幕間①
辺りには疎に散りばめられた空缶や異臭に包まれた生ごみが堆く積み上がっている。そんな生活に慣れたよう自分を取り繕って生活を全うしている。
自分が何者なのかを認識できず、諧謔の心も思い出せない。いつか、いつかとどこか首を伸ばし待っている自分に苛立ちを通り越して辟易していた。
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幕を引き、種を蒔き、価値を繕う。
1日の最後には、必ず読点がつく。それを皆、論ずるまでもなく、自明であると無意識に生活をしている。
就職活動の時期が近づき、血眼になって企業の情報や入社条件を調べ、履歴書には晦渋した文章と睨めっこする人が多くなってきた頃、私も焦りを覚えていた。
両親から感情的な声を放たれ、逃避できない現実を改めて実感する。
僕は幼い頃周りと自分をよく照らし合わせていた。僕の知らない知識を既に蓄えている者、僕よりボールを投げるのが上手な者、僕より字を綺麗に書く者、その他諸々。思い返せば劣等感に苛まれる日々だった。
僕の友達は皆優秀だ。海外留学に行く人、学校を辞めて自分の夢を追ってる人、企業説明会に毎回顔を出す人、皆行動力に長けている。そんな将来を見据えて行動を怠らない姿に感銘を受けていた。
将来の夢もやりたい仕事もなく、独り喫茶店でアイス珈琲とタバコを喫む。店内には1980年代の漫画、チェスの駒、もう使えないような錆びた蓄音機が揃えてあり、薄暗くてジャズの音楽が店内を包んでいる。所謂古い時代の趣を携えている老舗の喫茶店だ。学校が終わるといつもここにいる。家に帰りたくないし、他人とも極力会いたくない僕にとって、ここが1番好都合で落ち着くからだ。これを日常と称すなら、今日も日常に更けている。だけど今日はどこか違った。
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窓から一番離れたカウンター席に座り、瞬く間に注文をする。
「アイス珈琲で」
「はいよ」
童話から飛び出してきたかのような、髭をたんまりと生やしている白髪のおじさんが返事をする。店主だ。ここは夫婦で経営しており、奥さんはいつも薄手の割烹着を身に纏っている。断定し難い淡色でかなり黄ばんでいるので、お店を開いた当初から身に纏っているのだろうと、妄想を膨らませながらアイス珈琲を喫む。
そんなところで窮していると、ドアが鈍い音を立てながらゆっくりと開いた。