植えているように。
封印解除のあとから徐々に、こっそりと地上にも魔樹を生やしているリキエルたちは、彼らの動向を正確に掴んでいる。
神代魔樹迷宮の最深層。
今や三百メートルを超える巨木に成長した、
洞窟の天蓋を覆う世界樹の枝葉の膝下にて。
ひっそりと。
リキエルの前世では一般的だった、二階建ての、木造建築の家が建てられていた。
世にも珍しい、世界樹が住まう家である。
なんせ本体はあくまで、世界樹であるリキエルと、彼の魂に宿るアンジェであるが、前世での記憶を持つ彼らは、基本的にはそれに近い感覚の人型分体に憑依して活動しているため、精神の安定のためにも、住処となる家を必要とした。
今ではそこに魔王や魔人も同居しているため、少々手狭ではあるのだが、前世の庶民的な感覚を有する世界樹が頑なにこの狭さが落ち着くのだと言い張って耳を貸さないために、渋々と周囲が折れているかたちである。
とはいえ、同居人たちがぶーぶーと文句を言っていたのは最初だけで、その狭さゆえに自然とリキエルの近くに居られることに気づくと、彼女らが不満を口にすることはめっきり無くなったのだが。
荘厳な地下空間における、
場違いな庶民風一軒家において。
地上から霊脈を経由して送られてくる情報を、魔擁卵の代わりに枝から垂らした水晶体によって、室内の壁に投影される通映樹の映像を眺めながら、金髪の美女が情報を読み解いていると、黒髪の幼女が反応した。
「なるほど、手勢を二手に分けて、片方は地上で保険として待機しておるのか。まあ無難な打ち筋じゃのう」
「いいえ」
通映樹の枝から垂れる水晶体が、それぞれ壁に投影する、地上の様子を確認して。
「上に居残った連中は、昼間から娼館で豪遊していますね。おそらくは彼らのなかでも上位の者たちが、下の者たちに仕事を押し付けているだけでしょう」
「……どうやら千年程度では、人族の愚かさは改善されておらなんだか」
アンジェが告げると、ニーズが寂しそうに呟いた。
「も〜、ホントにこいつら、バカばっか。クサくてキモくて童貞丸出しっ♡ あんなゴミ見たいな装備と魔力量で、パーパのところまで辿り着けるわけないじゃ〜んっ♡」
定位置であるリキエルの膝上で、
魔王が気落ちする一方で。
こちらも定位置である、青年の左側に距離を詰めて座る天使の反対側に、他の女たちと張り合うようにして、リキエルと距離を密着させる少女の姿があった。
「あ〜あ、そんなこともわからないなんて、地上のヒトゾクどもってかっわいそ〜っ♡ 生きてる価値ないよねっ♡」
などと、嘲笑を浮かべる少女の見た目は、幼女と表現して問題ないニーズの、少し上。
十代前半程度に見える、身長百四十に満たない、小柄な少女である。
ただしその幼い容姿に反して、
胸部と臀部が不自然なまでに大きい。
とくに生物として不自然なほどに膨らんだ胸元は、小さく整った彼女の顔に匹敵するほどであり。
それを強調するかのように、大胆に胸元が開いた上着と着て、それを押し付けるかのように、リキエルの右腕に抱きついている。
ショートパンツから伸びる、ムチムチとした太もももと、ニーズよりも細長い竜尾が、蛇のように、パパと呼んで慕う青年の足に絡みついていた。
少女特有の瑞々しい褐色肌と、頭の左右でまとめてたピンクブロンドの髪は、前世の特徴を受け継いでいるが、核となった魔人の影響を受けているのか、前世の『可愛らしい』に『稚気』を混在したような顔に悪戯めいた笑みを浮かべる魔人の名を、〈色欲〉のモーエッタと言う。
「んふふっ。パーパに歯向かうヒトゾクなんて、全部あーしがぶっ殺してやるのだ〜っ♡」
愛らしい笑顔を浮かべながら、
物騒なことを呟いて。
幸せそうにリキエルの片腕に頭を預ける彼女こそが、青年の神樹魔法と〈輪廻転生〉によって新たに誕生した、かつて半魔人であった少女の転生体であった。
【作者の呟き】
メスガキ、書いていてとても楽しいです。




