間幕 ⑦
〈ユグド視点〉
五万にも及ぶ帝国軍を、グルリと包囲する、魔樹の群林。
大半を占める落葉樹からは延々と高濃度魔素が吐き出されており、潤沢な栄養を注がれて、魔生樹が次々と魔獣を産み出していく。
大小種族を問わない魔獣たちを指揮するのは、巨大樹洞を抱えた奇形樹より姿を現した、樹面の人型たち。
高濃度魔素による負荷があるとはいえ、聖浄魔道具を装備した騎士や兵士を瞬く間に殲滅する異形の戦士が、魔樹の陰から、狩人の視線を帝国軍に注いでいた。
「ふ、ふざけるな! こんなもの、聞いていないぞ!」
「あれは何だ!? 魔人か!?」
「魔人とは、魔樹迷宮から出てこられたのか!?」
「とにかく先行した部隊と連絡をとり、合流させろ! 戦力の分散は悪手だ!」
「……ダメです、通信部隊でも、迷宮に突入した友軍と連絡が取れません! 魔力通信が遮断されています!」
「こちら迷宮都市内に配備された部隊からの通信ですが、あちらも仮面の軍勢に襲われて、救援を求めているそうです! 如何なさいますか!?」
「馬鹿を言え、これ以上の戦力分散などできるものか!」
「武功を逸って先行した馬鹿どもには、自力で帰還しろと伝えろ!」
「情報部隊もまるで役立たずではないか! 帰還した後は、覚悟しておけよ!」
「いま責任の押し付け合いをしている場合か!」
「まずは一致団結して、この窮地を脱する! 話はそれからだ!」
想定外の事態が続いて、軍を取りまとめる指揮官たちも混乱しているようだ。
とはいえ大まかな戦術目的は設定されており、とにかく今は、この包囲網に穴を開ける一手が必要とされている。
(つまりこれは、武功を挙げるチャンスってことだよなあ……っ!)
開戦前までは予想だにしていなかった戦況に置かれて、ユグドはむしろ、戦意を滾らせていた。
「部隊長、進言します! 俺たちは今一度、魔生樹に攻勢を仕掛けるべきです! 今度は魔術部隊の後衛を置いた、万全の状態で!」
「し、しかしだな、ユグド。俺たちがそれを望んだところで、数が限られている魔術部隊を、上が回してくれるかどうか――」
「――その話、乗ったぜ」
及び腰な部隊長の言葉を遮ったのは、魔術部隊の証である外套を羽織った、十名ほどの帝国兵であった。
「……ザック」
「なんだ、やけに威勢のいい歩兵がいると思ったら、お前らか」
筆頭に立つのは、若くして才覚を認められ、軍事行動においては一定の独立権限行使を認められた軍賞を胸元に飾る、痩せぎすの少年である。
かつては級友でもあった魔術士の顔には、不快感が滲んでいた。
「……はっ。まだ学舎気分で仲良く馬鹿同士でツルんでいるみたいで、青春を満喫してるなあ、お前ら」
「ああ゛ん!? んだと、ザック!?」
「馬鹿、やめるべ! 俺たちはもう軍人なんだ、軍規は守らないと駄目だべよ!」
「……それより、どうすんだよ? お前らがケツモチしてくれるってハナシで、いいんだよな?」
今は過去に引き摺られている時ではない。
未来を切り開く場面だ。
挑発に乗ってこないユグドに、ザックは肩をすくめた。
「……ああ、癪だがお前の腕前だけは、そこそこ評価している。少なくともお飾りで軍務に就いてた老害どもよりかは、アテにしてやってもいい」
「……チッ。いくぞテメエら。お偉い魔術部隊様の許可が出たんだ、武功のチャンスだぜ? 部隊長も問題ないっすよね?」
「あ、ああ、特務魔術部隊が追従してくれるなら……」
「……じゃ、行きます。先陣は俺が切るんで!」
言うなり、剣型魔道具を手にしたユグドが駆け出した。
悪友たちがそれに続き、所属する部隊も後を追って、安全圏である結界から飛び出していく。
(ぐっ……!)
途端に、身体にかかる魔力圧が高まって。
手足が重く、五感が鈍く、思考に靄がかかって、呼吸すらも苦しくなる。
(たしかにこりゃ、長居はできねえな。……だったらソッコーでカタをつける!)
魔獣には脇目も振らず、一目散に。
魔生樹を警護するかのように、傍に控える樹面の人型を目掛けて突貫するユグドに、付き合いの長い悪友たちはすぐに意図を汲んでくれた。
「どけどけえ! ザコども!」
「露払いはオイラたちの仕事だべえ!」
言葉を交わさずとも、邪魔になる魔獣たちを相手どり、目標までの道を切り開いてくれる。
(サンキュー、お前ら!)
最短距離を駆け抜けたユグドは、
樹面の人型と接敵した。
「うらあああああッ!」
ユグドの手にする聖浄魔道具の効果は、身体能力の引き上げである。
基本的に術者の実力が、手にする聖浄魔道具の性能に大きく依存する帝国軍において、身体能力向上の魔道具は不人気扱いであるが、愚直に己の体術を磨き続けてきたユグドにおいては、この魔道具とは相性が相乗していた。
またこの場においては、肉体の内部にある体内魔力に作用する魔法であるため、周囲を満たす高密度な体外魔力の影響を受けにくいのも追い風だ。
粗野な言動とは、裏腹に。
真摯に取り組んできた剣技の冴えが、樹面で覆われた人型の口元に、小さな驚きを浮かばせた。
「……むっ。やるな、地上人」
「そりゃどうも! ついでに叩き斬られてくれええええっ!」
相対する人型は奇遇にも、
両手剣を扱う剣士であるようだった。
とはいえユグドたちのような武器に聖浄石が組み込まれた聖浄魔道具ではなく、魔獣の骨を加工した、全時代的な骨刀である。
魔道具と呼ぶことすら憚られるようなそれが、少なくとも同年代においては上澄みとされているユグドと、難なく渡り合えている事実に、帝国が有する魔族の情報との齟齬を感じた。
(コイツ……滅茶苦茶、強えじゃねえか! こんなの十分と保たねえぞ!?)
魔力負荷という制限下において、
時間はユグドの敵である。
今は拮抗していても、先に根を上げるのはこちらだろうし、そもそも相手はまだ余裕を残している。
長期戦に勝ち目はなかった。
だからこそ……ドウッ!
魔力が安定した結界の内側で練られた魔法矢が、高密度魔力下による魔力減衰を受けつつも、十分な威力を保って樹面の人型に被弾した。
(ナイス、ガリ勉っ!)
ユグドとしても、在学中に何度もザックの成績は聞き及んでいるし、実技も目の当たりにしたことある。
非常に癪ではあるが、彼もまた、同年代の上澄み。
魔術士としての力量は信頼していた。
(今だッ!)
絶好の機を逃さず、被弾に怯んだ人型の死角を縫うように、剣先を滑り込ませる。
それが人型の胴体を撫で斬ろうとした、直前で。
「下がれユグド!」
悪友の声が聴こえるよりも先に、
戦士の直感が警鐘を鳴らした。
背筋が粟立つ感覚に従って後退すると、一瞬前まで自分の頭があった空間を、飛来した矢が駆け抜けて、着弾点にあった大岩を粉砕する。
「……油断するな。地上人とはいえ、腕の立つ者もいる。我らが神の忠告を忘れたか?」
「神の言葉を忘れるものか。今のはあえて攻撃を誘い、お前のために機を作っただけだ。まあ、避けられてしまったようだがな」
「ふん。それはお前の囮が、不十分だったからだろうに」
骨剣を構える人型と会話する、伏兵らしい新たな人型が降りてきた樹は、一部の枝が焦げ折れていた。
「……あちらにも、腕のいい狙撃手がいるようだ」
こちらも全時代的な樹製の弓を構える人型の先には、杖先を向けて牽制する、ザックの姿があった。
いち早くに狙撃手の存在に気づいた彼の援護によって、ユグドは間一髪で、死線を潜り抜けたということらしい。
(……マジかよコイツら、これが魔人? こんなのが、あと何人控えてんだよ。それに――)
再び攻撃を仕掛けるにも、魔術士の援護は必須。
そのためには魔力を練る時間を稼がなければならない。
油断なく剣を構えたまま、ユグドは口を開いた。
「――なあ、アンタら……アンタら魔人を束ねる魔王っていうのがいるのは知ってるけどよ、そいつがお前らの言う『神』サマってことでいいのかい? つかそいつも、この戦場にいるのかよ?」
そうした時間稼ぎに。
「「 …… 」」
ポカンと、樹面の戦士たちは硬直して。
それから堪えられなくなったように、
失笑と嘲笑を口元に浮かべた。
「んだよテメエら! 何笑ってやがる!?」
「い、いや、すまない、地上人よ。だが、貴様の問いがあまりに的外れだったので、ついな」
「非礼の詫びとして、汝の問いに答えよう」
牙剣の魔人は、指を立てて。
「ひとつ。我らの神は、王とはまた異なるものだ。おふたりとも尊き存在ではあるが、一緒にされては困る」
彼の言葉を信じるなら、魔王のうえに、神と称される存在がいるということ。
(さしずめそいつは、『魔神』ってところか。この情報だけでも持って帰れりゃ、金一封もんじゃねえのか?)
次々と明かされる情報に目眩を覚えるが、
樹面の戦士たちの語る絶望は、
ここからだった。
「さらにひとつ。我々は、魔人様ではない。御方らに仕えることを許された半魔人だ」
「かの方々と同列に語られるなど、不敬が過ぎる。訂正せよ、地上人」
「……マジかよ」
自分たちが手も足も出そうにない強敵が、ただの先兵であることに、驚愕を隠せない。
打ちひしがれるユグドの目の前で、半魔人が、三本目の指を立てた。
「そして最後に、我らが神は自ら戦場に立っておられるが……おそらく貴様らが、そのお姿を目にすることはないだろう」
「見よ、あれが真なる魔人様だ」
ズドドドドドドドオ……ッ!!!!!
半魔人の言葉を肯定するように、
再び大地が揺れた。
ただし今度の揺れは局所的であり、その発生源は、迷宮都市の方から駆けてくる人型である。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
噴火する火山のように、咆哮して。
全身から大地を震わせるほどの魔力を噴出して、土煙を巻き上げ疾走するのは、背の丈がたっぷり百九十センチはありそうな人型であった。
燃えるような赤髪に、
白と黒が反転した瞳。
胴体に対して比率の長い手足は、竜鱗に覆われて、歪に肥大化している。
先端には分厚い短刀じみた五爪が生えており、尻部からは、鰐のような鱗尾が伸びていた。
「見よ、恐れよ、創造神の教えを忘れし、愚かなる地上人よ」
「これが〈憤怒〉の魔人、ラース様のお怒りだ」
そして半魔人たちが告げたように……
……バッギイイイイインッと。
赤髪の魔人が繰り出した一撃が、あまりに容易く、帝国軍を守っていた大規模結界を粉々に打ち砕いたのだった。
【作者の呟き】
魔獣と半魔族に囲われてフルボッコされている帝国軍に、吠え猛るラースさんが追い討ちをかけます。




