第五幕 世界樹育成計画 ①
〈リキエル視点〉
「おお……リキエル様……」
「なんと神々しい、御名でございましょうか!」
「ああ、リキエル様こそが、我らが奉るべき新なる神なのだ!」
「……リキエル様リキエル様リキエル様リキエル様……はあ♡ しゅてきい……♡」
アンジェとともに考えたこの世界での名前は、魔樹迷宮の住人に、好意的に受け入れてもらえたらしい。
(……というかあの……めちゃくちゃおっぱいおっきいピンクの子、ちょっと目つきが怖いんだけど……)
瞬きを忘れたように。
理樹、もといリキエルを凝視して、口の中で彼の名を転がす少女に、怖気を覚えて背を向けてしまう世界樹である。
「……リキエル様。改めて我らミネル族をお救いくださったこと、そしてこの世界の真実を開示して下さったこと、一族を代表して感謝させていただきます」
「いえいえ、そんなに畏まらないでくださいよ、オルメンさ【理樹?】……オルメン」
「……?」
内なる天使の忠告を受け入れつつ。
彼女の声が聞こえていないため不安そうな表情を浮かべるミネル族の長に、慌てて言葉を継ぎ足す。
「それよりもオルメン、僕が言うのもなんだけど、そんな簡単に、僕の言葉を信じちゃっていいの? キミたちを騙そうとしているのかもしれないよ?」
「仮に貴方様が我らを謀ろうというのであれば、それでも構いません。というよりもそれを警戒して貴方と距離を置くという選択肢を、我らは望みません」
それほどまでにリキエルが彼らに与えた天聖樹とは、代替の効かない価値を有しているのだろう。
アンジェが理樹に指導した一手は、見事に、彼らの心を掴んでいた。
「それに……リキエル様の語られた内容と、我らが祖先から口伝している情報には、一致する部分が多過ぎます。もはやそうした邪神の悪行を否定することの方が、難しいほどかと……」
「ああ……そうだったね。キミたちは当時、勇者たちとこの魔樹迷宮の攻略に挑んだ人族の、末裔だったよね……」
異世界人たちと直接の交流があった彼らの祖先ならば、情報を共有して、邪神の不自然な行動に気付いていた可能性も、低くはない。
先のリキエルの証言はそうした、
彼らの推測を補完するものであった。
「それで、リキエル様。貴方様は我々に、何をお望みなのでしょうか?」
だからこそここで、掴みかけている彼らの信頼を、損ねるわけにはいかない。
【大丈夫です理樹。これらは彼らにとっても、利がある話です。この様子ならきっと、理解してくれますよ】
脳裏に響く天使の声に後押しされて、青年は予め決めていた内容を口にする。
「あのさ……もしよかったらだけど、キミたちが集めている魔晶石を、僕にくれないかな?」
⚫︎
〈リキエル視点〉
リキエルが神代魔樹迷宮で世界樹に転生してから、すでに十年近くが経過している。
その間、迷宮の最下層でひたすらに、竜族を束ねる〈黒〉の魔王と戦い、経験値を溜め続けてきた世界樹の分体であるが、それだけでは黒竜の討伐を果たせないことを、彼の参謀である〈守護天使〉は早々に気付いていた。
いかに高性能な頭脳を備えていても、それを活かせる肉体がなければ、意味がない。
そこでリキエルに死に戻り可能な分体を通して操作技術を研鑽させる一方で、彼女は現段階で使用可能な世界樹の機能をフル活用して、分体性能の向上に取り組んでいた。
なお、リキエルが正真正銘の世界樹であるとはいえ、ひとつの世界を構成する資源は有限であり、本来この世界における世界樹の活動資源は、四柱ぶんしか存在してない。
つまりリキエルの本体である世界樹が全ての機能を使用するためには、少なくとも先達である世界樹を一柱は破壊しなければならないというのが、神々の規則に精通した天使の見解だ。
幸いなことに、そうした『世界樹の簒奪』と『魔樹迷宮の封印解除』は、リキエルたちの目的と一致している。
迷宮攻略の最難関である魔王を討ち倒し、それが守護する世界樹の核を奪い取って、新たな世界樹のものへと上書き更新することこそが、異世界人の封印を打ち破る最適解。
聡明なる〈守護天使〉は、そのための解決法を見出していた。
「我らが集めている魔晶石を、ですか……?」
「うん、そうそう。だってアレ、キミたちいらないでしょ? むしろキミたちを苦しめている害悪でしょ?」
リキエルはすでにアンジェから、地上人……魔樹迷宮に封印されていない人族を指すらしい……が転送してくる汚染魔晶石と、それに苦しめられている半魔人の逼迫した状況を、聞き及んでいる。
一方通行の転移魔法によって、魔樹迷宮にばら撒かれた汚染魔晶石は、理の歪められた魔生樹を生み出し、凶魔化した魔獣を産み出して、魔樹迷宮の脅威となっている。
それらは迷宮で生きる者たちにとっての直接的な脅威であると同時に、いずれは魔樹迷宮そのものを滅ぼしかねない、世界を侵す猛毒であった。
よって半魔人たちは、それぞれの集団に巫女や聖女、シャーマンといった役職……これらに女性が多いのは、性差として体内で生命を育む機能を有する女性のほうが、体内で魔力を浄化する能力が男性と比べて高いためである……を置き、適正のある者に汚染魔晶石の浄化をさせているのだが、これはつまり、世界の毒を人身御供として、彼女らが代替しているにすぎない。
迷宮崩壊を防ぐため率先して浄化を始めたという魔人も。
彼らに倣って自発的に浄化活動をしている半魔人たちも。
本来は背負う謂れのない苦役を。
自分たちの世界を守るために。
自らの命を削って担っている。
(そりゃ、生きていくために背負う苦労は『仕方がない』と思うけどさ……こんな、自分たちに利はないのに、一方的に押し付けらえる苦役はもう、仕方なくなんてない。ただの悪意だ)
唯々諾々とそんなものを受け入れ続ければ、待っているのは破滅の未来。
自ら選んだのではなく、他者から傲慢に押し付けられる悪意を、リキエルは『仕方がない』とは思えなかった。
「な、なりません、リキエル様! わたしたちのために、御身を犠牲になさろうなどと……っ!」
「っ!? こら、モーエッタ、さがりなさい! 巫女といえど、神聖なる世界樹様にそのような口利き、許されるものではないぞ!」
「族長! ですが……っ!」
「……あー、大丈夫大丈夫、気にしないで、オルメンさん。それにキミ――」
「――モーエッタです! モーエッタ・ミネル! ミネル族で、僭越ながら巫女を生業としておりました!」
「……ああ、そう、それは大変だったね。まあモーエッタさんも、ひとまず落ち着いて? ね?」
「は、はわわ……リ、リキエル様が、わたしの名をお口に……ああもう、耳が孕んでしまいそう……っ♡」
なんだろう。
キラキラというか。
ギラギラというか。
ドロドロというか。
とにかくモーエッタと名乗る桃髪の少女から、名状し難い『圧』を感じてしまう、リキエルである。
「ですがやはり、こうして神聖樹を与えてくださったうえに、リキエル様に魔晶石の浄化までを託すなど――」
「――ああ、違いますよ、オルメン。浄化じゃなくて、僕がやりたいことは、むしろその逆なんです」
「……?」
「僕はね、汚染された魔晶石を使って、強い凶魔を産み出したいんですよ」
【作者の呟き】
おや……
おピンク夢魔人の様子が……?




