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第六幕 魔王様は待ち焦がれる ①

〈魔王視点〉


 それに魔王が気付いたのは、今から九十年ほど前のことであった。


 たったの九十年。


 世界の創世時に植えられた四柱の世界樹、その番魔獣として産まれ落ち、一万を超える時間を消費してきた魔王にとって、九十年という歳月は、泡沫のような一瞬の出来事である。


 しかし膨大な量となる記憶を振り返ってみても、そのほとんどが無味無臭に感じてしまう一万年よりも、それが現れてからの百年に満たない歳月のほうが、魔王にとっては遥かに濃密で甘美な時間であった。


 なにせ魔王は、ようやく、産まれた時に創造神から与えられた使命を、果たすことができるのだ。


 退屈極まる生を脱却して、価値のある死に向かい、着実に前進しているのだと、実感することができたのだ。


 創造神から〈黒〉を冠され、竜の属性を与えられた魔王、邪黒竜ニーズヘッグは、過ぎ去った余韻を惜しむように、それとの邂逅に想いを馳せた。


     ⚫︎


〈魔王視点〉


(……ん? なんじゃ、この奇妙な魔力の波動は? 転移魔法? よもやまた地上人どもが、妾の巣にゴミをばら撒きよったか)


 世界樹(ユグドラシル)の番魔獣、神代魔樹迷宮エンシェントダンジョンの守護者として、迷宮内の状況をある程度は知覚できるニーズヘッグはそのとき、常にはない奇妙な感覚を嗅ぎ取った。


 遡ること九百年前に、勇者を名乗る異世界人らがこの神代魔樹迷宮を封印して。


 五百年が経過したあたりから、地上から迷宮内に、汚染魔力が詰め込まれた魔晶石が転送されてくるようになった。


 放置すれば世界の均衡を崩しかねないそれらを危惧した魔王は、配下である魔人に命令して、可能な限り浄化させた。


 またそうした魔人たちの活動を知った半魔人たちも、微力ながら、我が身を削って浄化作業に参加してきた。


 それでも汚染魔晶石の転移は年月を重ねるごとに数を増加させ、やがて容量限界(キャパオーバー)を迎えた魔人が一体、また一体と、世界の連環へと旅立っていく。


 汚染魔力に心身を蝕まれて。


 創造神に課せられた使命を果たせず。


 魔王への忠義も尽くしきれないまま。


 無念を抱いて機能を停止していく配下たちを見送りながらも、魔王は決して、諦めない。


 諦めることを許されてない。


 魔王自身も率先して浄化を行なっているため、全盛期からは程遠い肉体を引き摺りながら、転移魔法を感知した場所へと移動する。


(今回は一段と、強い魔力波長じゃったのう。妾の尾が届く場所でよかったわい)


 迷宮封印の際に、世界樹に上書きされた制限(ギアス)によって、魔王は魔樹迷宮の最下層から五階層ぶん程度しか移動できない。今回はその移動圏内であったからよかったものの、これほど強い魔力を発している魔晶石の浄化など、(しもべ)に任せればどれだけ魔力汚染が進むか、わかったものではない。


(あやつら、手に負えそうにないなら妾のもとに持ち参じよと命じても、絶対に聞かないからのう。忠誠心が高すぎるのも、困ったものよ)


 とくに忠誠心の高い赤髪の魔人が、真顔で「魔王様への忠節を貫くことこそ、我らに残された唯一の存在意義でございます!」などと宣う姿が容易にできてしまい、邪黒竜の顔に苦笑が浮かんだ。


(それにしても、此度の魔力はやけに大きい……それにどこか、懐かしいような……?)


 目的地に近づくにつれ、魔王の抱く奇妙な感覚は、強まる一方だ。


 懐かしいような。


 恐しいような。


 それでいてどこか安心するような。


 何故か無性に胸を締め付けてくる、郷愁にも似た不思議な感覚に、この世界で直接『それ』を知る数少ない存在である魔王の動悸が、熱を帯びていく。


(まさか……まさかまさかまさかまさかっ!)


 急かされるように。


 焦がれるように。


 気づけば蝙蝠じみた大翼まで広げて宙を駆け。


 辿り着いたのは、もはや見飽きた迷宮最下層の片隅。


 そこにポツンと、見慣れない物体が鎮座していた。


(……ああ! ああああああ、ああっ!)


 精々が人間の背丈ほどしかないそれは、魔王からしてみれば、指先ひとつで押し潰してしまえるほどの、儚く脆い存在である。


 だが、それでも。


 間違いない。

 見間違うはずがない。


 この世界の誰よりも、確信を持って。


 もっとも間近でそれと同じものを見守り続けてきた魔王だからこそ、断言できる。


(世界……樹っ! 新しい、世界樹っ!)


 それは芽生えたばかりの生命であり、希望であり、可能性であった。


 この閉じて倦み、終わっていくだけの世界に差し込んだ、一筋の光明だった。


(おお、創造神様は、まだ妾たちを見捨ててはおられなかった……っ!)


 魔樹迷宮が封印されるまでは、地上に蒔いた魔生樹から情報を吸い上げたり、適性を有する魔人を派遣するなどして、迷宮の外の世界を多少なりは把握していた魔王はすでに、この世界の管理神に希望を抱いてはいない。


 かの悪神による愚行をほぼ正確に理解している魔王からすればあれは、創造神に定められた立場が上であっても、敬う価値のない無能であり、この世界にとっての害悪とさえ考えていた。


 そんな神々の面汚しが今更になって、創造神の御技を再現できるとは思えないし、理由もない。


 ならばこれはそれ以外の、創造神に連なる者の力が働いたのだと考えるのが、妥当である。


 そしてニーズヘッグは何故か、直感的に、それこそ都合のいい妄想かもしれないが、創造神の御手を感じ取っていた。


(きっとこれは、創造神様が与えたもうた、最後の奇跡。この灯火を絶やすことは、ままならぬ……っ!)


 我が子を抱いた母のように。


 子を産めない魔王の胸に、確固たる使命感が宿る。


『ブオオオオオッ!』『ギシャアアアアっ!』『ゴオオオオオッ!』


 そんな幼樹のもとに、先の魔力波動に当てられて孵化したのだろう。


 まだ身体から粘液を滴らせる産まれたばかりの魔獣たちが、本能的な飢餓を叫びながら駆け寄ってきた。


(失せよ、痴れ者どもっ!)


 バチュン、ブチュン、ドチュンと。


 暴風を切り裂く竜尾の叩きつけによって、瞬く間に肉片とか化した魔獣たちは、発生してほんの数分も経たないうちに、世界の連環に戻っていった。


 本来であればそうして駆除した魔獣から、周囲を汚染する魔晶石だけを取り除いて、肉体はそのまま放置するのであるが……


 ふと、このときニーズヘッグの脳裏に、妙案が浮かんだ。


(そうじゃ。どうせなら此奴の死体(養分)を、若木に捧げよう。さすればそのぶんだけ、成長も早まるはずじゃろうて)


 それから若木の見守りと、近づく魔獣の駆除。


 そして成長に必要な養分を貢ぐことが、邪黒竜の日課となったのだった。


【作者の呟き】


 魔王様が母性に目覚めたみたいですねえ……(ニチャア)

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