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間幕 ⑥

〈ユグド視点〉


『地上に群れる、人族に告げる!』

『我らは試練! 汝らの前に立ち塞がる、乗り越えるべき宿命である!』

『試練に挑む者に、我らは敬意を持って、容赦などしない!』

『いつか試練を乗り越えるその日まで、無数の屍が積み上がることを、覚悟せよ!』

『ただしこの場に未熟なる者が迷い込むことを、我らが主は望まない!』

『今すぐにこの場を退くのであれば、追うことはないと約束をしよう!』

『一刻ののち、試練を開始する!』

『それまでに、各々の命の使い道を定めておけ!』


 人面瘡じみた樹洞(うろ)からそのような宣告を繰り返し吐き出す、奇妙な樹の発生によって。


 帝国軍は騒然となりつつも、

 意見は満場一致で可決された。


「先遣隊を撃破したからといって、身の程を履き違えた魔族どもめ!」

「来るならかかってこい!」

「帝国軍の本領を、世間知らずの田舎者どもに叩き込んで(わからせて)やるわい!」


 激昂した帝国将校たちによって、五万を超える帝国軍は、臨戦態勢を整える。


 慎重派な貴族などは後方に陣取ったようだが、それでも撤退する者はいない。


 なにせこの戦いは、勝利の約束された戦いなのだ。


 長い時間をかけてようやく辿り着いた餌場を、みすみすと見逃す猟犬など存在しない。


 少しでも武功をあげようと、前線は高級な聖浄魔道具で身を固めた貴族や騎士たちで溢れ返っており、突入の時を、今か今かと待ち侘びていた。


 高位貴族の中には冒険者を雇い、すでに迷宮内部に私兵を突入(フライング)させている者すらいるという。


「あーくそ、けっきょく俺たち歩兵はこんな、中途半端な位置かよ!」


「まあまあユグド、落ち着くべ。考えようによっちゃ、一番危ない先鋒をお偉いさんがたが直々に捌いてくださるんだ。オイラたちはあとから、のんびりやっていくだべよ」


「ちくしょう、魔族ども、俺たちのぶんまで残ってるかな……?」


 ユグドと悪友たちは、迷宮都市の外部に整列した帝国軍の、中央よりやや後方に配置されていた。


 武功を狙うには戦線から離れすぎているため、大半の兵士はすでにやる気を失っているが、それでも前線部隊が取りこぼしたおこぼれを狙って、未だ諦めきれないユグドのような兵士も、なかにはちらほらと見受けられる。


『――時間だ、それでは試練を開始する!』


 最初の通達から、きっちり一刻が経過したのちに。


 ほとんどの奇形樹が伐採されたなか、あえて残されていた数本から、先ほどと同じ男の声が聴こえた。


 直後に……ズッ……ズズッ……ズズンッ!


「んなっ!?」

「こ、これは、大地が揺れて……っ!?」

「じ、地震だあ! 馬たちが暴れるぞ、気をつけろ!」


 まず帝国軍を襲ったのは、突如として発生した、地震であった。


 帝国に生まれてこのかた、ほとんどの者が経験したことのない規模の地鳴りに、人々は慌てふためき、軍馬たちが恐慌する。


「お、おい、なんだあれは!」

「いきなり地面から樹が生えて……っ!?」

「なんだよありゃ、魔生樹もあるじゃねえか!」


 次いで、追い打ちをかけるように。


 鳴動する大地を引き裂いて芽吹いたのは、

 異常な速度で成長していく、

 大量の樹であった。


 迷宮都市の外部に待機していた帝国軍を包囲するように、瞬く間に四方を埋め尽くした樹々の三割ほどは、魔獣狩りを経験した者なら誰でも一度は目にしたことのある、魔獣を産み出す母樹、もとい『魔生樹』である。


 直径は五メートルから十メートルほど。


 広葉樹めいて傘状に広がった木の枝には、淡く明滅する無数の楕円形……魔擁卵(コクーン)が実っており、琥珀色の液体に満たされた半透明な外殻の内部には、母樹から栄養を注がれて急速に成長する魔獣たちが、出産のときを待ち侘びていた。


 そうした魔生樹の隙間を埋めるようにして群生するのは、こちらは見たことのない、奇妙な落葉樹である。


 葉のない枝や、幹には、人面めいた無数の樹洞(うろ)が空いており、黒々とした穴から……ブシュウウウッ!


「な、なんだこりゃ!?」

「気持ち悪い樹が、何かを吐き出してやがる!」

「毒か!?」

「いやこれは……魔素だっ!」


 視界の七割を埋める落葉樹が一斉に吐き出したのは、高濃度の魔素であった。


「お、おい気を保て! しっかりしろ!」

「魔術部隊は結界を展開!」

「衛生部隊も、障壁を展開できる奴は展開しろ!」

「とにかく魔素の流入を防げ! まともに動けなくなるぞ!」

「……っ! お、おい、あれ……っ!?」

「チクショウ、魔族どもめ、それが狙いか!」


 魔樹による魔素散布によって、

 一気に周囲の魔素濃度が上昇。


 早速耐性のない者たちが魔素酔い状態に陥るなか、結界や障壁を展開して魔素濃度を保とうとする帝国軍の眼前で、更なる脅威が蠢き始める。


 ……ドクンッ……

 ……ドクッ……ドクッ……

 ……ドッドッドッドッドッドッドッ……


『……クルルルオオオーンッ!』『キシャアアアアッ!』『ゴオオオオオッ!』 


 高濃度魔素という潤沢な栄養素を与えられた魔生樹が、それを魔擁卵に注ぎ込むことで、成長促進された魔獣たちが、地上に降ろされた外殻を破って次々と産声を上げていく。


 成体として産まれ落ちた魔獣たちは、本能的に、母樹に捧げる供物を求める。


 そして目の前には、大量の餌があった。


 狼型、蜘蛛型、熊型、蛇型、蜥蜴型と、大小様々な魔獣たちが群れて一斉に襲ってくる光景は、普段は絶対的な安全(マージン)を確保して少数を狩っていく帝国兵をして、はじめて体験する恐怖であった。


「ひ、怯むな! 恐れることはない!」

「如何に数が多くとも、所詮は魔獣どもだ!」

「勇者より賜りし、聖浄魔道具の敵ではない!」

「勇聖教の信徒よ、今こそ信仰を示す時ぞ!」

「穢れた魔獣どもを討ち払えっ!」


 それでも有能な指揮官などは、冷静に戦況を把握して、率いる部隊を魔素濃度が安定した結界の内部に集結させることで、聖浄魔道具による魔獣討伐を指揮し始める。


 幸いにしてユグドの部隊長もそちら側のようで、いち早く冷静さを取り戻した先輩兵士が、口元に頼もしい笑みを浮かべた。


「よかったな新米ども、ちゃんと出番があったじゃねえか!」

「初陣だからってビビんなよ!」

「後衛の魔術部隊を守るのが、俺たち歩兵部隊の役割だ!」

「気張っていくぞ!」


「う、うっす!」


「了解だべ、センパイがた!」


「……ふうう、よしっ! いくぞお前ら!」


 ユグドと悪友たちもまた、そうした部隊長の指示に従い、結界内部に侵入してくる魔獣たちを駆逐していく。


「うおらああああッ! くたばれ、魔獣ども!」


「おいユグド、あんまりはしゃぎ過ぎんなよ! ペースを考えろ!」


「聖浄石には限りがあるんだべ。魔力が切れても、俺のぶんは分けてやんねえべからな!」


「……っ、わあってるよ!」


 一定の魔力さえ注げば強力な魔法を発動できる聖浄魔道具は、動力源である魔晶石に蓄積された聖浄魔力が尽きてしまえば、途端に真価を発揮できなくなる。


 ゆえにこの戦況を打破するには、主力である聖浄魔道具に余力があるうちに、魔獣の発生源である魔生樹と、それに栄養を与えている落葉樹を、速やかに駆逐する必要があった。


「……よし、道が開けたぞ! 我に続けええええ!」


 そうした戦略のもと、いち早くに魔獣の包囲網を食い破った歩兵部隊が、近くの魔生樹に向かい、手勢を率いて突撃していく。


 一時的に安全圏である結界から外に出ることにはなるが、目標を撃破してすぐ隊列に戻る一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を狙うなら、高魔素濃度による負担は最大限まで軽減できる。


 同じ戦略を共有した部隊が、次々と結界から飛び出していき……


「……ぎゃああああっ!」

「な、なんだコイツは!?」

「仮面の……人間!?」

「こいつらが例の、魔人どもか!」


 群生する樹々に紛れるように。


 いつの間にか生えていた、新たな奇形樹。


 幹の中央が二股に割れることで、

 形作られた歪な巨大樹洞から。


 時代遅れの民族衣装を見にまとう、奇妙な樹面を被った人影が次々と飛び出してきて、瞬く間に、帝国兵を狩り尽くしていった。


「おいおい、なんだよ、これ……」


 誰かが漏らした呟きに、答えられる帝国兵はいない。


 周囲を囲うのは、無数の魔樹と、そこから産み出される大量の魔獣。


 それに紛れる樹面の人型は、たったひとりで、十倍近い帝国兵を難なく殲滅せしめた。


 時間の経過とともに、落葉樹から吐き出される魔素により、周囲の魔素濃度が上昇していく。


 逃げ場が失われ、包囲網が完成していく。


 しかし帝国軍の蹂躙劇はまだ、始まったばかりであった。


 

【作者の呟き】


 魔樹迷宮を攻略しようとしていた帝国軍が、逆に魔樹と魔族に包囲されました。

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