第七幕 祭りの楽しみ方は人それぞれ ③
〈リキエル視点〉
「しかしあのゴミクズ無能神は、本当に、碌な事を考えませんね。もはや存在そのものが害悪です。何故に創造神様は、あのような不良神をお造りになってしまわれたのでしょか……」
「全くじゃ! あのような小根が腐った悪神のために、主様が指一本とて、動かす道理などないわ!」
広場で散々と喚き散らした邪神の分体を、百舌鳥の早贄風な粗大ゴミへと加工して、森に捨ててきた後で。
未だに憤懣やるかたない様子の美女と幼女の背中を追いつつ、リキエルは再度、広場の中央に向かって移動していた。
害虫を駆除したため、落ち着きを取り戻した半魔人たちによる、再誕祭の浮かれた空気を感じながら。
「……」
愚痴を漏らし合う女たちから一歩引いたリキエルは、新調した樹槍で肩を叩きながら、思考の海に沈んでいた。
(でも実際……あの邪神が言うことが真実なら、こっちも打つ手を考えておかなきゃダメなんだよな……)
魔樹迷宮に異変を嗅ぎ取った地上人たち。
ファスティア帝国による、人員の派遣。
その目的が交渉でも、対立でも、融和でも。
現時点であちら側の真意を掴みかねている以上は、あらゆる対応を検討しておかなければならない。
それがなし崩し的にとはいえ、この魔樹迷宮の支配者になった世界樹の、責任である。
(でもまあ、まず確認しておくべきことは……)
思考を整理して。
リキエルは、己がもっとも信頼を置く女たちに問いかけた。
「ねえアンジェ。ニーズも。実際のところ、あの邪神が言ってたことって……魔人や、半魔人たちが帝国の人間たちに復讐したがってるって、ホントなの?」
「……ぬう。それは……」
「……肯定か否定かで答えるなら、是でしょうね」
「う〜ん、そりゃそうだよねえ……」
なにせ魔王に仕える魔人も、彼らに救われて半魔人へと〈存在進化〉した元人間たちも、この千年近くのあいだ散々と、地上人たちには苦しめられてきたのだ。
怨みつらみが骨髄まで浸透していても、なんら不思議はない。
事実、迷宮の封印を解除してからしばらくは、自由を取り戻した魔人や、半魔人を束ねる族長たちから、そのような要請がときに迂遠に、ときには直接的に、匂わされることが何度もあった。
しかしリキエルが乗り気でない事を察すると、本人の前でそれを口にすることは少なくなっていったのだが……
「……やっぱり皆、思うところはあるよねえ」
「ですがそれ以上に皆は、主様に感謝しておるのじゃ。恩義よりも自らの感情を優先する不忠者など、この魔樹迷宮にはおりませぬぞ」
「そもそも長年に渡って、この過酷な魔樹迷宮で暮らし、戦って、適応してきた彼らは、強くなり過ぎました。今の彼らは封樹面や封魔印を用いても、魔素の薄い地上で長期間活動することができません」
そして封樹面の原材料も、封魔印を施すための魔樹液も、すべてはリキエルの扱う神樹魔法と、それを十全以上に活用できる〈守護天使〉があってのものだ。
精神的にも。
物理的にも。
彼らがリキエルの意に反して、地上に侵攻する可能性は、今のところは低い。
(……でもそれってたぶん、僕がゴーサインさえ出しちゃえば、結構な数の魔族が地上に出て暴れちゃうってことだよなあ)
千年前の迷宮封印時から、
外界と分断されていたために。
密かに地上にも魔樹をばら撒いて、少しずつ情報を更新しているものの、リキエルたちの外の世界に対する認識は不鮮明だ。
かつては脅威とされていた魔樹迷宮の戦力が、現在ではどれほど通用するのか。
一方的に汚染魔晶石を送りつけていた地上人たちが、魔樹迷宮の住人たちに、どのような感情を抱いているのか。
勇者の持ち込んだ叡智を用いて発展した文明とは、どのようなものになっているのか。
それらを確認するためにはやはり、地上人との接触は避けられない。
そのような観点で捉えるなら、差し迫っているという帝国からの先遣隊は、悪い情報ばかりではなかった。
とはいえ。
(となるとできるだけこっちも、戦力は整えておきたいよねえ)
両陣営が相見えた結果、どのような展開になるにせよ、使える手札が多いに越したことはない。
そしてこれは全くの偶然であるのだが、今からリキエルたちの向かう先に、解決策のひとつがあった。
(……はあ。いやだいやだ、気が重いなあ。僕ってば元からして大した人間じゃないんだから、そういうのは、そういう立場に生まれてそういう教育をキチンと受けたご立派な政治家サマや、世界を自分たちの手で変えてやるぜーって息巻く革命家サンたちに、やってもらいたいもんだよねえ)
少々変わった感性を有してはいても。
基本的に自分は小物で、狭量で、面倒くさがりな、至極ありふれた人間なのだと、世界樹に転生した今でも、リキエルは自認している。
できることなら誰にも迷惑をかけない、慎ましくも平穏な生き方をしてみたい。
それが無理ならせめて、必要以上の波風を起こしたくはない。
好意を抱いてくれるのは嬉しいが、命まで捧げられると、正直、重い。
自分は所詮、人を率いる器ではないのだ。
成したいことと、成せることと、成すべきことが、一致している人間など極稀だ。
たとえ世界を変えるほどの力を有していても、リキエルの根底にある人間の価値観は、どこまでも前世における一般人なのである。
(でも……ここまで来ちゃった以上は、無理気味でも『仕方がない』からできる範囲で、できる限りのことは、やっていかないとなあ)
非情な現実と折り合いをつけることは、
前世で慣れている。
かといって、そのように気持ちを無理に奮い起こしても、やはり気疲れは溜まっていく。
「……はあ」
人知れずに零れ落ちた世界樹の嘆きは、幸か不幸か、誰にも届くことはなかった。
【作者の呟き】
何が幸福で何が不幸なのか、定義は人それぞれですからね。




