第六幕 魔王様は待ち焦がれる ②
〈魔王視点〉
迷宮最深部にて無聊を託っていた魔王に、新たな日課が加わってから、三十年ほどが経過した頃。
(……よしよし、今日も大量じゃ。たっぷり精をつけるのじゃぞ〜♪)
今日も今日とて縄張りに湧いた凶魔を狩り、若木に貢ごうと、嬉々として馳せ参じる邪黒竜である。
ちなみ若木とはいえその全長は五十メートルを超えつつあるのだが、その六倍ほどもある世界樹を棲家とするニーズヘッグからすれば、まだまだ育ち盛りの世界樹に過ぎない。
日々成長していく威容に、そしてそれに自分が貢献しているという事実に、喜びを隠せない魔王だった。
(……ん? んんん?)
ところが、である。
天塩にかける世界樹のことであれば、たとえ葉の一枚ぶんの変化であろうと見逃さないと自負する邪黒竜をして、その日の若木の様子は、いつもと様子が違った。
ざわざわと揺れる枝葉が、魔力の波を散らして、魔王に思念波を飛ばしてきたのである。
【……聴こ……ます……か……える……なら……こち……に……波長を……】
途切れ途切れではあるが、あきらかに意味を成すそれに、魔王は歓喜した。
(おお、ついに来たか! 待っておれ待っておれ、すぐに波長を合わせてやるからのう!)
若木の成長を見守り始めてからすぐに。
理由こそわからないものの。
本来は意思など有してないはずの世界樹に、意識の澱を感じ取ったニーズヘッグは、それが未だ自我を有していない、胎児のような状態であることを察していた。
一方でその傍には、微睡む魂を慈しむように見守る、もうひとつの魂があることも。
不思議なことにそちらは権能と化して若木の魂魄に癒着しているようだが、それが若木に対して害意を持たないこと、むしろ自我を持たない世界樹を最大効率で育てようと奮闘していることを、ニーズヘッグは理解している。
またそのように自我を持つ権能のほうも、若木に供物を捧げることで物理的な支援をしてくる邪黒竜に、好意的な感情を抱いたらしい。
いまだ有する機能がその段階に至っていないため、言葉こそ交わせないものの。
成長に伴って拡大していく若木の支配領域に花を咲かせ、自分を出迎えてくれる権能の配慮に、ニーズヘッグもまた親愛の情を覚えていた。
その権能からとうとう、意味ある思念が送られてきたのだ。
込み上げる歓喜を抑えつけて、邪黒竜は魔力波長を調整する。
(よしよし、聴こえるか、若木よ? 妾の名はニーズヘッグ、この魔樹迷宮に座する世界樹の番魔獣じゃ!)
【やはり……そうでしたか。ええ、聴こえておりますよ、ニーズヘッグ様。私の名は〈守護天使〉。訳あってこちら世界樹の魂と一体化した、この世界とは異なる世界の神に仕える天使です】
(おお、やはりそうか! 其方はあの悪神ではなく、創造神様が遣わされた、異なる世界から来訪せし使徒であるか!)
【少々語弊があるようですが……ひとまずは、その認識で問題ないかと。それに貴方とはやはり、仲良くなれそうですね】
(勿論じゃとも! 妾にとってこの若木は、最後の希望! 危害など加えるはずがない! それはもう十分に、伝わっておるじゃろう?)
【ええ、それはそうなのですが……】
(……?)
少し、間を開けて。
天使を名乗る権能は、ニーズヘッグに内心を吐露した。
【……私にもあのゴミクズ無能神には、思うところが多々ありまして。せっかくこうして言葉を交わせるようになったのです。よろしければ少々、三十年間溜め込んだ愚痴を聴いていただけますか?】
黒邪竜の顔に笑みが浮かぶ。
(……ああ、ああ、ああ、無論じゃとも! しかし妾のほうは数千年越しの鬱憤が溜まっておるからのう! 申し訳ないが、たっぷり数ヶ月ほどは付き合ってもらうことになるぞい?)
【構いません。ご覧の通り、時間にはまだ余裕がありますので】
どの世界においても、第三者への鬱憤を吐き出す行為は、感情を有する生物にとっては絶好の娯楽であるらしい。
魔王の日課に、その日から、異世界からやってきた天使とのお喋りが加わった。
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〈魔王視点〉
それからさらに、
二十年ほどが経過して。
(うひょおおおおお! とうとう目覚めたのかああああああっ!)
世界樹がある程度まで成長したので、微睡んでいた自我の目覚めが近いと、天使から聞き及んではいたものの。
とうとう人型を模した世界樹の分体が動き、何故か盛大に地面を転げ回っているのを見つけた瞬間、ニーズヘッグは本日の供物をその場に投げ捨てて、黒翼を広げ宙を舞っていた。
『グオオオオオオオオオ――――ッ!!!!!』
歓喜の咆哮に気付き、上空を見上げた人型の表情が、驚愕に染まる。
「いや、アンジェさん!? 何冷静に呟いてるの!? あれ、竜! 見るからに強そうなドラゴン様じゃないですかねえ!?」
(そうじゃとも妾の希望、勇者、愛子よ! さあその創造神が与えたもうた奇跡を、妾に魅せておくれ!)
そして……ブチュン!
込み上げる喜びのままに振り下ろした前足が、
呆気なく人型を踏み潰した。
(……あっ)
【……歓喜のあまり、頭から抜け落ちてしまったようですが】
唖然とする魔王の脳裏に、冷ややかな女の声が染み込んでくる。
【彼の魂はまだ目覚めたばかりの状態で、分体のほうも、魂に馴染ませることを優先させた基礎状態です。到底魔王はおろか、魔人にだって太刀打ちできる状態ではありません。だからくれぐれも丁重に扱うようにとお願いしていたはずですが、それは私の記憶違いだったのでしょうか?】
(いや……違うのじゃ、アンジェ! 許してたもれ! 妾は微塵も、其方の伴侶を害そうなどとは――)
【――その足の裏を見て、続きの言葉を吐き出せますか?】
(……申し訳ないのじゃ)
シュンと鎌首を萎ませる邪黒竜であったが……ギュイン、と。
上昇した菱形の頭部が、世界樹のある方向へと向けられる。
(じゃが、同じ過ちはもう犯さぬ! 次はそう……先っちょだけ! 先っちょで撫でたり触ったり舐めたりするくらいなら、ええじゃろう!? なっ!? なあっ!?)
【……〈聖域結界〉】
(なんで結界を張るのじゃあああああっ!)
まだまだ成長途中とはいえ、そこは世界樹。
己の種から生じた魔生樹が繁茂する支配領域においては、短時間とはいえ、魔王すら立ち入ることの許さない広域結界の展開した。
(中に入れておくれえ! 許してたもれえ! 妾と其方の仲ではないかああああ!?)
【彼に現状を受け入れてもらうため、説明の時間が欲しいのです。そのあいだ貴方はそこで、少しは頭を冷やしなさい】
(そんな殺生なあ!? こんなの、生殺しじゃあああああっ!)
魔王の慟哭が、魔樹迷宮に響き渡った。
【作者の呟き】
魔王 = ポンコツ。
異世界あるあるですよね?(ニッコリ)




