あと101日、秋祭り。
9月14日。夕刻。
拝殿へ至る階段の前、多くの屋台が軒を連ね大勢の家族連れや小学生、そして僕達と同年代と思われる若者達でごった返していた。
ここは、高校の最寄りにある神社。
その秋祭り。
地元でも同様の催し物はあったけど……正直、中学の時の同級生に会う可能性がある以上、僕には足が重い。
まぁ、別に地元で無くとも、誰かに誘われでもしない限り、こういったイベントに行く機会なんてない。
「おお~……、結構色々売ってんなぁ。
あっ、俺ベビーカステラ食いてぇ!」
トコトコと早速屋台の方へと走り出す17歳(精神年齢7歳)の後を追いながら、僕はその後を追う。
突拍子も無い哲の提案が飛び出したのは、昨夜。
『祭りに行こうぜ!』
そんな通知がスマホに入り、僕の参加の可否を問うまでもなく、集合場所と時間が送られてきた。
……哲とは違って、どうせ暇な身だ。
断る理由も無く、こうしてはせ参じた次第である。
「……おい、焼きそばもあるぞ!
凪、二つ買ってこい!!」
ポ〇モンバトルみたいな掛け声と共に、目的の屋台を指出す哲。
その両手には早速お目当てのベビーカステラが握られ、端から見たら間抜けそのものだ。
「……いきなりエンジンかけすぎじゃない?
昼飯食ってないのか?」
「食ったけど、普通に腹減ってる!!」
もむもむと咀嚼をしながら、哲は恍惚とした表情を浮かべている。
美味しそうで良かったですね……。
哲は今の今まで絶賛部活があったため、それ故の空腹かもしれない。
陸上部のジャージを着たその姿は、育ち盛りの男子高校生そのもの。
***
「うっめぇ~~」
境内へ続く階段に腰掛けながら、行儀悪い事承知の上で戦利品を石段に広げていた。
僕の買ってきた焼きそば、そして、自分で購入したと思われるお好み焼きを交互に口に頬張りながら、これまた幸せそうな表情の哲。
まぁ……、哲の気持ちも分からんでもない。
屋台の飯って、この時、この瞬間だけ、というライブ感も相まって、めちゃくちゃ美味く感じるよな。
というか人が食ってるの見てたら、僕も腹が空いてきた。
「……ちょっと貰うよ」
「ひひよ!ふえふえ!!(訳:いいよ!食え食え!!)」
まだ手につけられていない二つ目の焼きそばを手に取り、中を開ける。
すると、いかにもパッサパサで口の水分を全部もってかれるような、そんな乾燥した麺とご対面。
哲よろしく口に思い切り頬張ると、焦げたようなソースの匂いが鼻に抜け、予想通りのパッサパサの麺が口の水分を全部吸い取ってゆく――――。
「……うん。
美味い」
「ちょっと」とは哲に言ったものの、一口食べるとますます食欲が沸いてきた。
哲には申し訳ないけど……もう少し食べちゃおう。
ってか、僕が買ってきた焼きそばだし。
「ってか、結構櫻高生来てるんだな」
「……?」
無言で食べ進めていたところ、哲の目線の先には、どこかで見たことのある顔。
あれは……多分、同じ学年の男子グループ。
もちろん話したことはなかったけど、見たことは何度もある。
それこそ、この神社が学校から近いということもあるのだろう。
夜が深まるにつれて、見知った顔がチラホラ増えてきている気がする。
「知り合いいたら声かけよーぜ」
買った炭酸飲料を思いっきりあおる哲。
「うめー!!!」
「……僕も何か飲み物買ってこようかな」
さすがにここまで口の中がパサパサだとしんどさが勝る。
「ちょっと行ってくるよ」と哲に断り、僕は石段を離れた。
***
「……」
九月も中旬に突入し、日没が早くなってきている気がする。
既に空は夜と言っても良いのではないかと思うほどの漆黒。
祭りもいよいよ本番。
人通りも先ほどよりも多く、歩くのも気を使わなければいけなかった。
不意に。
目線を送った先にいた二人の男女。
楽しげに笑い合いながら、屋台の金魚を覗き込んでいる。
別にカップルなんて珍しくない。
祭りを謳歌している男女なんて、そこら辺に腐るほどいる。
それでも、僕の目に留まったのは、ポジティブな理由からではなかった。
「……うわ」
見たくない顔をみてしまった。
早乙女一華。
何か、最近よく会う気がする。
数日前の掃除然り……。
早乙女は朝顔柄の浴衣を着ていて、普段は下ろしている髪もアップに。
メイクも夜に映えるようにしっかりめにしているのだろう。
普段とは大人びた、実年齢に似つかわない見た目。
隣にいる甚兵衛姿の男の方は、180センチ近いと思われる高身長に、爽やかな笑顔を早乙女へと向けている。
この前電話していた彼氏……だよな、多分。
二人とも自分達だけの世界を醸し出していて、それを見ている僕には気付く様子もない。
というか、むしろそれでいい。
今はただ通行人に徹することがベター。
早乙女も彼氏との楽しい一時に、僕の顔なんて見たくないだろう。
一刻も早く目的を達成して、哲の所へと戻ろう。
本当は嫌だったが、丁度二人の後ろに人一人通れるくらいのスペースがあったため、そこへと体を滑らした。
「っ……!」
「……!」
僕は本当に、間が悪い。
通り過ぎる瞬間、僕は早乙女の方を見てしまった。
そのタイミングで、早乙女もこちらへと目線を送ってきた。
つまりはどういうことか。
「「……!!」」
二人の間に交錯する視線。
もちろん、早乙女は意図していたわけじゃないと思う。
これは最適解だ。
―――――知らない振り。
早乙女は何事も無かったかのように、彼氏へと笑顔を向けた。
僕もごくごく自然に目線を元に戻し、歩みを進めた。
「ねえねえ、あっちのお店見に行こ~」
彼氏の甚兵衛を引っ張りながら、二人はやがて人混みの中に消えてゆく。
――――見たくないものを見てしまった。
僕は性格があまりよいほうではないのかもしれない。
早乙女の楽しそうな姿を見て、僕はただひたすらに腹が立った。
理由なんてない。
敢えて言うとしたら、「嫌いな人間」だから。
それが早乙女一華だから。
自然に生まれた感情の正体。
それは。
僕は未だに早乙女を許していないんだろう。
あの荒んだ過去が氷解して、和解することなんて金輪際、未来永劫無いことを確信し、僕はただ人混みをかき分けて目的地へと目指す―――――。