今宵
部長が書けなかったので一年生に回しました
『それで、どこに行くんだ?』
スマホの中からともちんが話しかけてくる。
「だから、彼女と完璧なデートを練習するのにふさわしい場所だよ。まあ、特に決まってないんだけどさ」
ともちんに彼女の呪いを説明しながら、僕は家の最寄り駅に向かっていた。
彼女に呪いの話を聞いてから、僕はある決心をしていた。
初めてできた彼女を初デートで死なせるわけにはいかない!
そもそもダサいデートなんかしたくないし、そうでなくても頑張るのだが。
「とりあえず、横浜の方に出るか」
『何で?』
「一応、僕の予定ではクルーザーに乗って、その後は港で夜景を見て……」
『え、初デートで?』
「うん。指輪も渡すつもりだよ」
そう言うと、ともちんは一瞬黙った後、わざとらしくため息をついた。
『……分かった。友達として、こんな状態のヒロキチを見捨てられない。』
ともちんがスクリーンで胸を張る。
『俺が完璧なデートプランを教えてやる!』
『まず、無計画なデートは一番ダメだ。歩き回らせて、相手が疲れちゃうからな。場所としてオススメなのは映画館か水族館。理由は分かる?』
「人気だから?」
『それだけじゃない。どちらも話題が作りやすい上に、少し暗いところだからだ。人は暗いところの方がビジュアルが良く見える。クルーザーは、そうだな……、最初はもっとメジャーな方が良いんだよ』
「ふ~ん、そういうものか。だからここに来たの?」
僕は八景島駅の改札を通り、青い空に目を細める。
『そうだ。この距離だと、お昼ご飯は必須だな。となると……』
「マックはあるね」
冗談交じりに駅のすぐそばのマックを見ながら言うと、案の定スマホから怒鳴られる。
『ファストフードなんて論外! 歩きながら良いお店を探すぞ』
「は~い……」
少し面倒だけど、これも彼女のためだ。
『高級店じゃなくて良い。でも、ちょっとしたイタリアンとかが良いな』
「レストランプラザがあるから、そっちに行ってみよう」
向かっている間にも、ともちんのご教授は続く。
『あと、予約とかは自分一人で済ませておくと良い。「ちゃんと予約してあるから」ってその場で言うと、驚きもあってキュンとするだろ?』
「そういうものか。でも、驚きならサプライズで指輪を渡そうと思ってるんだけど」
『う~ん、そうじゃないんだよなぁ……。初デートで指輪はちょっと……、高いっていうか? そんなにすごい物じゃなくて良い。彼女に気を遣わせたら悪いだろ?』
「確かに」
『品物だったら、ハンカチとかハンドクリームが良いと思う。多少高級なブランドでもそこまで値段は張らないし。メジャーなブランドでも十分だ。例えば、フランフランとか』
「そもそも、ブランドとか全く知らないんだけど」
『高級なブランドなら、ジル・スチュアートとかポール・アンド・ジョーとか』
「ポーランド城?」
『……』
画面の中でともちんが無言で頭を抱えた。
あれ、聞き取れてなかったかな?
『まあ良いや。プレゼントは今度また買いに行くときにアドバイスしてやる』
「そうだね、品物を見て考えた方が良いから。……あっ、こことかどう?」
レストランプラザについて、二階まで来た僕はあるイタリアンレストランを指さす。
画面を向けると、ともちんはカメラを起動して看板を読み込んだ。
『うん、そこなら良いか。一応、彼女にイタリアン好きかどうか、確認をとっておいた方が良い』
「了解。あー、お腹空いた。ここでお昼を食べてこうか」
『お金、あるの?』
「いや、金欠」
『それでよくクルーザーとか指輪とか言えたな』
「彼女のためだし、それくらいなんとかするつもりだったんだよ」
『とにかく、他の場所も見て回るぞ。どれくらい時間をつぶせるか、場合によっては近くで他の行く場所を見つけないといけないからな』
その後、僕はともちんと一緒に八景島を夕方まで見て回った。
どんな場所があるかも分かったし、これだけ準備すれば十分だろう。
「やっぱり、最後はここかな」
八景島の海が見える広場で、僕は柵に寄りかかって立つ。
潮の香りがする風が、優しく頬を撫でていく。
「ここで彼女にプレゼントを渡して、そのままキs……」
『皆まで言うな!』
穏やかな雰囲気をぶち壊して、ともちんが叫ぶ。
「なんでだよ。これで完璧なプランでしょ?」
『はあ。始めてのデートなんだろ? スキンシップはまだダメ。関係はゆっくりと進めていくのが良いんだよ。あと、夜ご飯もここで食べるとか芸が無いし、初デートでは夕方ごろに解散した方が良い』
「……ともちんがそう言うなら。分かったよ」
自分が思っていた理想のデートとは異なりそうだが、仕方ない。
ともちんの方が詳しそうだし、今回は大人しく言うことを聞くことにしよう。
『まあ、デートでどこ行くかは最終的に彼女と話し合った方が良いけどな』
「結局それかよ」
潮で髪がパサパサになっていくのを感じながら、一日の疲れがたまった体を柵に完全に預けた。