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第四幕 そのおっぱいで巫女は無理でしょ ①

〈モーエッタ視点〉


 モーエッタ・ミラルは半魔人(デモニア)の巫女である。


 ただし彼女が仕えるのは、神ではなく魔王。


 村の長老たちから伝え聞くに、今からおよそ九百年前に行われたという、魔樹迷宮(ダンジョン)の封印。


 その際に迷宮内部に取り残された人間たちを憐れんだ魔王が、彼らが地上とは比較にならない魔素濃度のなかで生きていくために、その肉体を環境に適したものへと〈存在進化(ランクアップ)〉させたものが、自分たち一族の祖だとされている。


 ゆえにミラル族を始め、この魔樹迷宮に住む人族……半魔人たちが崇め奉るのは、地上の人間たちが信仰する神ではなく、自分たちを救ってくれた魔王と、それに仕える魔人たち。


 当人らとしては不服らしいが、そんな彼らに、今日も部族の巫女であるモーエッタは、感謝の祈りを捧げていた。


「……ゴホッ、ゴホッ」


 とはいえそうした習慣も、この身体では、いつまで続けられるかわからないが。


(……イヤだなあ。また、大きくなってる)


 モーエッタは自分の大きく膨らんだ胸部を覆い穢すようにして広がる、魔力汚染によって黒く変質した肌を撫でて、まだ幼さの残る顔に、悲痛な色を浮かべた。


(あと何回わたしは、みんなの役に立てられるんだろう……)


 魔樹迷宮の封印時には一万二千を超えていたという人族だが、魔王による〈存在進化(ランクアップ)〉を受け入れたのはその半分程度であり、そこからさらにこの過酷な環境で生きていく過程で半分以上が命を落とし、適応後は一時的に人口が増加したものの、地上人らによる悪辣な行為によって、ここ四百年ほどではふたたび減少傾向にあるという。


 現在、この魔樹迷宮で活動している半魔人は四千名ほど。


 それらがさらに生活可能な拠点に分散して氏族を形成しているため、ひとつの集団の人口は二百〜三百名程度であり、当然ながらそれに属する人間には、彼らが生きていくために必要な役割が、各々に与えられていた。


 そうしたなかにあって、今年でようやく百四十歳を迎えたばかりであるモーエッタに与えられた役割は、巫女である。


 半魔人は元となった人間の五〜十倍程度の寿命になると言われているため、只人(ヒューマ)換算で十四歳程度の容姿をした少女の精神年齢も、外見相応のものであった。


(せっかくこの歳まで生きてこられたんだから……赤ちゃん、ひとりぐらい産んでみたかったなあ……)


 とはいえ閉塞された環境で生まれ育ったがゆえ、その価値観は、地上人のそれと比べるとやや独特なものではあるのだが。


「……ふう」


 物憂げな少女の、ミラル族の特徴である褐色の肌に刻まれた、部族における立場を示す朱色の刺青。


 細身で小柄な身体つきに反して、胸部と臀部が圧倒的な発育を果たしているのは、彼女が生まれ持つ半魔人としての特性が大きい。


 腰元から左右に飛び出た蝙蝠状の翼。


 頭の左右に並ぶ、羊のような巻き角。


 垂れた目元の奥で輝く瞳は艶桃色(ライトピンク)で、瞳孔が爬虫類のように、縦に裂けていた。


 基本的にひとつの魔樹迷宮に住まう魔人は、それを統べる魔王と同系統の種族特徴……たとえばモーエッタがいる魔樹迷宮の魔王は黒竜なので、その配下である魔人も竜の属性……を備えているのだが、魔王の力で〈存在進化(ランクアップ)〉した半魔人らは、その限りではない。


 そして獣人(ライカン)精人(アルヴ)鬼人(オーガン)といった他人族と異なり、種族特性がないことが特性であるとも言える只人(ヒューマ)の〈存在進化(ランクアップ)〉は、多岐に渡った。


 鉱物のような頑強な肉体を手に入れた者、昆虫じみた外殻を纏った者、植物と肉体が一体化した者などと、様々な方向へと種族特性を特化させた只人たちのなかで、モーエッタの祖が手に入れたのは、他者の魔力に干渉して、それを命の糧とする種族特性であった。


 魔人の分類においては、夢魔人(サキュバス)と呼ばれる存在。


 他者の精神に干渉し、甘美な幻惑と引き換えに、その者の体内魔力(オド)吸収(ドレイン)して、己のものとする魔人である。


 そうした種族の特性上、対象となる異性の興味をより効率的に惹きつけるため、起点となりやすい外見が、男性にとって魅力的なものへと成長していくのは、至極当然の生存戦略であった。


 また不老である代わりに生殖能力を持たない魔人とは異なり……高密度の体内魔力(オド)を有する生物の宿命として機能そのものは〈存在進化(ランクアップ)〉前より低下しているものの……有限の命を持つ半魔人は生殖能力を残しており、世代を重ねるごとに、外見はより異性にとっての好ましいものへと洗練されていった。


 現時点における到達点のひとつがモーエッタであり、桃色の髪に彩られた男性垂涎の肢体に、幼少の頃から好色の視線を注がれてきた彼女であるが、しかしその果実に手をつけるものは、百四十年の人生において一人も現れなかった。


 理由は、彼女に与えられた役割。


 巫女の生業に起因する。


「うっ……ゴホゴホッ、ゴホッ!」


 両手ですら隠しきれない豊満な胸元を押さえて、咳き込むモーエッタ。


 口元を押さえていた手元には、人族でも魔族でも変わらない、赤い血が付着している。


(イヤだなあ……死にたく、ないなあ……)


 とはいえ自分が人身御供にならなければ、もっと多くの同胞らが犠牲になる。


 それほどまで集団における巫女や男巫(おとこみこ)の役割は大きく。


 地上人が魔樹迷宮に垂れ流す魔力汚染は、罪深い。


「……おい、モーエッタ。入っても大丈夫か?」


 魔樹迷宮中層の片隅。

 

 ミラル村に設けられた質素な神社にて。


 まもなく燃え尽きようとしている己の蝋燭を嘆く少女の耳に、木扉を叩く、来訪者の声があった。


「え、ええ。大丈夫ですよ、族長」


「……開けるぞ」


 神社の御扉を開けて姿を現したのは、ミラル族の族長を務める、壮年の半魔人である。


「……」


 族長は部屋の中で身を縮める少女と、その手元を一瞥して表情を曇らせるが、それらについて言及することはない。


 代わりに背負っていた編み籠を床に降ろして、硬質な音を響かせる。


「今週ぶんの魔晶石だ。浄化を頼めるか?」


 彼が持ち込んだのは、魔獣を討伐した際に採取される、高濃度の魔素を含有した水晶体。


 人族から『魔晶石』と呼ばれる、魔獣の核だ。


 ただしそれらは全て黒く濁っており、漏れ出る魔素には、生物が本能的に忌避する不吉を孕んでいた。


 汚染魔力によって育った魔生樹から産み出される、思考を失い凶暴化した魔獣、通称『凶魔』の魔晶石である。


「これはまた……たくさん、集まりましたね。狩人の人たちは無事ですか?」


「ああ、なんとか人死は出ていない。だがやはり、凶魔の数が増えてきてるな。地上人の奴らまた、汚染魔力の量を増やしたみたいだ」


 本来はあるべきではない、魔力の異常な状態によって産み出される凶魔が、この魔樹迷宮には大量に湧いている。


 原因は、世界樹の機能の一部を支配している地上人たちが、転移魔法によって一方的に魔樹迷宮に送り込んでくる、汚染魔力が原因であった。


「ヤツらはよほど、俺たちを殺したいらしい……っ!」


 ギリギリと、族長の節くれだった拳が握られ、口元に血が滲む。


 この四百年ほどで、地上人が魔樹迷宮に転移させてくる汚染魔力の量は、増える一方だ。


 それに伴って、汚染魔力で育った魔生樹が産み出す凶魔の数も増えている。


 通常の魔獣とは異なり、ただそこに存在しているだけで周囲の魔力を汚染する凶魔は、速やかに討伐しなければならない。


 とはいえ肉体を停止させても、その核である魔晶石は健在だ。


 下手にそれを砕いてしまえば濃縮されていた汚染魔力が拡散するだけなので、面倒ではあるがこのように採取をして、汚染された魔力そのものを浄化しなければならない。


 それこそが、巫女の役割だ。


「……大丈夫ですよ、族長。少なくともわたしが生きているうちは、一族のみんなは、わたしが守ります」


 ずり、ずり、ずり、と。


 膿んだ肉を、引き摺るようにして。


 モーエッタは床の上を移動して、編み籠に詰まった、大量の魔晶石に手を翳す。


「……慈悲深き魔王様……どうかわたしに、ご加護を……っ!」


 彼女が生まれ持つ種族魔法〈吸魔(ドレイン)〉を発動させると、少女の手のひらに、魔晶石から吸い出された汚染魔力が流れ込んでいく。


(……っ!)


 感覚としては、濁り凝った腐臭の漂う泥水を、喉奥に注ぎ込まれているようなものだ。


 生理的な嫌悪に涙が滲み、拒絶反応を起こした肉体が、苦痛を訴える。


 それでもこれは、必要な儀式だ。


 汚染された魔力を浄化するには、こうして適正のある者が一時的に体内に取り込み、自らの体内魔力(オド)を用いて安定させるのが、もっとも効率的とされている。


 他の部族には大気中に霧散した汚染魔力に、精錬魔力(ソール)をぶつけて浄化する巫女もいるらしいが、どちらにせよ負の属性に偏った魔力を、正の属性を有する魔力で相殺する浄化という行為には、術者の魂を蝕んでいく。


 それでも一定の期間を空けることができれば、疲弊した魂も自然回復していくのだが、回復量が追いつく前に浄化を重ねていくと、やがて魂が蝕まれ、それは肉体にも症状として現れ始める。


 そうした最期に待ち受けているのは、魔獣と同じ凶魔化だ。


 そうなる前に歴代の巫女たちは慈悲深き魔王や魔人から、苦痛なき死を(たまわ)ることを、(ほま)れとしていた。


(もうすぐ……わたしも、魔王様から、慈悲を賜れる……っ!)


 この辛く、苦しく、先の見えない苦痛から、解放される。


 それだけを支えに半魔人の巫女は、懸命に浄化の儀式を続けている。


 やがて全ての汚染魔力を吐き出しきった魔晶石が、本来の輝きを取り戻した。


 これらはこれから加工されて、村を守る結界や、狩人たちの装備、田畑に恵みを与える魔法の触媒などに、有効活用される手筈だ。


「……はあ、はあ、はあ」


「よくやった、モーエッタ。少し休め。汝に、魔王様のご慈悲があらんことを」


 編み籠を背負い直した村長が部屋を出ていくと、ふたたび薄暗闇に、沈黙が訪れた。


 おそらくもう本来の目的で使うことなどない、ただ重いだけの贅肉を持ち上げながら、手拭いに粘ついた汗を染み込ませる巫女は、誰にともなく呟く。


「……やっぱり……死ぬ前に一度くらい、恋人を作って、子作りとか、してみたかったな……」


 半魔人の巫女といえど、そこは年頃の少女であった。


【作者の呟き】


 ピンク髪の巨乳巫女(処女確)が、無意味に消費されるわけないよね!(ニチャア……)


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