あと84日、熱気を帯び始める、我が櫻ヶ丘高校。
10月1日。
今日から冬服解禁の日だけど、昨今の温暖化の煽りを受けているのか、本日も本日とて最高気温26度。
教室内では未だに夏服が大多数を占めていた。
かくいう僕も半袖のワイシャツという恰好で、こうして学級委員長が佇む黒板へと向かっている。
これまたメガネ女子委員長は、息を大きく吸い、そして――――――。
「……それでは、2-Aの出し物を決めていきます!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
っしゃあああああああああああああああ!!!!!!!
来た来た来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
野太い雄たけびの中に、女子の歓声。
こういう景色を見てみると、ウチのクラスって仲いいよな……。
僕と早乙女、という犬猿の仲が既にクラスに存在しているため、それを超える人間関係の悪さは存在しない。
櫻ヶ丘高校は「勉強しろ―」「大学に行けー」という勉強を強制する、いかにも自称進学校の校風も相まっているだろう。
日々圧迫されている心の死んだ亡者故に、忘れていた感情を爆発させているのだ。
「それじゃ、何やりたい?」
「劇!」
「コスプレ喫茶!」
「お化け屋敷!」
「縁日!」
「焼き鳥屋!」
黒板が次から次へと、皆の願望で埋まってゆく。
ちなみに。
各クラスの出し物の被りは厳禁であるため、何個か候補を立てた後、文実の方で調整をかける手筈になっている。
……最も、卒業を控えた三年の希望を最優先する裏事情こそあれど、そこまで毎年モメたりすることは無いらしい。
「凪は何がやりたい?」
隣の席の哲がいかにもテンション上がってます!といった表情を僕の顔を覗き込んでくる。
「……僕は、できるだけ楽な出し物がいいな。
文実もあるから、学級の準備にはそこまで参加できないだろうし……」
「まぁ、そりゃそうか」
「もちろん、手伝いはするつもりだけどね。
劇やるにしても裏方とか……、喫茶だったら宣伝とか……」
別に、僕も櫻高祭が億劫なわけではない。
人並みに一年に一回のイベントを楽しみたい気持ちももちろんあるし、こういういわゆる「青春系の行事」には憧れこそある。
でも。
「やりたいこと」と、「できること」は違う。
自分に「できること」は分かっているつもりだった。
「哲は何したいんだ?」
「男なら黙って、ジェットコースターだろ!!」
ドンっ!という擬音が似合う堂々とした佇まいで、哲はその場に起立した。
「はい、横山君……ジェットコースター……っと」
委員長が黒板に自身の出した提案を書く様子を、満足げに見ている哲。
「……大丈夫か?
多分めちゃくちゃめんどくさいぞ?
廃材とか調達しなきゃだし……」
「承知の上だっ!!」
おう……、そうか……。
昨年も当時の三年が、「ワクワクドキドキジェットコースター」という出し物をやっていたが、その実、幼児がデパートで乗るような安っぽい機関車のアトラクションみたいになっていた。
要は、その労力と完成度が見合わないのだと思う。
しかし、それを説いたところで哲の意志は固そうだ。
「……大分出揃ったかな?
それじゃ、多数決採るよ。
一人一回手を挙げてね」
これで決定でもないわけだし……。
無難な「縁日」辺りにでも手を挙げておくか。
ターゲット層を完全に子供に限定してはいるものの、準備することも少なそうだ。
「じゃあ……次ね、縁日!」
「(スッ)」
うわ、少な。
教室を見渡せば挙手しているのは僕を含め、たった二人。
しかも、その人物は……。
教室内の空気が俄かにピりつく。
それもそのはず。
手を挙げていたのは……早乙女一華。
ある意味、文実を決めたとき以来の注目を集めていた。
「……はい、二人ね」
しかし。
僕達も特段、反応することもない。
委員長もそれに触れることなく、黒板に「2」と書き、次の候補を聞き始める。
ホッとした雰囲気の皆。
毎回毎回こんなことで騒いでいたら、それこそ皆に迷惑だ。
奴が何を希望しようが、はたまた、それが僕と被ろうが、別にどうでもいい。
「二つくらいまで絞るように、文実から言われているから……。
とりあえず「お化け屋敷」と「コスプレ喫茶」かな」
納得の結果だ、というように頷くクラスの面々。
対して隣の哲は絶望的な表情を浮かべていた。
ちなみに「ジェットコースター」には哲しか手を挙げていなかった。
予想通り予想通り。
「じゃあ、これで文実に上げるね。
二人ともよろしくー」
委員長の発言に、軽く手を振って応える。
ここから先は本日行われる定例会にて決定。
皆の期待を一身に背負い、いざ!
***
定例会では、各々のクラスで上がった出し物を共有し、「日程調整、団体統制」組が振り分けるという手筈だった。
各クラスの文実がそれぞれのクラスで出た出し物を黒板へと記入していく。
見た感じ、大きな被りこそないものの使用教室の分担等々がダルそう。
場の提供ができるかどうかも考慮点になってくるのか……。
まぁ、僕には関係がないからどうでもいいかぁ!
「じゃあ、全体での確認は以上。
あとは各々の職務を進めておいてほしい」
メガネ委員長がそう告げると、ワイワイガヤガヤと視聴覚室を出ていく者たちやら、残って自前であろうノートを開きカタカタと打ち始める者。
そして……、楽し気に談笑を始める者。
五人ほどのグループの中に早乙女もいた。
隣には彼氏。
その大多数が三年生……だろうか。
二年生の姿は早乙女だけだ。
「マジでそれ有り得なくねっ!?」
「お前マジでキモいんですけど!!」
何を話しているのか、えらく盛り上がっている。
他の人のことも考えず、尚且つ仕事を始める気配のないお前らの方がキモいんですけどー。
僕は僕とて、委員長からプリントアウトされた、事前に連絡を取らなくてはいけない地域団体の一覧へと目を通す。
えぇと……、模擬店開設にかかる保健所。
当日来訪予定である最寄りの幼稚園、保育園。
町内会の重役への当日出席確認。
諸々要点を取りまとめて、連絡をする必要がある、らしい。
……めんどくさい。
でも、分担すれば何とかなりそう……。
僕は他の「外部渉外」のメンバー達へと目線を送ると、既にそこには誰もいなかった。
何度周りを見ても、先日確認したはずの同胞たちの姿はない。
「なん……だと……?」
帰った……?
いや、そんな馬鹿な……。
そんなことあるはずがない。
きっと僕の知らないところで働いてくれているんだ。
そうだ。
そうに違いない。
「……あの、委員長」
「……ん?
どうした?」
僕は意を決してメガネ委員長に声をかけた。
「あの、外部渉外の人たちって……」
「……あぁ、部活やら何やらで欠席の連絡が入っているよ。
だから、唯一の出席者である君に、プリントを渡したんだけれど」
背中に雷を打たれたかのような衝撃。
うそ……だろ……(二回目)。
思い返せば、先ほど視聴覚室を出ていく面々の中に、何人か同僚の姿を見たような気がする……!
「部活や用事は仕方がないからねぇ」
呑気にそう言って笑う委員長。
アホか!
そんなの嘘に決まっているだろ!
皆やりたくない仕事を押し付けて、さっさとトンズラこいたに決まっている。
クソ……こういう時、実害を被るのはいつだって「帰宅部」だ。
今この瞬間ほど、何か部活に入っておけばよかったと思ったことはない。
「とりあえず、いる人でやるしかない。
頼んだよ」
「……は、はい」
有無を言わさぬ姿勢に、僕はもう諦めた。
悲しいことに、諦めることには慣れている。
委員長に文句を言ったところで、サボり連中が戻ってくるわけじゃない。
無駄なことにカロリーは使いたくない。
僕はそのまま自席へとも戻り、こめかみをグリグリと押した。