第四幕 そのおっぱいで巫女は無理でしょ ⑤
〈理樹視点〉
モーエッタの救出より、時間は少しだけ前後する。
彼女の窮地に理樹が駆けつける、
十分ほど前に。
理樹の本体である世界樹が、己が根差した魔樹迷宮内における、異常な魔素濃度の昂りを感知して。
ひとまず魔樹を用いた階層転移を行った理樹が目の当たりにしたのは、迷宮の第五十二層、森林を模した階層領域に存在する半魔人の村と、それを襲う魔獣の群れであった。
「……あー。もしかしなくてもこれって、けっこうヤバい感じ?」
【肯定です、理樹。おそらく直近の転送によって送られてきた魔晶石が、あの村の近くで、凶魔暴走を引き起こしたのでしょう】
「だったら勝手に魔獣を狩っちゃっても、誰にも文句は言われないよね!」
【それも肯定です。わざわざ鴨が葱を背負って来てくれたのですから、美味しくいただきましょう】
「相手は鴨じゃなくて、亜竜だけど!」
魔樹迷宮の最深部において、人知れず、魔王との戦闘を繰り返してはや十年近くが経過している。
その間に磨かれ、練られ、研ぎ澄まされた、世界樹の分体が繰り出す絶技に、亜竜程度の魔獣が敵うはずもなく。
「……っ!? だ、誰だアイツは!?」
「竜種の魔獣を、あんなにも容易く……っ!?」
「魔人様!? しかしあのようなお姿の魔人様など、聞いたことないぞ!?」
舞うように樹槍を踊らせて。
息をするように悠々と。
次々と凶魔と化した魔獣を屠っていく青年の戦舞に、助けられた半魔人たちが息を呑み、畏怖と感嘆の視線を注いでくる。
【はいはい、窮地に颯爽と駆けつけて俺ツエエエなんて、テンプレテンプレ。都合よく承認欲求を満たせて、気持ちいいですか? 理樹?】
「いや言い方あああ! 何その悪意に満ちた偏見!? そりゃ困っている人がいたら、助けてあげるのが人情ってモンでしょ!?」
【世界樹が人間を語るとか、ははっ、片腹痛いですね】
「少なくともネガティブ天使よりは人寄りのつもりだよ、僕は!?」
【まあ貴方の主観はともかく……貴方、さっきからずっと独り言状態ですよ? 自覚しています?】
「はっ、しまった!」
長年に渡って地下に籠り、魂に同居する〈守護天使〉とだけ会話をしてきた弊害である。
「「「 ………… 」」」
気がつけば。
脳内に響く女の声と会話をしながら、瞬く間に凶魔を殲滅していた樹面の青年に、助けられた半魔人たちの視線が集中していた。
気まずい。
非常に気まずい。
込み上げる羞恥を隠すように、
慌てて口を開く。
「あ、えっと、みなさん、ご無事ですか? ケガした人とか、逃げ遅れた人とかいない?」
「み、みこさまがあ……まだ、みこさまが、むらに、いるのお!」
「こ、こら! 黙りなさい!」
理樹の言葉に真っ先に答えたのは、年端もいかない子どもだった。
慌てて集団の統率者らしき壮年の男性が静止の言葉を放つが、理樹の視線はすでに、魔獣が雪崩れ込んだ村へと向けられている。
「すいません、そこの貴方。その巫女さま? は、村のどのあたりにいるかわかりますか? わかりやすい目印とかあります?」
得体の知れない青年の問いかけに、壮年の男は一瞬、逡巡を見せた。
しかしすぐに首を振って、問いに答える。
「我らの巫女は……きっとまだ、村の中心にある、屋根が朱色に塗られた小屋の中にいます。もう手遅れかもしれませぬし、彼女を見捨てた私が頼める義理もないのですが、どうか! できるのならば! 貴方様のお力で、彼女を救っていただきたい……っ!」
「任せてください」
声を震わせ、懇願する男に頷いて。
世界樹の分体は、手にする樹槍の石突を地面に叩きつけ、柄をたわませて……
……ドギュンッ、と。
樹槍の弾性を用いながら地を蹴ることで、瞬時に階層を覆う地下空洞の天蓋まで翔び上がった。
広大な地下空間を自在に飛翔する魔王に対して編み出した、空中機動術の一つである。
樹槍を振るい、空中で姿勢を反転させて、魔樹迷宮の天蓋に着地。
視線は眼下。
魔獣の荒らされる村の中心。
おそらく神事を執り行っていたのであろう、質素な小屋に向けられている。
「……っ!」
ただし地上を見下ろす理樹の眼下にでは、
朱塗りの屋根はすでに吹き飛ばされおり。
象のような巨体から四本の長首を伸ばした多頭竜が、内部のエサを食い荒らそうと、頭部を突き入れた瞬間であった。
(間に合え……っ!)
高まる体内魔力に呼応して、この十年間で改良調整してきた分体機能のひとつ、身体の各所に刻まれた身体強化用の魔法印が発動。
魔法印の発光とともに、ビキビキと血管が浮き出た脚部で天蓋を蹴り付けた理樹は、一筋の流星となって、瞬時に目的地へと到達する。
「だあっしゃあああああああ!」
速度を伴った質量は、容易に魔獣の頭蓋を粉砕して、そのまま着地。
室内には短刀を握りしめた少女の姿があり、なんとか窮地には間に合ったらしい。
魔獣の血飛沫を弾き飛ばしたあとで、事態が飲み込めずに硬直する褐色肌の少女に語りかけた。
「キミ、大丈夫!? まだ生きてる!? 死んでないなら返事して!」
「えっ!? あ、はい! い、生きてま、す……!?」
「ナイスガッツだ! よく耐えた! 頑張ったね!」
「……っ!」
何気なく口にした言葉を、
どのように受け取ったのか。
「は、はい……わたし、がんばって……耐えて……でも、ダメで……それでもっ、諦められなくって……うあああああっ!」
見る間に涙を浮かべ、ついには泣き出してしまった少女に、理樹は動揺を隠せない。
「ん、情緒が不安てええええいっ! え? 僕また何か、やっちゃいましたあ!?」
【まあ普通に考えて、空から知らない人が槍を手に降ってきたら、怖いですよね?】
「……っ!?」
ド正論すぎて、ぐうの音も出ない。
【それよりも今は、目の前の脅威を排除するのが先です。傷心した少女を誑し込むのは後にしてくださいな】
「だから言い方あ! でもまあ、まずは、この子の保護を優先ね! 了解!」
啜り泣く少女を背に庇う理樹は、
速やかに残る多頭竜の頭部を排除。
ヒドラの特性である再生が行われる前に、胴体から魔晶石を摘出。
活動停止を確認してから、再び少女に話しかける。
「……おーい、大丈夫?」
だが、少女に反応はない。
燻んだ桃色髪が、涙で湿った少女の頬に張り付いているが、気にした様子もない。
茫然と、包帯が巻かれていない方の隻眼で、理樹の姿をじっと見つめている。
(……あ。もしかして!)
ただならない少女の様子に、理樹は危惧を抱いた。
「もしかしてヒドラの毒、浴びちゃった?」
高い再生力と並んで、脅威とされるのが、ヒドラの有する毒性である。
いちおう飛散した血液にも気を配っていたつもりだが、その全てを完全に弾き飛ばせていたかというと、断言できる自信はない。
少量でも、少女に毒が散っていた可能性はある。
ならばどこに付着してしまったのかと、慌てて理樹が少女の褐色肌に視線を向けると……
どどんっ!
(でっか!)
前世において散々とお世話になった、
アンジェの巨大な双丘。
それに匹敵する圧倒的質量が、
小柄な少女の胸元に搭載されていた。
【……理樹?】
「……ッ!? いや、見てないから! たしかにもの凄いとは思うけど、僕だってこんな状況でガン見するほど、デリカシーのない男じゃないからね!?」
語るに落ちるとはまさにこのこと。
【…………】
何も言ってくれない〈守護天使〉に、
逆に恐怖を覚える世界樹であった。
「……?」
そのような一柱と一体の会話など理解していない少女が、ようやく正気を取り戻したのか、小首を傾げ、身体をよじる。
彼女に故意はないのだろうが、細腕に挟まれた特大果実がぐんにょりと押し潰されて、思わず理樹は目を見開いた。
「……ッ! エッ……」
【……理樹? 貴方、こんな年端もいかぬ少女にまさか、欲情しているのですか? 溜まってます?】
「って、ごめんごめんごめん! 溜まってないから! 僕にとってはアンジェがオンリーワンでナンバーワンだから! そもそもペーに貴賎無しって、これ世界の真実だからね!?」
【……ふん。どうだか】
だって、仕方がないじゃない。
世界樹に転生しても、
心は男の子なんだもの。
そして男である以上、
おっぱいの魅力には抗えない。
これは仕方がない。自然の摂理。もはや創造神が人に与えたもうた、試練なのだ。
なんて、小賢しい言い訳が通用するわけもなく。
(ごめんごめん! ごめんよ、アンジェっ!)
理樹は機嫌を損ねた天使に、内心で散々と謝り倒した。
「……」
すると何故か、原因である少女も口先を尖らせて、不機嫌そうな気配を醸し始めた。
意味がわからない。
もうこの場から逃げ出したくなった理樹は、強引に話を進める。
「それよりも、キミ、立てる!?」
【勃っているのは貴方では?】
「……いやいや僕は勃ってないから! アンジェはちょっと黙ってて!」
「……申し訳ありません。ちょっと……無理そう、です」
申し訳なさそうに謝られて。
改めて理樹が、冷静に少女の状態を観察してみれば、彼女の発言に得心がいった。
「……あー、ごめん。僕が無神経だったね」
であるならば。
「ごめんね、ちょっとだけ我慢してね〜」
「……っ!? な、はわっ、わわわわわっ!」
「ごめんねごめんね〜、緊急時だから勘弁してね〜」
一旦魔獣から摘出した魔晶石を床に置いて、空いた手で少女を抱き抱え、胸元に引き寄せる。
「あとキミは、できれば抱きついてくれると有難い」
片腕で支えるより、そのほうが固定できるから。
【我が主よ! いたいけな少女に淫欲を迫る変態世界樹に、ゴミクズ無能神に代わって天罰を!】
だから決して、天使が邪推するような不純な動機は、存在しないのである。
「……アンジェ、誤解しないでね? 人命救助なんだから、『仕方がない』でしょ?」
そのように弁明するものの、いざ首に手を回した少女が抱きついてくると、密着して存在感を増した柔肌の感触が脳髄を貫いて、理樹の動きが停止した。
【……理樹? 貴方まさか、本当に……?】
「……よっし、それじゃあ行こうか。キミ、ちょっと汗臭いかもだけど、我慢してね?」
ドッと全身を湿らせる冷や汗に、
いちおう気を遣った理樹の発言であるが。
「ぜ、全然! とってもいい匂いですよ、おにーさん!」
「そ、そう……?」
食い気味に返してきた少女に、
理樹は口元を引き攣らせる。
「……すー♡ はー♡ すー♡ はー♡」
その後も目を蕩けさせ、何故か鼻息荒く、深呼吸を繰り返す桃色髪の少女に。
(……え? 何これ、どういう状況っ!?)
【…………】
脳内天使にジトッとした視線を向けられている気がして、新たな冷や汗をかいてしまう、世界樹であった。
【作者の呟き】
淫乱ピンクからは、逃れられない……っ!




