間幕 ③
〈ユグド視点〉
「……で、あるからして、勇者様が残された叡智の一端に着想を得て生み出されたのが、私たちの生活を支える偉大なる発明、皆さんもご存知の聖浄魔力なのです」
ファスティア帝国の片田舎に生まれた少年、ユグドが、帝国兵を育成するための学舎に入学して、三年の月日が流れた。
その間に、粗野な態度や粗暴な口の利き方でたびたび指導教員から注意を受けることはあるものの、実技においてすこぶる優秀な成績を収めるユグドはなんとか退学を免れて、無事に進級を重ねている。
とはいえ、もう二年もすれば卒業が見えてくるこの時期になると、栄えある帝国兵として、実技の他に、相応の教養が求められてくるものであり。
今まで模試の赤点を実技で加点してきたユグドであるが、いよいよ誤魔化しが効かなくなり、とうとう本日はそうした赤点組の特別授業に参加を命じられた次第であった。
(ああ……だっりい……早くおわんねーかな……)
支給された学生服を、大胆に気崩して。
退屈そうに頬杖をついて、窓の外で行われている学生たちの体力訓練を眺めながら、小難しい教師の講釈を聞き流す。
「……つまりこのような聖浄魔力を込めた魔晶石、聖浄石を交換可能な動力源とする聖浄魔道具を開発し、発展させていくことで、このファスティア帝国は千年にも及ぶ隆盛を誇ってきたのです。皆さんもご存知の通り、こうした聖浄魔道具はもはや、私たちの生活には欠かせないものであり、大局でいえば国や村を守る大規模結界の維持や、家畜や農作物を育てる土壌の回復を。もっと身近なものでいえば、夜の街を照らす光源や、家に食材を保管するための冷蔵庫など、安心で安全な魔道具として、帝国の文化に根付いています。一方で、この聖浄魔力を抽出する際に発生する、禍影魔力はといえば――」
ゴーンッ……、ゴーンッ……と。
講師の授業を遮るように。
定刻を告げる鐘音が響き渡った。
「――どうやら今日は、ここまでのようですね。皆、次回までに帝国の歴史を復習してくるように」
起立、礼、解散と、一通りの号令が終わると、次々と学生たちが教室から退出していく。
「なあユグド、これからどうするべ? 今日はもう授業はないべや? ちょっと街にでも行かねえべ?」
未だに方言が抜けきらない獣人の少年が気安げに声をかけてくると、反対側に並ぶ、年齢の割に大きな背丈を有する鬼人の少年が、野太い声で話しかけてきた。
「いつもの魔道具屋に、最新の聖浄魔道具が入荷されたんだってよ! なかには剣型のヤツもあるらしいから、これは帝国兵として、検分しておかないわけにはいかないだろ!?」
「え? あー、クソッ、マジかあ……」
学舎で知己を得た悪友たちが肩に腕を回して誘ってくるが、赤茶髪の少年の反応は鈍い。
「……ん? どったべ、ユグド? もしかして先約け?」
「あ、ああ、ちょっと今日は、買い出しの護衛を頼まれてて――」
――ドン、と。
友人と語らいながら歩いていたために、
前方不注意で人とぶつかってしまった。
「……チッ」
「あ゛? おい待てよコラ!」
「今テメエ、舌打ちしたべよなあ!?」
ユグドが反応する前に、
血気早い悪友たちが気色ばむ。
「なあ? なにそれ、どういう意味? 俺たちに喧嘩売ってんのか? なあ?」
「……見て分かれよ、脳筋ども。こっちは怪我してるんだ。通路を塞がれたら邪魔になるだろうが」
たしかに正面から歩いてきた痩せぎすの少年は、右腕に包帯を巻いていた。
長い前髪で目元が隠されているため表情が窺いにくいが、口元は、不快そうに歪んでいる。
「ああん!? んなの、こっちは知ったこっちゃないべ! 怪我人なら怪我人らしく、端っこ歩いてりゃいいだべよ!」
「……これだから、兵士科の脳筋馬鹿どもは嫌なんだ」
「おいおい、魔術科のガリ勉ちゃんが、イキってくれるじゃねーの」
帝国が運営する、国中から才能ある若者を集めて未来の帝国兵として育成する学舎においては、学年の途中から生徒の適正に応じた専門教育に枝別れしており、ユグドたちが所属しているのは、もっとも数が多い兵士科。
一方で痩せぎすの少年は、適正ある者が限られているために数が少ない、魔術科に所属する校章を胸元につけていた。
「なあおいユグド、こいつどうするよ? とりあえずシメるべ?」
「……やめとけお前ら。どうせ教官にチクられるだけだ。構うだけ時間の無駄だよ」
本当のことを言うとユグドもカッとなっていたのだが、悪友ふたりが目の前でイキっているのを見ると逆に冷静になってしまい、このあとの予定を考えると、あまり時間を消費したくないという気持ちになっている。
だがそうした素っ気ない態度はむしろ、
少年の矜持を傷つけてしまったらしい。
「……ふん。余裕ぶりやがって。精々今のうちに、調子に乗っておくがいいさ。お前らみたいな大量生産の兵士なんて、将来は僕たち魔術士に、こき使われるようになるんだからなあ!」
「はいカッチーン。おけおけ、そのケンカ、買ってやろうじゃんかよ」
「お偉い将来のエリート様に、忘れられない思い出をプレゼントしてやるべ」
もはや売り言葉に買い言葉。
完全に頭に血が上った悪友たちが、
後に引けない少年を追い詰めていく。
「……お前らなあ。まあもう止めはしないけど、オレは行くぜ? そこのお前ももう、こうなったら自業自得だからな? あとでギャンギャン騒ぐなよ」
「っ! おいこら、離せっ! 汚い手で俺に触るな!」
「はいはい、一名様、厠までご案内あ〜いっ」
「自分で歩けるうちは、とっとと自分の足で歩くべ〜」
「……あああああーっ! もう、みんな、なにやってるのよ!?」
抵抗する痩せぎすの少年を両脇から抱え、人目のつかない場所へ連行しようする悪友たちの背を、少女の怒声が引き止めた。
ギ、ギギっと、錆びた歯車が軋むように。
振り返る少年たちの額には、
冷や汗が滲んでいる。
「……え? あ、アイリス、ちゃん……?」
「おいユグド、お前まさか、この後の予定って――」
「――ああ、あいつの買い物の、お守りだよ」
この学舎にやってきた、直後に。
喧嘩を売って早々に『わからされて』いた悪友たちは、衛生科に所属する金髪碧眼の少女の登場に、引き攣った笑みを浮かべるのであった。
【作者の呟き】
ユグドくん、悪友たちと一緒に、学園生活を満喫しています。




