第六幕 魔王様は待ち焦がれる ④
〈リキエル視点〉
「今でもはっきりと、覚えておるぞい! あのとき妾の奥までを深く貫いた、主様の力強い感触を……っ!」
「いや言い方あ! 今のキミがそれ言うと、絵面がホントにヤバいから! ここが前世なら、逮捕待ったなしの事案だよ!?」
斯様に、じつに九十年の歳月をかけて。
この世界に誕生した五柱目の世界樹が、古き世界樹の守護者である魔王を討ち倒すことで、彼女が守ってきた神代魔樹迷宮の世界樹を侵蝕して、同化して、権能を上書きする過程で、かつて勇者に施された〈侵蝕神犯〉を有能なる〈守護天使〉があらかじめ用意していた魔法を用いて、解呪したのちに。
正常な機能を取り戻した世界樹が、
魔樹迷宮の封印を解除することで。
地上人による汚染魔晶石の転移を拒めるようになった魔樹迷宮が、本来の姿を取り戻してから、およそ十年後のことである。
「ぬううう! 妾と主様の思い出にケチをつける輩など、無礼千万! いったい何者じゃ!? そのような不届者など、貴方様の番魔獣が悉く、灰燼に帰してくれましょうぞ!」
そのように、鼻息を荒くして。
ペチペチと、短い竜尾を上下させながら。
ゴオオオッ……と口から火炎を吐き出すのは、十歳程度の、幼い少女であった。
闇を溶かしたような黒髪に、黒瑪瑙の眼球に収まる黄金の瞳。
顔立ちは愛らしくも威厳を備えており、ギザギザに尖った歯の隙間から覗く舌の先端は、二股に分かれていた。
頭部からは珊瑚礁にも似た角が生えており、背中には蝙蝠じみた黒翼が、臀部からは黒鱗に覆われた竜尾が、人の形をした幼女に相応しくない、威圧と神々しさと与えている。
「魔王さ……、ニーズさま! そのようなお姿を衆目に晒すなど、はしたないですぞ! 足がお辛いというのであれば、この私めが――」
「ぬぬう、ラース、やはり貴様か! 妾と主様の仲を引き裂かんとする大罪人めは! がおおおおおっ!」
「ぬおおおおおっ!?」
どこからともなく駆け寄ってきた赤髪の魔人をにべもなく。
口から炎を吐き出して追い払うのは。
世界樹の分体である青年の胸もとに抱き上げられた、黒の西洋装服に身を包む幼女である。
彼女こそが、新たな世界樹となったリキエルが、最初に産み出した己の番魔獣。
討伐した前世界樹の番魔獣である、邪黒竜の魔晶石を用いて産み出した、ニーズヘッグの転生体、ニーズであった。
「……フンッ。まったく、彼奴ときたら、転生前にも増して過保護になっておらんか? 妾はもう、彼奴の仕える主人ではないというのに」
本人も了承済みのこととはいえ。
一度、自らが主人と崇めた魔王を喪ったためか。
あるいは彼女が新たに獲得した、愛くるしい外見によるものか。
かつての魔王筆頭であった赤髪の魔人は、今や彼女を陽に陰に見守り続ける、見事な忠義者と化していた。
ともあれ。
「……でも、本当によかったのかい、ニーズ?」
樹槍を肩に担いでいるため、片手で幼女を抱き抱えながら。
胸元にすっぽりと収まる小さな魔王に、リキエルは問いかける。
「約束だったとはいえ、本当に僕の番魔獣なんかに転生しちゃって?」
リキエルが転生前の彼女と協力関係を結んだ折に、魔樹迷宮の封印解除とともに約束していたのが、こうした彼女の転生である。
きっかけは、些細な思いつきであった。
『……ねえアンジェ。僕の〈輪廻転生〉なんだけどさ。これってもう、使えないの?』
【ええそうですよ。それほどまでに転生の際、魂にかかる負荷は大きいのです。二度目はないと覚悟してください】
『ふ〜ん、そっか。じゃあさ、「僕以外」にはどうなのさ?』
【さあ……それは……どうでしょうね? もともと使い手がいないハズレ権能ですから、詳しく調べてみないと……でもこれは、もしかすると……ふむ、彼女との交渉に使えそうですね……】
『……?』
リキエルの抱いた疑問は、優秀なる〈守護天使〉の解析によって、対象の魂魄が肉体から乖離してから一定時間内であり、かつ〈輪廻転生〉の負荷に耐えられた場合という条件付きではあるものの、実現可能であると結論された。
そして魔族の生産機能を有する世界樹であるならば、条件さえ整えば、転生者の魂を収める器を用意することが可能である。
これらの条件が満たされていることを知った際に。
魔王は討たれたあと、自らの転生を望んだ。
とはいえ。
自身が目覚めてから四十以上年に渡る付き合いにおいて、魔王がどれほど己の役割に膿んでいたのかを知っているリキエルだからこそ。
ようやく解放された彼女が転生してまで再び同じ立ち位置に収まろうとは、実際に彼女がニーズとして転生した今でも、腑に落ちない部分があった。
(責任感の強いニーズのことだから、残した魔人や、半魔人たちが心配だってのがあるんだろうけど……)
はたしてそれは、転生してまで彼女が背負うべき、責任なのだろうか。
もういい加減に、この献身的な魔王は、その役割から解放されてもいいのではないか。
つい、そんなことを考えてしまう。
それゆえの問いかけであった
「……なんじゃ。主様は、妾が側に侍ることが、不服なのかえ……?」
すると腕の中の幼女の瞳が、
見る間に潤んでいく。
あ、マズい、と思うが遅かった。
「いやニーズ、別にそういうワケじゃ――」
「イヤじゃあイヤじゃあイヤじゃあああああ! 妾を捨てないでおくれえ、主様あ! なんでもする! 妾、なんでもするからあ! 身も心も財も魂も全てを捧げるから、お願いじゃあ主様、妾をお側に置いてたもれええええ!」
「――ああああ耳い! 耳元で、大声で叫ばないでええええ!」
「びゃああああああっ!」
一瞬で幼女がヘラった。
首元に抱きつき、ブンブンと短尾を左右に振り乱しながら、幼女特有のロリボイスでギャン泣きする魔王ちゃん(前世込みで推定一万歳)である。
「き、貴様あ! 魔王さ……ニーズ様を泣かせるとは何事だあ!?」
「失せよ、どこにでも湧く蝿めっ! がおおおおおっ!」
「ぎゃあああああっ!」
そしてどこからともなく現れた魔人が、秒で焼かれて、地面をのたうち回る。
「う〜ん、見事な職人芸だねえ……」
ちなみに彼女の前世に仕えていた魔人たちは、転生したニーズを魔王として崇めることを、本人から禁止されていた。
そのあたりは当人たちにしかわからない線引きがあるのだろうから、口出しはしないが、それでも筆頭である赤髪の魔人にはもう少し優しくしてもあげていいのではないかと思う、リキエルである。
「うっ……うっ……お、お願いじゃあ……妾を捨てないでえ……」
「うん、ごめんね。捨てない捨てない。ニーズは僕の大事な、魔王じゃないか」
「ほ、本当にい? 妾、捨てられない? 妾ちゃんと、主様の役に立ってるかえ?」
「立ってる立ってる。ニーズはとっても役に立ってるし、頼りになるよ」
「ぬ、ぬふふふ……そうかえそうかえ、主様あ〜♡」
竜角の生えた頭を撫でながら承認欲求を満たして上げると、機嫌を取り戻したニーズは匂い付けする肉食獣のように、プニプニのほっぺたを、グリグリとリキエルの首筋に擦り付ける。
「そうじゃそうじゃ〜♡ 妾は主様の番魔獣なのじゃあ〜♡ いつまでも、どこまでも、二十四時間年中無休で永久に、この世界が終わるまでず〜っと一心同体なのじゃ〜……みぎゃっ!?」
「いい加減にしなさい、粘着邪竜」
神話規模での粘着発言をする幼女に、脳天チョップを叩き込んだのは、黄金の金髪に天使の輪を浮かべた、絶世の美女であった。
【作者の呟き】
ドラゴン人型化 → のじゃロリババア爆誕。
異世界の鉄板ですよね?(迫真)




