第七幕 祭りの楽しみ方は人それぞれ ④
〈リキエル視点〉
「……ん、なるほどねえ。それじゃあ今回の武闘会は、かなりカオスな展開だったんだ」
「ええ。なにせ初めて催す再誕祭の、目玉企画でしたからね。開催前の準備にも、開催後の進行にも、色々と反省点はあるのですが……やはり勝ち抜き形式の試合で組み合わせを完全にランダムにすることは、公正であっても、公平ではありませんね。今回のように実力者たちが序盤で潰しあったために、それらに劣るものが運で勝ち上がってしまうのは、運営視点では少々考えものです」
「まあそれは、それこそ運も実力のうちというヤツじゃろうて。それに此度の結果を踏まえて、次回からは優先枠などを用意すればいいだけの話じゃ。此度の大会で流れは掴んだことじゃし、次からはもっと効率的に、人手を運用できるはずじゃろうて」
「……」
予定外に時間を浪費した、
邪神串刺し騒動のあとで。
中央広場に設けられた闘技場にまで足を運んだリキエル、アンジェ、ニーズたちは、その場に待たせてしまっていた今大会の優勝者を交えながら、各々の感想を語っていた。
「でもまあ、無事に大会が終わって何よりだよね! みんな、お疲れ様!」
魔樹迷宮に住まう三千人余りの半魔人が、それぞれの部族から精鋭を募り、予選を潜り抜けた総勢十六名による勝ち抜き戦は、どうやら無事に幕を下ろすことができたらしい。
流石に大会の見学希望者全員が、用意された会場には収まらないため、その様子はリキエルが用意した伝映樹と拡音樹によって、各階層領域に設けられた広場に投影されていたのだが、それらの評判も上々とのこと。
「……貴方がそれを、言いますか」
だと言うのに。
慰撫の言葉を口にするリキエルにむけられた、アンジェの視線は冷ややかなものである。
自覚のある青年が頬を引き攣らせると、訳知り顔で腕を組む幼女が顎を引いた。
「うむうむ。まさか主殿が観客席におられるだけで、あれほどまでに選手が奮起してしまうとはのう」
「いちおう治療の準備はしていましたが、限度がありますからね。選手たちが殺し合いレベルの戦いを始めたときは、正直焦りましたよ」
「僕もまさかそれが原因で、退場させられるとは思わなかったよ」
いちおう魔王という護衛はつけてもらったものの。
試合の進行に欠かせないアンジェを置いて、白熱する会場からリキエルが抜け出していたのは、そのような理由からであった。
ただ一人で会場に残され、重責を負わされることになった天使の不満は、もっともである。
「如何に神樹魔法による回復が可能はいえ、次回ではそのあたりのルールを、もっと徹底させなければいけませんね」
「というよりもいっそ、それを制限する用の魔道具を作成したほうが、手っ取り早いくないかえ? 其方はそういうの、得意じゃろう?」
「ああ、確かに、それはそうですね。……リキエル。今度はちゃんと最後まで、協力してくださいよ?」
「いやそれは、構わないけど……う〜ん。なんだか僕の天使がマジでどんどんと、便利な猫型ロボットに近づいていく件」
「リキエルくんのために、がんばるニャン」
「彼はそんなにあざとくない」
「妾も応援するのじゃ、にゃんっ!」
「ニーズもすぐに便乗しない。竜の誇りはどこいった?」
猫手を両頬に添えて小首を傾げる、
美女と幼女にツッコミを入れて。
「えっと……それで、キミはたしか――」
「――モーエッタです。モーエッタ、ミラル。かつて貴方様に救われた、ミラル族の巫女でございます」
先ほどから会話に加わることもなく。
食い入るように、ただじっと。
無言でリキエルを見つめていた褐色肌の少女に話の矛先を向けると、食い気味に、自己紹介をされた。
既視感を覚える押しの強さに、リキエルの記憶が掘り起こされていく。
「……ああ、キミは、あのときの――」
「――はい! リキエル様に命を与えていただいた、貴方様の忠実な下僕でございます!」
「えええ……」
身に覚えのない下僕が、いつの間にか発生していた。
グイグイと迫ってくる、自分よりも頭二つほど背の低いはずの少女に、何故か圧されてしまう世界樹だった。
「……って、いやいや、キミは、一族の大切な巫女様でしょ? さっき自分で、言ってたじゃない!?」
「……そのようなことを仰られましても、リキエル様が魔晶石の浄化を引き受けてくださるようになってからというもの、わたしのような生業は、どの部族でもほとんど名誉職となって、形骸化しております。今はただ、一族の務めである魔獣狩りに協力するとき以外は、貴方様に感謝を捧げ、貴方様の素晴らしさを語り、貴方様に仕える喜びを、幼い一族の者たちに布教する日々です」
「うえええっ!? そ、そうなのっ!? そんなことが、許されてるの……っ!?」
ともすれば彼女のような下僕(自称)が今後も増えていく可能性に、震えを隠せないリキエルであった。
「まあそれまでが、文字通りに我が身を犠牲として、一族に貢献していた身分の者たちですからね。お役目ごめんになったからといって、軽々には扱えないのでしょう」
「うむうむ。その調子で主様の偉業を、末長く語り継ぐのじゃぞい」
「はいっ! 只今は他の部族の巫女たちとも連絡を取り合って、リキエル様の金言と偉業をまとめた聖典を作成しているところです!」
「やめてえ……まじで、堪忍しておくれえ……」
過度な羞恥心は、世界樹すらも殺す。
両手で顔を覆って悶えるリキエルを置いて、彼を崇拝することに何の疑問も抱いていない様子の女たちが、話を続ける。
「それにしても……貴方、立派になりましたね。見違えましたよ」
「はい! それもこれも全て、リキエル様のお慈悲によるものです!」
「そうじゃろうそうじゃろうて。我が主様の慈愛は、魔樹迷宮の隅々にまで行き渡っておるからのう」
誇らしげに鼻息をふんすと鳴らす、
ドヤ顔の腕組み幼女が語るように。
魔樹迷宮に点在する各々の部族には、リキエルの手によって治療用の治癒樹をはじめとした、便利な機能を有する様々な魔樹が植えられている。
おそらくはそうした魔樹の恩恵を受けたのだろう。
かつては死に瀕していた桃色髪の少女に、病的な色は見受けられない。
髪色は艶を取り戻した桃艶髪へと転じて、魔素汚染による黒染みが消えた褐色肌は、外見年齢が十代後半ほどである少女にとって、見た目相応の瑞々しさを帯びていた。
「そのぶんだと魔獣狩りは、順調のようですね」
「はい! リキエル様のご加護によって人死が減り、そのぶん魔獣を効率的に狩れるようになりました。生活が安定してきたためか懐妊が続いて、族長も喜んでおります!」
「よしよし。性交による繁殖は、妾たちには成し得ぬことじゃ。その調子で今後も励み、魔獣を狩って、強き子を育むがよいぞ」
「ええ、勿論でございます! わたしも微力ながら力を尽くして、リキエル様に相応しい信徒を育て上げます!」
天聖樹や治癒樹、転移樹を含めた『蓄積した魔力を消費する魔道具』は、定期的に外部から魔力を注入し続けなければ、いずれ魔力が枯渇して、機能を停止してしまう。
少しでもそれを先延ばしにするために、もっとも有効なのは魔晶石を用いた魔力補充であり。
地上からの汚染魔力転移を禁じた現在の魔樹迷宮においては、それらは魔獣を狩ることで、安全に採取することができる。
魔獣という試練を乗り越えて生命の糧とする、創造神が定めた世界の循環の一端を、半魔人たちは見事に果たしていた。
「ほらリキエル。いつまでも恥じらってないで、貴方も何か言葉を授けてあげなさいな」
「そうじゃぞ主様。この小娘はなかなかに見どころがありよる。主様の玉言を賜るに、相応しい半魔人じゃ」
よほど少女のことが気に入ったのか、
上機嫌な美女と幼女に背中を押されて。
際限のない羞恥攻めから身を守ろうと、空気と一体化していた青年が、大きな垂れ目をキラキラと輝かせる少女の前に突き出された。
(うえっ!? え、えっと、とにかく何か、言わないと……っ!)
不意をつかれたリキエルの視線は慌てて、
少女の姿を改めて観察したことで……
「……本当に、立派になったね」
油断をしていたからこそ。
本能に正直に。
青年の視線は、先ほどからできる限り見ないようにしていたのだが、それでもことあるごとにバルンバルンと揺れて存在感を主張していた、少女の胸元に釘付けとなった。
(ええ……なにこれ、本物……? なんかもう、本人の顔よりおっきくなっちゃってるんだけど……?)
もはやそれは、爆乳を超えた魔乳と呼ぶのが相応しかろう。
しかも、ただでさえ異性にとって暴力的な視線吸引力を有する特大果実が、両の手のひらを組んでリキエルを賛美する少女の細腕に挟まれて、今にも弾けそうな超質量を、服下からさらに押し上げているのだ。
「……っ♡」
己の魅力に無自覚なのか。
無防備に胸元を強調させて
にっこりと微笑む少女の姿に。
むしろ背徳的なアンバランスを覚えてしまったリキエルが、目を離せないでいると――
「――リキエル。あまりマジマジと、女性の胸元を凝視するものではありませんよ? 品性が疑われます」
「主様よ、大きいものは、いつかは垂れる。遊ぶぶんには良いが、末長く手元で愛でるなら、ずっと変わらぬ妾のが正解じゃぞい?」
美女と幼女から、それぞれ指導と忠告を受けて、世界樹の背筋がビシッと伸びた。
「はいごめんなさあああああいっ! 死んで詫びまあああああすっ!」
「こらリキエル、貴方死んでも復活するだけでしょうに。分体の無駄遣いはやめなさい」
「それよりも主様。このものにはちゃんと、主様から確認せねばならぬことがあるじゃろう? いつまでも先延ばしにするものではないぞえ?」
「うっ……」
美女から自決による敵前逃亡を阻まれて。
さらには幼女から避けていた話題にも言及されて。
(……はあ。もう『仕方がない』か)
覚悟を決めた青年が、何かを期待する表情の少女に問いかける。
「それでキミ……モーエッタは、本当に、魔人に転生したいのかい?」
【作者の呟き】
ペーに貴賎はありません。




