間幕 ②
〈ユグド視点〉
ユグドが十歳になった頃に。
同年代が集められた村の腕試し大会で見事優勝を勝ち取った彼は、村長が後見となることで、帝国が毎年募集している兵士育成教育機関……通称『学舎』に、入学する運びとなった。
「見てろよオフクロ! オレは最強の兵士になって、戻ってくるからな!」
「はいはい。最強はどうかはともかくとして、向こうではあんまり無茶しないでおくれよ。こっちは気長に、期待しないで待ってるからさ」
「にーちゃん、がんばれ〜」
家族に見守られ、生まれ育った村を離れて。
ユグドと同じような境遇の少年少女を各村で拾いながら、馬車に揺られること一月ほど。
千年帝国の名に相応しい、見事な外壁に四方を囲われたファスティア帝国における首都の威容に、ユグドをはじめ、未来の帝国兵たちが瞳を輝かせた。
「すっげーっ! でっけーっ!」
「なにあれ、あんな大きな壁、見たことないよ!? お家が何個入ってるの!?」
「ばっか! もう、何個とかじゃねえよ! そりゃもう……たくさんだよ!」
「あれが王様の、治める街かあ……やっぱ村とは、ぜんぜん違うや」
「とにかく美味しいものが食べたい! あるよね!? いっぱいあるといいな!」
目的地が近づくにつれ、日に日に期待感を膨らませてた少年少女たちであったが、現実感を伴った光景を目の当たりにするなり、昂揚が爆発してしまったようだ。
帝都到着を目前として。
その全容を一望することができる丘の上で幌馬車を停めて、小休憩をとっている間も、乗員らの興奮は一向に収まる気配がない。
それどころか荷台を覆う幌に登って、胸を張り、堂々と全身に風を浴びる猛者もいた。
「あれが……帝都っ! ここからオレの、伝説が始まる……っ!」
旅の道中で拾った木の棒……名前はエクスカリバー……を帝都に突きつけ、悦に浸る赤茶髪の少年こそが、ユグドその人である。
「もう……ユグドくん! 他の人の迷惑になるでしょ!? 私たちまで恥ずかしいから、早く降りてよ!」
「げ、アイリス!」
「げって何よ!? げって! 女の子にそんなこと、言っちゃダメなんだからね!」
「はあああ? いったいどこに、女の子様がいるってんだよ!? キーキーうっさい山猿ならいるけどなあ!」
「むっきいいいっ!」
ユグドに類人猿扱いされて、猿叫めいた怒声を漏らすのは、金髪碧眼の少女である。
ユグドの少し前に、他の村から帝都行きの馬車に乗り込んだのだというこの少女は、現在では十名程度にまで膨れ上がった同乗者たちの引率役の座を巡って、日々熾烈な争いを繰り広げていた。
彼がわざわざこんな目立つ行為をしているのも、そうした立場争いが背景にある。
「そうよそうよ!」
「ユグドくん、早く降りなよ! アイリスちゃんが怒る前に!」
「ユグド〜、もういい加減に諦めようぜ〜」
「キミは多勢に無勢という言葉を、学ぶべきですよ?」
ただし支持者の比率はすでに九割がた、敵対候補に傾いているのだが。
「う、うるせえよテメエら、猿女なんかにペコペコしやがって! それでも未来の帝国兵士かよ!?」
「あ、またサルって言った! もう許しません、ユグドくんには反省してもらいます! 実力こーしです!」
「はあ!? えっ、チョまっ、聖浄魔道具は卑怯だろ!?」
「どーんっ!」
狼狽えるユグドに向けて、アイリスが構えるのは、両親から護身用にと渡されたらしい、杖型の聖浄魔道具であった。
少女が片手で握れる規格の魔杖。
小さな杖の根本にある小石程度の聖浄石が、持ち主の魔力に反応して発光すると、先端から風の飛礫が射出されて、不安定な幌馬車の上にいた少年を強かに打ち据えた。
「いっでえ! だからアイリス、それは卑怯だって! 兵士なら正々堂々と剣で勝負しろよ!」
「何度も言うけど私は兵士じゃなくて、みんなを癒す衛生兵なんだから、そんな屁理屈には乗りません〜っ!」
「はっ! テメエみたいな凶暴な衛生兵がいてたまるか! 野蛮人が、森へ帰れ!」
「あ、また悪口! もう今日という今日は、もう許さないからね! 全裸にひん剥いてやる!」
「発言が蛮族通り越して山賊なんだけど!?」
「「「 ………… 」」」
ちなみにこの時点で、事あるごとに見目麗しい少女に挑発的な物言いをする少年の胸中を、馬車に同乗する少年少女たちはほぼほぼ察していたのだが、残念ながら当事者たちだけが、周囲の生暖かい視線に気づいていなかった。
【作者の呟き】
帝国兵になるため村を出たユグドが、同じ目的で帝都に向かう、アイリスという少女と出会いました。