第一幕 やっぱり彼女は欲しいよね ③
〈理樹視点〉
「それじゃあようやく、本番に入ろうか。初めまして、利根理樹くん。ボクの名前はロキシル。この世界とは異なる世界を管理している、キミたちでいう神様的な存在だよ。平伏せ下等生物っ!」
「等価交換の法則でいくと、今度は僕がグーパンしていい場面なんだと思いますけど、オネーサンはどう思います?」
「お好きなように」
「うおおお〜い天使ちゃん!? ちゃんとボクを蛮族から守ってよ!?」
「蛮族ぱ〜んち」
バギッ。
開口早々に上から目線な道化化粧の優男に、拳を見舞う理樹であった。
「……いってえ……グーパンまじで心を折ってくるじゃん……」
「だろ? 言い残すことはそれだけかい?」
「ま、待て待て待てい! なんで当然のように二発目を構えてるの!? 等価交換の原則は!?」
「世の中には利息という制度がございましてねえ」
「人間社会の闇い!」
闇金世界を題材とした漫画は一通り、ネカフェで読破している青年である。
「……あの、お二人とも?」
「はい、もう冗談はここまでにします!」
「そうだね、サクサク話を進めようか!」
なお道化男と青年のしょうもない争いは、美女の発した『凄み』で瞬く間に解決した。
暴力こそが正義。
「……で、なんでしたっけ? 異世界転移、とか言ってましたっけ?」
「そうそう、みんな大好き異世界転移! キミも好きだろう?」
「いや自分、こっちに大切な家族いるんで、そういうの全部お断りしてるんですよ。はいこれでこの話終わり、解散っ!」
「なんか妙に手慣れてるねえ!? もしかして異世界勧誘の経験者だったりする!?」
異世界転移の勧誘は初めてでも、その他諸々の熾烈な勧誘交渉を乗り越えてきたのだ。
青年の塩対応に付け入る隙はない。
「……はあ。だったらしょうがない。妹さんの病気が治せるチャンスなんだけど、興味がないっていうんなら――」
「まあまあ神さま、結論を下すには早すぎますって。もう少し無知蒙昧な下等生物にお慈悲を与えてあげましょうよ。ね? ね?」
「――う〜ん、この清々しいほどの手のひら返し。ぎんもぢいいいい〜っ!」
手のひらを540度回転させて媚び諂ってきた樹里に、承認欲求の昂りを隠そうとしない自称神様である。
「で、どうしたら妹の病気は治るんですか? ね? 教えて神さま!」
「え〜? 聞きたい〜? どうしても〜?」
「聞きたい聞きたい!早く教えて! ね! 焦らさないで言っちゃえよお♡」
「え〜? どうしよっかなあ〜?」
「お願いしますっ! このとおーりっ!」
「んふふふっ。いやあ、どうしよっかなあ〜っ♪」
「……オネーサン」
「……」
……スッ。
「正確にはキミの妹を救うのはボクじゃない。キミの選択と、この世界の神様だ」
美女が無言で拳を掲げると、
道化男は真顔で話し始めた。
「この世界で流行っている娯楽物語においては、異世界転移や転生は、唐突なパターンが多いんだけどね? ほら、あれって大抵が人間視点だから本人としては突拍子もない話になっちゃうんだけど、神様視点で語らせてもらえば色々と条件や制約があってね。例えるなら、生粋の日本人が、外人の作った日本映画を観る気持ちっていうかさあ〜? わっかるかな〜? わっかんないねよえ〜?」
「ねえオネーサン、なんでこのカミサマ、ちょいちょいマウント挟んでくるの? 病気なの? 神様なのに?」
「神にも神格に応じた品位というものがありますからね。この世界を管理する我が主のような上級神ならともかく、所詮は下級世界の管理すらできない、無能な下級神です。承認欲求が満たされずにここまで性格を拗らせていても、不思議ではありません」
「わーお、天使ちゃんめっちゃ刺してくるじゃーん」
どうやらあちらも一枚岩ではないようだ。
察するに、どうやら女性はこの世界を管理する神様(暫定)に仕える存在で、道化男はこことは違う世界を管理する神様(疑惑)であるらしい。
両者は単純な上下関係ではなく、親会社に勤める正社員と、その子会社を経営する社長、といったところか。
どちらが上かと問われれば、
微妙な力関係である。
「まあいいや。そうわけで管理神としては、無条件で自分の管理する世界以外の生物というか魂を、簡単にポイポイと他の世界に移動できないわけよ」
「ですが神同士の契約上、下級神とはいえ正規の手順を踏んで要請されれば、上級神はそれに応えざるを得ません。実に面倒ではありますが」
「あれれ? もしかして天使ちゃん、ボクのこと嫌いー?」
あざとく小首を傾げる道化男を無視して。
金髪に天使の輪を浮かせた美女が、指を一本立てて告げる。
「理樹様。貴方には選択肢があります。ひとつはこの話を蹴って、ここまでの記憶を消され、今までの日常に帰還すること」
次いでもう一本、指を立てて。
「そしてもうひとつは一年の準備期間後に、この男の管理する世界に転移すること」
「……」
美女の発言を、今度は遮るような真似はしない。
無表情のまま放たれる言葉の意味を、真剣に受け止める。
「勿論その際に、転移特典として異世界の管理者から何らかの恩寵を賜ることになりますし、我が主からも、異なる世界に送り出す子羊への手向として、この世界において『願いを叶える権利』を三つほど、贈与する用意があります。そのうちのひとつを使用すれば、貴方の妹が抱える病を取り除くことは可能かと」
「うん、だったらお願いします」
「だよねえ、いきなり言われても困るよねえ……っていうテンプレを一応用意してたんだけど、ほんとキミ、思い切りがいいねえ? ちゃんと話、理解している? あとになって『やっぱりごめんさい』なクーリングオフのできない神様印の『契約』だよ、これ?」
「うんまあ、正直思うところは色々とあるんだけど……だって、『仕方がない』じゃないですか」
珍妙な生き物を見るような目つきの道化男に対して、青年は迷うことなく答える。
「それで、妹は……莉子ちゃんは、助かるんでしょ? だったらそのための条件は、まあ、受け入れますよ」
「……へえ。いやちょっとそうじゃないかとは思ってたけど、キミ、なかなかにイカれてるねえ。普通じゃないよ。ねえねえ天使ちゃん、これが、上位神様が彼を推した理由なのかな?」
「その問いに対する回答の権限を、私は持ち合わせておりません」
「神をグーパンすることは可能なのに?」
「ん、お代わりですか?」
バギッ。
「もうヤダこの暴力天使、神を殴ることに迷いがない! 信仰心をどこにやった!?」
「少なくとも管理世界の失敗を上位神に泣きついてフォローしてもらい、紹介していただいた転移者候補にイキり散らそうとする下級神を、敬う心は持ち合わせておりませんね」
「……ぐう!」
「おお、こんな見事なぐうの音を、初めて聞いたよ」
半泣きで睨みつける自称神を、
淡々と正論で殴る推定天使。
両者のやり取りを眺めて感心する樹里であるが、ふと、その脳裏にひとつの妙案が浮かんだ。
「ねえ、オネーサン」
「……? 何でしょうか、理樹様」
「ちょっと確認したいんだけど……その、『願いが叶う権利』のひとつを使って、オネーサンが『僕の彼女になってもらう』のって、アリですか?」
【作者の呟き】
契約関係だけど、金銭を介してないからセーフ。




