第三幕 僕の愉快な異世界ライフ ④
〈理樹視点〉
「……なるほどねえ。だったらまあ、『仕方がない』か!」
【へ?】
あれから……現在の理樹の肉体、もとい受肉体が、人間ではなく世界樹であると告げられた後で。
アンジェからそうなるまでの経緯を説明された樹理が漏らしたのは、そんな一言だった。
「だったらアンジェ、この際だからもっと詳しく、この世界のことを教えてよ! 知ってる範囲だけでいいからさ!」
【え、ええ、それはまあ……構いませんが……って、いやいや、理樹! 貴方本当に、私の話を理解していますか!? 貴方の預かり知らぬところで、私の勝手によって、貴方は人間を辞めてしまったのですよ!?】
「え? あ、うん、そうみたいだね」
いとも簡単にそれを受け入れる青年に、
天使は納得がいかないらしい。
【……私が、憎くはないのですか?】
「いやいや、それはおかしい。だって悪いのは全部、あの邪神じゃん」
脳内に響く悲痛な女の声を、慰めるように胸元の刻印に触れながら、理樹は素直な心のうちを吐露する。
「そりゃまあぶっちゃけ、いつの間にか人間から世界樹? なんかに転生してるのには困惑してるけど……でもそれは全部、アンジェが、僕を守るためにしてくれた結果なんでしょ? 話を聞く限りじゃキミは常に最善を選んでくれていたように聞こえたし、そもそもあの邪神の胡散臭さを承知の上で異世界に乗り込んだのは僕なんだから、一生懸命に頑張ってくれたアンジェに感謝することはあっても、八つ当たりする理由はなくない?」
それでも。
通常の人間であれば、許容できない理不尽に対して、不条理な発散を試みるのかもしれない。
だけど理樹は生産性のないそれを『仕方がないから』と割り切ることができる。
異常にして異質にして異端な感性。
前世において樹里自身が扱いあぐねていたそれが、今回は上手く作用してくれているようだ。
(……っていうか僕がこんな人間だから、前世の神様は僕を転移対象に選んだのかな? だったらここまでの展開はぜんぶ、神様の想定通りってこと?)
残念ながらその答えは神のみぞ知る類のものなので、たかだか新米世界樹に過ぎない樹里に、知る術はない。
なので答えの出ない問題は後回しにして、
時間を有効に活用する。
「それより、さ。アンジェ。さっきから転生とかドラゴンとかファンタジーな単語が出てきてるけど、ここってやっぱ、アレなの? 異世界ものといえばお約束の、剣とファンタジーな世界なの!? 転移前はけっきょく『規約ですから』って転移先の世界のこと教えてくれなかったけど、もういい加減に教えてくれたっていいでしょ? ねえねえねえ?」
【理樹……貴方という人は……】
そうした、非常識な青年の反応に。
天使は困惑し、しばし呆れて、それから納得したように。
【……まったく、この五十年間、うじうじと思い悩んでいた私がバカみたいではないですか】
「知ってる。ちょいちょいアンジェって、ポンコツになるときがあるよね?」
【私をそうさせるのは大抵貴方なのですから、少しは自重してくださいな】
「つまりおバカになるくらい、僕に夢中だってことでオーケイ?」
【それくらい惚れ込んでいなければ、天使が自ら権能になるわけがないではないですか。オーケイ?】
「そりゃそうだ。どうもありがとう。これからもよろしくね。愛してるよ、アンジェ」
【ええ、存じてあげておりますとも。私も愛しておりますよ、理樹】
などと、いつものやり取りに着地したところで。
コホン、とわざわざ言葉にして気持ちを切り替えた女の声が、脳内に響き渡る。
【そして……貴方のご期待通り、この世界は科学ではなく魔法が発達し、理の根幹に世界樹が据えられた、多種多様な人族と魔族が混在する幻想世界でございます】
「おお! やっぱりそうなんだ!」
【……というか、ほとんどの多元世界においては、このように魔力が文明の中核を成す世界観のほうが、主流なのですよ? 全体で見るならば、魔力ではなく科学という独自の着想を得て発展してきた我が主の世界こそが、特異点なのです】
けれども、その特異性ゆえに。
かの世界で生まれ育った人間の魂魄には、他の世界の人間にはほとんど見受けられない、希少な可能性を宿していることが、神々の間では認知されているのだという。
【本来であれば、世界を管理する神への信仰を忘れた人族と文明は、失敗作と見做されて排除され、人族の再誕と、文明の再生を繰り返すことになります。現に我が主の世界においても理樹のいた文明は、何度かの試行錯誤を経て到達したものであり、世界各地に残るそれら廃棄文明の残骸を発見しては、貴方たちはやれ超常遺物だの古代文明だのと、はしゃいでいたではないですか】
「うえー。キミたちから見たら僕たちの世紀の発見って、そんなふうに見えてたの? だったら生ぬるく見守ってないで教えてよね」
【それはできません。創造神様が設けられた規定において、世界の管理神と、その端末である天使などは、管轄世界に住まう人族との過度な接触を、禁止されています。例外として奇跡を起こしたり、福音を授けたり、夢の中で予言を与えたりすることもありますが、それらは特例であり、基本的に神々が人族に軽々しく接触することはありません】
「ふ〜ん。神様たちの世界もなんか、しがらみが多そうだね。まるで人間みたいだ」
【不敬な発言ですが、ある意味では間違っていませんね。人族も、神々も、ともに創造神を模して造られた存在ですから、規模は違えど、社会性や思考性において相似点が生まれてしまうのは、当然の帰結と言えます】
「あ、そうなんだ」
多くの神秘学者が瞠目する世界の真実を、さらりと流してしまう、神を信仰しても依存はしない独特の文化で生まれ育った青年である。
【少し話が逸れましたね。とにかく、通例であれば廃棄となるはずの理樹のいた科学文明ですが、我が主である上位神の、さらに上座に君臨される創造神様から直々に『稀有な魂魄を生産する特異点』として認められたために、特例として廃棄を免れて、今でも文明の存続を許容されているのです」
「要するに、全体としては劣っているけど、一点集中で他にはない技術を有する、日本の町工場みたいなもの?」
【正確ではありませんが、概ねその認識で間違いないかと】
「でもけっきょく、その創造神サマっていったい、何がしたいのさ? アンジェの話だとソイツが無数の世界を造って、それを管理する神様や天使を置いて、人間の進化と文明の発達を見守ったりやり直させたりしてるみたいだけどさあ、そんな面倒なことをして、いったい何が目的なんだろ?」
【その答えは、創造神様のみがお持ちになられるものであり、かの高みに至っていない私たちなどが、とうてい辿り着ける境地ではありません。しかし創造神様はどの世界においても人族に対する『試練』と『恩恵』を用意されているため、それらに正しく挑み、乗り越え、やがて到達する場所こそが、創造神様が私たちに求められるものではないかという、推測はできます】
「クエストとボーナスは用意してやるから、見事ゲームをクリアしてみろー! でもズルやチートは許さないし、分岐をミスったらコンティニューなしのリセットだからね? って感じ?」
【甚だ遺憾ですが、ゲーム脳に変換されると、そうなりますね】
「う〜ん、なかなかのクソゲー仕様。創造神様って、少なくとも運営の才能はなさそうだ」
【そもそも神々と人族とでは、どうしても埋められない倫理観や価値観の齟齬がありますからね。いくら言葉を尽くして真理を説いたところで、未熟な貴方たちではどうしても、許容できない部分はあるでしょう。永遠に理解し合えない、男女の溝のようなものです】
「それ言われちゃうと、男は何も言い返せなくなっちゃうやつ〜」
【それでも諦めず、理解しようとする姿勢にこそ、意味があり、価値が生まれるのです。わかっていますか?】
「あ、はい。ごめんなさい」
これは絶対に勝てない戦いだ。
理樹は早々に白旗をあげた。
【よろしい。ともあれそのような理由で、各々の世界に用意されている神の『試練』と『恩恵』ですが、この世界におけるそれらの最たるものが、この世界樹と魔樹迷宮、そして魔族なのです】
【作者の呟き】
長くなってしまったので説明回を分割します。
相変わらず、要点をまとめるのが下手クソな作者ですね。