あと89日、文化祭実行委員会開始。
9月26日。
時刻は16時15分。
普段は授業で使われている視聴覚室に文化祭実行委員が集まっていた。
その数、大体30人程。
一クラス二人+生徒会であるわけだから、そりゃ当然そんくらいの人数にはなる。
そして。
僕の隣には、心なしか少しテンションが高い?と思われる早乙女の姿があった。
昨日までは僕同様地獄のような表情をしていたはずなのに、一体どういう風の吹き回しだろうか。
何なら先ほどは他のクラスの知り合いと呑気に談笑までしていた始末。
さすがに文化祭実行委員の仕事が楽しみ、というわけではないだろう。
しかし、定刻のギリギリ、視聴覚室に入ってきた面々を見て、僕は早乙女のテンションが高い理由を理解することになる。
今しがたやってきた三年生の集団の中に見知った顔。
「っ……!」
その人物に小さく手を振っている早乙女。
なるほど。
――――――彼氏だ。
この前の祭りで、早乙女の隣を歩いていた甚兵衛姿。
いかにもモテそうな高身長イケメン。
彼氏が文実メンバーにいるが故の早乙女の上機嫌。
話が見えてきた。
「……それじゃ、定刻になったので出席を取ります」
生徒会長と思しき男子生徒が一年から順番にクラスを呼んでゆく。
そして、当然の流れとして、僕らのクラスが呼ばれる。
「2-A」
「はい」
「はいっ!」
軽く手を挙げた僕に対して、早乙女は授業中手を挙げる小学生の如く何ともご立派な返事。
……うわぁ。
キモい。
キモすぎる。
この場に彼氏がいるからテンションが上がっている女子高生、キモい。
手のひらをかえす、という表現が正しいかどうかは分からないけど、おおよそそれに近しい状況。
隣で露骨に眉根を潜めてみたものの、早乙女自身そんな僕に気付く気配なんてない。
おおよそ「空気」くらいにしか思っていないんだろう。
次から次に出席がとられ、そして「3-D」と呼ばれ気だるげに返事をする早乙女の彼氏。
転瞬。
嬉しそうに表情を綻ばせる女が一匹。
はいはい、よかったですねー。
「……それでは、全員揃っていますね。
俺は生徒会長兼櫻高祭実行委員長の牧陽太です。
よろしく」
いかにも真面目そうなメガネ君が軽く頭を下げると、パチパチと気持ちのこもっていない拍手が、視聴覚室中を包む。
「それじゃ、手元のレジュメを見てください。
実行委員の仕事としては、以下のものが挙げられます」
言われるがままにペラ紙一枚の資料に視線を落とすと、そこに書かれているのは「外部渉外」「日程調整、団体統制」「広報宣伝」「会計」「保健衛生」「議事記録、雑務」とこれまた馴染みのない漢字の羅列。
「これらの職務を今から分担したいと思います」
……なるほど。
となると、僕がやるべきことはいかに楽そうなところを狙うか。
とはいっても所詮、高校の文化祭レベルだと思うからそこまで熟慮する必要はないと思われ。
……「保健衛生」辺りを狙えばいいんじゃないだろうか。
書類の取りまとめとかしかなさそう。
うん。
安直な考えだろうけど、無難。
委員長はそれぞれの職務について立候補を募ってゆく。
「外部渉外」「日程調整、団体統制」「広報宣伝」……と、手を挙げる人はまばら。
だって大変そうなんだもの……。
いずれも対人を想定した職務。
余計なストレスを抱えそうなのは目に見えている。
そして。
「……それじゃ、保健衛生」
バッ!
バッ!!
バババッ!!!
皆待っていました!と言わんばかりの挙手。
……何だ。
考えることは同じだったか。
「……人数が多いね。
これはジャンケンかな?」
……まぁ、ですよね。
然るべき人数へと絞るために、その後「第一回チキチキ保健衛生の称号争奪ジャンケン大会」が開催され、――――――僕はしっかりと負けた。
弱い。
弱すぎる。
一回戦と称された生徒会長との全体ジャンケンで早々に敗北。
もういいや、何でも。
かくして僕は「外部渉外」というストレスフルであろう職務に就くことが決まった。
めんどくさそう……。
ちなみに早乙女は彼氏共々「日程調整、団体統制」と所属を決めていた。
絶対口裏合わせてたろ……。
「一緒にお仕事頑張ろうねっ!」とか言ってたに違いない。
早乙女に対する嫌悪感を募らせているうちに、全体の所属が決定したようで、委員長は再度僕らの目の前で咳ばらいをした。
「これで決定だね。
残り少ない期間だとは思うけど、一年に一回のお祭り。
皆で絶対に成功させよう」
おー。
軽く拳を握り、上へと腕を伸ばしかけたところで、そんな雰囲気じゃないことに気付きやめた。
え……?
皆やる気はないのか……?
僕自身、やる気はもちろん無いけど……。
「それじゃ、来週から本格始動。
それに伴って定例会も開いていくから各自出席をお願いします。
今日は解散」
委員長がそう告げた瞬間。
蜘蛛の子散らすように教室から出ていく文実の面々。
その様子を見るに、めんどくささが圧倒的に勝っているのは想像に難くない。
早乙女も早速彼氏のところへと足を運んでいて、何やら楽し気に話している。
しかし。
職務が異なれば、そこまで顔を合わせることもないだろう。
早乙女との文実ライフに一筋の光明が見えた。
関わらなくてもいいのなら、めちゃくちゃ楽。
ほっと一息、胸を撫で下ろしたところで僕も帰路につくために、視聴覚室を後にした。