序幕 とある世界の滅亡
〈???視点〉
仮にもし、偉大なる創造神が地獄を創りたもうたならば、それはこのような光景だろう。
『フルルルウ……ウオオオオオ――ンッ!』『ギッ、ギッ、ギシイイイイッ……』『キシャアアアアアッ!』
高濃度魔素によって、
景色が歪んだ地平の向こうから。
数えるのも馬鹿らしいほどの魔獣が、波濤のように押し寄せてくる。
狼型、蜘蛛型、蛇型、熊型、猿型、鳥型と、多種多様な魔獣たちが一団となって迫り来る光景は、対峙する人族に、この聖戦が始まるまでは久しく忘れていた、本能的な恐怖を呼び起こさせた。
「ひ、退くな、勇敢なる帝国の兵士たちよ! もはや我らに、退路はない! 我らの背後に控えるは、無辜なる民草ぞ! 不浄なる魔獣など、一匹たりとて帝都の庭に招き入れること、看過できぬ! 身命を賭してここで食い止めよ!」
ほんの十年ほど前までは、千年帝国とまで謳われた、ファスティア帝国。
大陸でも有数の規模を誇る首都を、
グルリと囲う外壁である。
その正面にて。
この場において専守防衛を言い渡された帝国貴族の高官が馬上から声高々に鼓舞するが、応える声は少ない。当然だ。度重なる魔族との戦いによってすでに帝国軍の兵力は枯渇しており、この場にいる者たちの大半は、街中から徴募された民間人である。
本来ならば守られる立場の者へ、声高々に高貴なる義務を果たせと言ったところで、受け入れる者は少数だ。
それでも彼らは大切な家族を、友人を、恋人を、祖国を守るために、各々の武器を手にして、戦場に立っていた。
そんな人間たちの気概を嘲笑うように、
魔獣の軍勢が牙を剥く。
『ガオオオオオ――ンッ!』『クエエエエッ! クエエエエエッ!』『ギチギチギチギチギチギチ……ッ!』
「ひいっ、く、来るなあ!」
「ぎゃああああ! 足が、オイラの足がああああっ!」
「……クソっ、もう魔力切れだ! 誰か替えの聖浄石持ってねえか!?」
「ふざけんな魔族ども! 俺たちがいったい、何したってんだ!」
「うう……神よ……勇者様よ、我らを救いたまえ……っ!」
外壁からやや距離を置いた戦線にて。
魔獣の大群と接敵した直後こそ、帝国軍は多少の奮戦を見せたものの、他勢に無勢のうえ、頼りの綱である聖浄魔道具は、動力源である聖浄石の供給を欠いている状態である。
兵士としてまともな訓練を受けていない即席兵らに、押し寄せる魔獣を押し留めることは、不可能であった。
じきに防衛戦線に穴が空いて、防波堤が決壊するように、崩壊が連鎖していく。
「もう駄目だ、帝国はお終いだ!」
「ちくしょう……魔族どもめ、呪ってやるぞ! 地獄に落ちやがれ!」
「神よ、勇者様のお慈悲を忘れた畜生どもに、天罰を与えたまえ!」
ある者は絶望を。
ある者は呪詛を。
ある者は慈悲を。
それぞれの想いを口に、果てていく人族の中にあって、なお輝く者たちがいた。
「諦めることはない、勇敢なる帝国の兵たちよ! ここには僕たち、〈帝国の翼〉がいる!」
翼と剣を組み合わせた紋章入りの外套を羽織る一団が突出して、各々の聖浄魔道具を振るうと、炎が、氷が、風が、咲き乱れて、眼前の魔獣たちが一掃される。
「ええい、冒険者風情に遅れをとるな! 聖槍騎士団、突撃である!」
〈帝国の翼〉を名乗る冒険者たちに続いて、光輪と槍を組み合わせた軍旗を掲げる騎士たちが、統一された槍型魔道具を構えて、一斉に騎馬突撃を敢行。
前方に魔力障壁を展開した騎馬隊が、魔獣の群れを縦横無尽に引き裂いていく。
「……おお、あれはS級冒険者の〈帝国の翼〉じゃねえか!」
「あっちには帝国四大騎士の一角、聖槍騎士団までいるぞ!」
「前線に出てきてくれたのか!」
「これなら……勝てる!」
「まだ帝国は終わってないっ!」
絶望的な状況であるからこそ、
眩く輝く希望の光に照らされて、
兵士たちの心にふたたび闘志が灯った。
直後である。
「――きゃはははっ! うっさい、ザーコどもめっ♡ 最後まで後ろで縮こまっていた臆病者ちゃんが、今更カッコつけてるとかマジウケるんですけど〜っ♡」
血臭の漂う戦場に響き渡ったのは、
場違いに陽気な少女の声だった。
「お、おい、あれ……っ!」
「で、出たあ!」
「樹面の凶戦士どもだ!」
恐れ慄く兵士たちの視線の先には、帝国の強者によって屠られた魔獣の向こうから、悠然と歩み寄ってくる複数の人影がある。
帝国軍のような鎧ではなく、魔獣素材由来の民族衣装めいた服に身を包み、口元以外の顔を奇妙な木彫りの仮面で覆い隠した人型は、それぞれが遠目にでもわかるほどの、濃密で重厚な魔力を纏っている。
先頭に立つのは、褐色肌の小柄な少女であった。
パンパン、と手を叩きながら。
愛くるしい美貌に悪意を湛えて。
少女の弾んだ声が戦場に響き渡る。
「はいはい、お疲れちゃ〜んっ♡ ザっコどものイキりタイムは終了でえ〜すっ♡ 自分よりも弱い魔獣をイジメて、満足しましたか〜? じゃあ今度はアンタたちよりも強い魔人らが、人族らをイジメる番でえ〜すっ♡」
砂糖をまぶしたように甘ったるい声音に、戦場の風に揺られて靡く、桃艶色の二股長髪。
身に纏っているのは他の人型と同様の民族衣装と樹面だが、肌面積の露出が非常に大きく、幼いと表現できる容姿に反して、胸元が異常なほどたわわに実っていた。
本人の顔すらもゆうに超える、
特大果実を二つもぶら下げて。
こちらもずっしりと重量感を感じさせる臀部を挑発的に振って、腰をくねらせる少女の尻根からは、槍のような細長い鱗尾が生えている。
背中からは蝙蝠じみた羽が左右に伸びており、褐色肌の少女がトンッと地を蹴ると、異性の歪んだ欲望を凝縮したような肢体が、宙に浮いた。
「それじゃあパーパの奴隷ども、やっちゃえ〜っ♡」
滞空する少女が号令をかけると、
樹面の戦士たちが動き始める。
強者の気配を纏う人型の襲来を、
帝国の精鋭が迎え撃つ。
「させない! ここは僕たち〈帝国の翼〉が――ぎゃああああっ!?」
「貴様らが噂に聞く、魔神の尖兵か! 栄えある聖槍騎士団の、相手にとって不足な――があああああっ!?」
しかし両者の戦闘は、
あまりに一方的な殺戮であり。
一分と保たずに壊滅した冒険者たちと騎士団の姿が、彼らによって鼓舞されていた兵士たちの心を、粉々に打ち砕いた。
「……ううっ、もう、無理だ……」
「……ごめんなさい、ゆるしてください、ごめんなさい……」
「な、なんでもしますから、どうか命だけはっ!」
膝を折って。
武器を捨てて。
首すら垂れながら。
浅ましくも生に縋ろうとする人族を、上空から、少女の酷薄な笑みが見下ろす。
「いやいや、アンタたちみたいなザコどもなんて、生きてる価値ないよね? わざわざ生かす価値がないよね? 創造神様の教えを忘れて、パーパに噛みついた時点で、アンタらの運命は決まってたのっ! だからこれは、アンタたちが、自ら選んだ結末なんだから、観念して受け入れなさいよねっ! きゃははははっ♡」
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これは、絶望の物語。
人の業が織り成す憎悪の循環。
とある世界が破滅へと向かう、滅びの物語である。
【作者の呟き】
というわけで、相変わらず作者の癖が全開な新作です。
ひとまず第一部の完結までは書き上げておりますので、甘口のハーレムや異世界無双もいいけど、たまにはビターに味変したいよねと思う読者様がたに、楽しんでいただければ幸いです。
m(_ _)m