第四幕 そのおっぱいで巫女は無理でしょ ⑥
〈理樹視点〉
脳内天使による無言の圧力を感じつつ。
ひとまず多頭竜の襲撃から桃色髪の少女を救い出した理樹は、集落の外に避難していた村人たちに彼女を預けたのちに、残る凶魔と化した魔獣らを速やかに殲滅した。
そうしてミラル族と名乗る二百人程度の半魔族を、凶魔暴走の窮地から救い出したのちに。
彼らの許可を得た理樹は、荒れ果てた村に戻り、その中心地に、手にする樹杖を突き立てた。
(それじゃあアンジェ、頼むよ)
ようやく周囲に人がいることに慣れ始め、独り言を控えた理樹は、権能に心の中で語りかける。
【お任せください。――〈眷樹召喚〉っ!】
するとメキメキ……ズオオオッ!
「っ、魔生樹っ!?」
「なんで魔生樹が、槍から生えて……っ!?」
「に、逃げろ! また魔獣が産まれるぞっ!」
青年が地面に突き刺した樹槍を起点に、見る間に五メートルほどの成長を果たした、世界樹を縮小化したような広葉樹……通称『魔生樹』。
目の前で魔獣を産み出す母樹が発生したことに、ミラル族がどよめきたつ。
慌てて理樹が説明した。
「あー、大丈夫ですよー、みなさーん! 驚かせてしまってごめんなさーい! これは『僕』から生やした魔生樹なので、安全なやつですよーっ!」
「あ、貴方様の、魔生樹……? とは、いったい……???」
「ああ、そうですね。そこから説明しないとですね」
一族の代表である壮年の半魔人に、
理樹はどこか照れ臭そうに。
「……えっと、実は僕ってこう見えて、新しい世界樹なんですよね」
「……は?」
ポカンと。
精悍な顔つきの男性が、似合わない間抜けな表情を浮かべた。
「えっと……貴方様が、世界樹? 魔人様ではなくて? いやしかし、それはあまりにも――」
「まあ百聞は一見にしかずですよ。……ってこれ、ちゃんと伝わっているかな?」
【問題ありません。〈守護天使〉の翻訳は、正常に機能しています】
理樹が世界樹へと転生した折に。
この神代魔樹迷宮にもともと存在していた世界樹に接続することで、蓄積記録を閲覧したというアンジェは、そこから転写した情報を元に、この世界の人間たちが用いる言語を解読していた。
日本語を話しているつもりの理樹が、半魔人との会話が成り立っているのは、中間に彼女の翻訳が経由されているためである。
「ん、じゃあ問題ないね。アンジェ、このまま〈聖魔反転〉しちゃおう」
目の前の大樹の幹に手を触れると、
親樹からの命令に反応して。
子樹である魔生樹の中心に埋まった、
核である魔晶石が呼応する。
芽吹いた土地や、産み出した魔獣が狩ってきた獲物から、魔力を吸い上げる魔生樹としての機能が、一転。
溜め込んだ魔力を消費して、土地に恵みを与え、聖獣を産み出す『天聖樹』へと、その性質を反転させた。
本来であれば、特殊な魔法を習得した者にしか扱えない高度な変化魔法であるが、本体が世界樹である理樹であれば、己の末端である樹の性質を操作することは容易い。
「おお……これはまさか、天聖樹ですかっ!?」
「なんと神々しい!」
「有難い……これで村が、救われる……っ!」
一般的な魔生樹である、黒々とした幹や、濃緑色の葉から。
色合いすらも反転させて。
白樺のような幹と、白銀の葉に衣替えを果たした大樹の姿に、半魔人たちは歓喜した。
感激に身を震わせ、滂沱して、なかには跪いて祈りを捧げるものすらいる。
それほどまでに、魔獣という脅威に晒される者にとって、天聖樹という加護の存在は大きい。
樹が蓄えた魔力が尽きるまでという期間限定ではあるが、それが根差した土地には魔獣が近寄らず、新たに魔生樹が発生することはない。
さらに土壌が回復して豊作を実らせるうえに、正常に保たれた土地は疫病を退け、ときには天聖樹そのものが魔獣の代わりに、人が飼い慣らすことのできる天馬や翼獣といった聖獣を産み出すことさえある。
これもまた強力な魔獣に打ち勝ち、魔生樹という『試練』を乗り越えた者に与えられる、創造神からの『報酬』の一つの形であった。
「このような御技をいとも容易く……もしや貴方様は本当に、神が地上に送りたもうた、新たな奇跡なのですか……?」
「う〜ん、そのへんはちょっと複雑な事情があるんだけど……ひとつ勘違いしてほしくないのは、僕はこの世界の管理神を、ブチ殺してやりたいほど憎んでるからね!」
「……へ?」
ふたたび族長に、不思議な顔をさせてしまったものの。
魔生樹の〈聖魔反転〉という御技を目の当たりした半魔族たちは、ひとまず理樹の説明を、真剣に聞いてくれる姿勢になった。
そして理樹が、この世界に転移してきた異世界人であること。
この世界の管理神とウマが合わずに殺されて、世界樹に転生したこと。
ついでに理樹が知る限りの、管理神がこの世界にしでかした失態などを端的に告げると、話の途中から憤りを隠せなくなっていた様子の半魔人たちが、ついに爆発した。
「ふざっ……けるな!」
「何が神だ、邪神ロキシルめ!」
「我らの祖先をこの地に貶めたばかりか、さらに異世界の神にまで恥を晒す、神の面汚しめ!」
「この世界に神はいない……ああ、わかっていたとも!」
「我らが崇めるのは創造神が作りたもうた魔王様と、眷属であらせられる魔人様のみ!」
「我らを見捨てた邪神などに、一片の信仰もないわ!」
よほど腹に据えかねたのだろう。
整った表情を憤怒に歪め、拳を握り締めて、この場にいない邪神に向かって、思いつく限りの罵詈罵倒を吐き出す半魔人の姿に。
彼らに真実を告げた理樹でさえ、
萎縮してしまう。
(ねえねえアンジェさん、これ、大丈夫? っていうか今更だけどこの世界の重要な秘密を、住人に暴露しちゃってよかったのかな?)
【問題ありません。むしろこの後の展開を考えるなら、互いの認識に齟齬が生まれないよう、情報は正確に共有しておくべきです】
そもそもの話として。
【私たちにあのゴミクズ無能神を庇う理由はありませんし、それを開示するリスクも存在しません。むしろかの悪行を伝えない理由こそ、存在しないのでは?】
(ん、それもそっか)
何しろ初手で、邪神から敵対認定を受け、殺されているのだ。
今さら神罰など、恐れる必要はない。
「……世界樹様」
半魔人たちが一通りの憤懣を吐き出したあたりで、族長を名乗る男が声をかけてきた。
たしか名前は――
「――なんですか、オルメンさん」
「オルメンと、私のことなど、呼び捨てにしてくださいませ。それよりも世界樹様こそ、可能であれば、その御名をお伺いしたいのですが……?」
【理樹。貴方が思っている以上に、この世界において呼称とは、重要な認証なのです。ここは素直に受け入れておきなさい】
すかさず指導してくる天使に、
心の中で了解と答えつつ。
【それと貴方の名前は……わかってしますね?】
(はいはい、天使様の仰せのままに)
こうして半魔人と接触するにあたり、理樹としても、最低限の常識はアンジェから聞き及んでいる。
その折に、理樹の名前が問題に上がった。
なんでもこの世界において、短すぎる名前とは、一部の人族においては侮られることがあるらしい。
ゆえに博識な天使と相談して、予めこの世界での名前を考えておいたのだ。
それが――
「――リキエル。僕のこの世界の五柱目の世界樹、リキエル・ユグドラシルだよ。よろしくね」
のちに『世界殺しの世界樹』と呼ばれる魔神の、誕生の瞬間であった。
【作者の呟き】
天使さん【ふふ……これで、理樹の本当の名前を知っているのは、この世界で私だけですね……】




