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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最強おっさん、異世界に逃亡する~世界を救いすぎて疲れたので、女神の加護を駆使してスローライフを目指す!?~

作者: 玖遠紅音

久しぶりに短編小説を書いてみました。

よろしくお願いします。

「――倒した! ついに倒したぞ!! 人類の敵、魔王を!」


「流石は異世界から来た最強の勇者! お前がいれば人類は安泰だ!」


「うおおおおおお勇者万歳!!」


 刃にべっとりと付いた血を乱雑に掃い、剣を腰の鞘に納める。

 たった今、魔王を殺した。

 人類とは異なる種族――魔族の王として、我々人類を支配せんとした悪だ。

 死んで当然。だからこうして仲間たちは皆喜んでいる。


 だというのにただ一人、俺だけが深いため息を吐いていた。


「おいおい、どうしたんだよ。ため息なんてついて。ようやく魔王を倒せたんだからもっと喜べよ」


「そうだそうだ。国に帰れば王様がたんまりと褒美をくれるって話だぜ!」


「いやぁ楽しみだなぁ! 早く帰ろうぜ! 魔王城(こんな場所)に長くいたってしょうがねえ!」


 男だらけのむさくるしいパーティ。

 せめて可愛い女の子の一人でもいたらテンションが上がったんだがな。

 だけど俺がため息を吐いたのはそんな理由なんかじゃない。

 その理由は――すぐに分かるさ。


「ん? どうした勇者。お前の体、何か光ってるぞ?」


 突如、俺の足下に魔法陣が展開され、そこからあふれ出た光が瞬く間に俺の全身を包んでいく。

 逃れられない浮遊感。遠のく意識。

 俺の体が世界から切り離されていくのを感じる。


「悪いなお前ら。残念だがここでお別れだ」


「は? それってどういう――」


「じゃあな」


 最後に急ぎ足で別れの言葉を告げ、俺の意識は闇に落ちた。


 そして次に目覚めた時、俺は眩い光があふれる天空都市にいた。

 島を丸ごと空に打ち上げたようなこの場所は【天界】と呼ばれている。

 果たして、ここに来るのは何度目だったっけな。


 俺は再び大きくため息を吐きながらそのまま地べたへと腰を下ろした。

 しばらく待っていると、神々しい装いをした美しい女性が一人。

 女神(・・)と呼ばれる絶対的な存在が俺の下へとやってくる。


「よくぞ魔王を打ち倒した。今回も(・・・)期待通りの働きだ」


「はぁ……もういい加減勘弁してくれよ。何度も何度も異世界転生を繰り返して人類の敵をぶっ倒すの、流石にもう疲れたんだが……」


「仕方がないだろう。神が直接世界に干渉するわけにはいかぬ。故に貴様のような神の加護を一身に受けて戦える強靭な魂の持ち主を使うしかないのだ」


「強靭つったって俺もうおっさんだぞ……? もっと威勢のいい若者に頼んでくれよ……」


「新しい器を探すのがめんど――貴様のような優秀な魂をたかだか数十年で手放すのは惜しい。故に貴様にはまだまだ働いてもらう」


 コイツ面倒くさいって言いかけたよな。

 ふざけてやがる。

 そう。俺はこのクソ女神に「お前は最高の魂を持つ人間だ」と目を付けられ、滅茶苦茶な神の加護を詰め込まれた人間兵器としてあらゆる異世界を巡る救世主(・・・)をやらされている。

 クソ女神曰く、何者かの手によってその世界の人間だけでは対処困難な邪悪な敵が生成される事態が発生しているらしく、そのために別世界の人間を神の使いとして送り込んで倒させているんだとか。

 つまりその一人が俺っていう訳だ。

 全く迷惑な話だ。


 俺は地球で生まれたごくごく普通の学生だった。

 しかしある日、不幸にも交通事故に巻き込まれて死んでしまったんだ。

 その後魂を女神に拾われて、初めての異世界転生を経験した。


 最初は勿論テンションが上がったさ。

 所謂チート能力を持って異世界で無双するなんてそんなに楽しい第二の人生があるかと思ってた。

 まあチート能力と言っても俺が想像していたモノとは違い、ちゃんと努力しなければ扱えないようなものだったけれど。

 実際前世よりもはるかに充実した体験ができたし、楽しかったよ。


 でも楽しかったのは最初だけだった。

 女神がターゲットに定めた敵を倒したらその瞬間強制的にこの天界へ引き戻され、次の世界へ向かわせられた。

 それまで付き合ってきた仲間や友人たちに別れを言う間もなく、だ。

 勝利の余韻に浸る間もなくまた新しい敵を倒すために奮闘しなければならない

 そんな現実が待ち受けていた。


 気が付けば俺も歳を取り、すっかりおっさんになってしまった。

 女神の加護を受けすぎたせいで老化が遅くなっているのは間違いないが、いろいろな世界を巡ったせいで感覚が狂って正直今何歳だったかは分からない。

 ただ鏡に映る俺の姿は間違いなくおっさんそのものだ。


「話はこれまでにして、早速次の世界へ送るとしよう。今回も良い働きを期待しているぞ」


「へいへい。どうせ嫌だって言っても強制的にやらせるんだろ?」


 返事はなかった。言うまでもないといった顔だ。

 そんな訳で俺は休憩する間もなく新しい世界へ送り込まれた。

 そして――


「――やっとくたばったか。クソしぶとかったな……」


 俺は新たな世界で一人、半年ほどの時間をかけて邪竜王と呼ばれる凶悪なドラゴンを討った。

 今回は共に戦う仲間はいない。

 何故か回数を重ねれば重ねるほどターゲットの敵が強くなっていくのでなかなか苦労したが、今回一人で挑んだのは理由がある。


 例によって、俺の足下に魔法陣が展開され、神々しい光が俺を包み込む。

 お迎えの時間だ。


「じゃあな」


 離別の言葉。

 それはこの世界に対しての言葉ではない。

 俺は目を瞑り、意識を深く集中させる。

 この身を包み込む邪悪な光を拒絶するように。


「――クソ女神」


 己の口角が自然と上がるのが分かった。

 俺は成功を確信し、内心でざまあみろと呟くのだった。


 ♢♢♢


 次に目が覚めた時、俺はあの眩い光が舞い散る天界ではなく、鮮やかな緑が広がる草原にいた。


「体……動く。魔法も――使えるな。よし、成功だ! っしゃああああああ!!」


 首肩を回し、屈伸し、手のひらの上に火の玉を出した。

 己の体のどこにも不調な要素がない事を理解した俺は、大きな声で喜びの感情を表した。


「一か八かの賭けだったが、こうも上手く行くとはな。俺が要求するままに際限なく加護を与えまくるからこうなるんだよ! ははっ、ざまあねえな!」


 そう。俺はあのクソ女神を欺いたのだ。

 異世界に着地した瞬間、俺の魂には目的達成を強要する命令(呪い)が刻まれ、もし逆らおうとしたら地獄のような苦痛に襲われる仕組みになっている。

 酷い話だよな。これじゃ奴隷と何ら変わらねえ。


 だがこの呪いには一つ重大な欠点があった。

 これはあくまで「その世界での目的を達成させる」だけの命令。

 つまりその目的さえ達成してしまえば、次に呪いを付与されるまで俺は自由の身になるという事になる。

 だからこそ毎回敵を倒し終わったら即強制送還させられているわけだが、その強制送還の最中俺は自由に抵抗できることが過去の実験で分かっている。

 天界は女神の完全支配領域だから立ち入ってしまえば逃げ出すのは不可能だが、連れていかれる直前なら逃げ出せる。


 幸い女神は俺を担当の異世界に放り込んだ後は一切監視などしていないらしく、その世界で俺が何をしようが女神の知るところではないらしい。

 だからこそ準備をした。

 まずは女神に対して逃亡に必要な加護を要求した。

 もちろん表向きはより効率的に目的を達成するためにと言うことになっているが。


 具体的には、【瞬間移動】【魔力貯蔵】【認識阻害】などだ。

 瞬間移動は記憶した座標へ即座に移動する能力。

 魔力貯蔵はその名の通り莫大な魔力を貯蔵できる能力。

 それこそ異なる世界に瞬間移動できるくらいの膨大な量を貯めこめる。

 認識阻害は可能な限り女神にばれないようにするためのモノだ。

 と言ってもそのまま使ったんじゃあ女神には効果がないので、各世界を巡って手に入れた神器や技術などを駆使して女神を騙せるレベルまで昇華させている……はず。

 目的達成にさえ向かっていれば他は何をしようが咎められることは無かったからな。

 いろいろと小細工をやらせてもらったよ。


 今回の邪竜王討伐を一人で行ったのもそのためだ。

 強制送還される前にいろいろと仕掛けを仕込んでおきたかった。

 その成果は見ての通り、大成功だ。


「さて、この世界の名前は――なんだったっけな。まあいいや、とりあえずどこかで休もう」


 俺が逃亡先として選んだのは、俺が最初に転生した異世界。

 俺が最も愛着のある剣と魔法の王道的ファンタジー世界。

 過去に俺はこの世界で最強の冒険者として、突破不可能と言われていた最難関ダンジョンを制覇し、その最奥にいた邪神を討った。

 今でこそ手馴れてしまったが、最初は右も左も分からない初心者(ビギナー)だったので、目的達成まで最も苦労した世界でもある。

 そのため他の世界と比べてもかなり長い間居座った記憶がある。

 また会いたい奴らもたくさんいるが、とにかく今は休憩がしたい。

 なにせ邪竜王を倒してからすぐにこの世界に来たんだ。

 貯めこんでいた魔力もほとんど無くなっちまったしまた補充しないとな。

 残った魔力は全て女神に捕捉されないために創り出した専用術式に回しておく。


 ♢♢♢


「はぁぁあああぁ!! 最高だ!」


 樽型の大ジョッキ一杯に注がれたエールを流し込み、俺は歓喜の声を上げる。

 ああ、久しく忘れていたこの感覚。

 あり得ないほどの解放感と満足感。

 こんなに気持ちよく酒を食らったのはいつぶりだろうか。


 ここは転移先の近くにあった村の酒場。

 女神からの逃亡記念に一人祝杯を挙げている。

 しかしそんなめでたい酒の場に下品な舌打ちが響いた。


「ふん。呑気なモンだなおっさん。この村の人間には危機感ってやつはないのか?」


「ちょっと、やめときなって!」


 振り返ってみると、そこにいたのはいかにも冒険者と言った風貌の若い男女が4人。

 苛立ちを隠そうともしない背中に大きな体験を背負った金髪の少年。

 背が高く、ガタイの良い銀髪の青年。

 少年の言葉を制止した少々気が強そうな赤髪の少女。

 そしてその様子を落ち着かない様子で見ている青髪の少女。


 せっかくの祝い酒を邪魔された俺は少し気分を悪くするも、流石に自分より若い奴らに怒りをぶつけるほど俺はガキじゃない。


「気を悪くしたならすまん。俺は今日この村に来たばっかりでな。ところでその言い方だとこれからなんか起こるのか?」


「何も知らないのであれば早々にこの村を立ち去ることをお勧めする。万一にでも死にたくないのであればな」


「へ、なんで?」


「……この村の近くにカオスドラゴンが頻繁に目撃されるって情報が入ったのよ。あたし達はその調査及び討伐を依頼された冒険者なの」


「ふーん……」


 カオスドラゴンか。

 懐かしいな。危険度で言ったら上から5番目。

 A+ランクのモンスターじゃないか。

 本来なら大型ダンジョンの下層や人が一切寄り付かない秘境に暮らすような奴がなんでまたこんなところに。


「ま、どうせオレ達が仕留めちまうから別に出ていかなくても構わねえがな!」


「カオスドラゴンは強いぞ? ランクだけで判断すると痛い目を見るからな」


「は? おっさん、誰に向かって言ってんの? オレ達はAランクパーティ【エンバリオン】だぞ? ちょっと珍しいドラゴン如きに負けるわけねーだろ!」


 忠告のつもりで言ってやったんだが、どうやら少年の怒りに触れてしまったようだ。

 一応Aランク冒険者パーティならA+ランクのモンスターとも戦えるには戦えるが、+が付くようなモンスターはどいつもこいつも一筋縄ではいかない特殊な能力持ちが多い。

 カオスドラゴンもまた例外ではないんだが……


「悪い悪い。馬鹿にしたつもりはないんだ。まあ頑張ってくれよ」


「ふんっ。黙って見ていればいい。カオスドラゴンはこのオレ――ヘリオスが確実に仕留める。おい、行くぞ」


「えー? もう行くの? って足はっや。もう店出ちゃったよ」


「仕方あるまい。店主、会計を」


「もう。相変わらず短気でせっかちなんだから。ほら、フィオナもいくわよ」


「は、はい……」


 ヘリオスと名乗った少年は早々に店を後にし、それに続くように銀髪の青年と赤髪の少女も追いかけていった。

 そして残ったのは青髪の可愛らしい少女は、こちらに深く頭を下げた。


「ええと、その。お邪魔してごめんなさい!」


 フィオナと言ったか。

 あの鼻っ柱が強い少年の仲間にも礼儀正しい子はいたんだな。

 年上だから無条件で敬えとかしょうもない事を言う気はないが、最後にこういう言葉を言える人がいると印象は良くなるよな。


「あの……」


「うん?」


「先ほどのお話を聞く限りですと、あなたも冒険者の方なのですか? カオスドラゴンにも詳しいご様子だったので……」


「元、な。今は現役じゃないよ」


 そう言うと少女は何故か俺の顔をじろじろと見始めた。

 俺の顔に何かついているのだろうか。

 美少女にじっと顔を見つめられるとなんかむず痒いな。

 こんなおっさんの顔見たって何も面白くないと思うんだが。


 俺がちょっと困った顔をすると、フィオナは慌てて目をそらした。


「あっ。ご、ごめんなさい! その、つい……」


「どうかしたのか?」


「いえ、その……あの、つかぬ事をお聞きしますが、昔、私と会った事ありませんか?」


「え? 君と? うーん、悪いけど多分人違いじゃないかな?」


「そ、そうですか……すみません、急に変なことをお伺いして」


 本当に心当たりがなかったのでそう返すと、フィオナは少し寂しそうな表情になる。

 もしかして生き別れた誰かに似ていたのだろうか。

 まあ俺は過去にこの世界で旅をしていたからもしかしたら誰かが俺のことを知っていてもおかしくはないが、あれから何十年も経っているから彼女のような若い知り合いはいるはずもないし、当時の俺はピチピチの十代だったから今の俺の顔を見ても分からないだろう。


「で、では私はこれで失礼しますね!」


「あ、ちょっと待った」


 居心地が悪くなったのか、フィオナは店を出ていこうとしたので、今度は俺が彼女を引き留めた。

 そして【異空間ボックス】からあるものを取り出し、彼女に渡した。

 この異空間ボックスはその名の通り異空間にあらゆるものを収納できる女神の加護だ。

 容量に限度はないのでこれさえあれば家ごと収納して楽々引っ越しなんて芸当も可能だ。

 クソ女神は許し難い存在だが、与えられた能力はどれも便利なモノばかりなのは認めざるを得ない。


「――これは?」


「カオスドラゴンと戦うならそいつを持っておくといい。いざと言うときに役立つかもしれん」


「そ、そうなんですか? えっと、そんなもの頂いてしまって良いのですか?」


「俺にはもういらないものだから構わないぞ」


「あ、ありがとうございます!」


 そう言うとフィオナは再び俺に頭を下げた。


「あ、その、最後にお名前をうかがってもよろしいですか?」


 あー名前。名前か。

 どうしよう。前にこの世界にいた時の名前を名乗るのは違う気がする。

 そうだ。こういうときに使える名前があるじゃないか。


「俺はユウヤだ。よろしくな」


「ユーヤさん、ですか。はい。こちらこそよろしくお願いします!」


 それは前世――地球で名乗っていた本名だ。

 初めてこの世界へと異世界転生を果たした際、中二病を引きずっていた俺はわざわざ別の名前を名乗っていた。

 だからこそここは逆に本名が使える。

 坂巻裕也(さかまきゆうや)。懐かしい響きだ。


 俺の名前を聞けて満足したのか、フィオナは店から去っていった。

 だいぶ引き留めちまったが、彼らと同じパーティなら目的地くらいは把握しているだろうし大丈夫なはずだ。


 最後にフィオナに渡したのは焔鱗(えんりん)のお守りと呼ばれるマジックアイテムだ。

 それを持っていると持ち主に炎の加護が与えられる。

 具体的な効能としては、体の周囲の温度を常に一定に保ち、火と()に強くなるというものだ。

 カオスドラゴンを相手にするならこれを持っておけば生き残れる可能性が大幅に上がる。

 お節介だったかもしれないけれど、あの子にはこんなところで死んでほしくないと思ったからつい、な。


 さあて、思わぬ邪魔が入ったが、もう大丈夫だろう。

 飲みなおそう。

 今夜はまだまだこんなもんじゃ終われない。


 ♢♢♢


 私の名前はフィオナ。

 Aランク冒険者チーム【エンバリオン】に所属するヒーラーです。

 私たちは今、ナフィル村近くに発生したカオスドラゴンの討伐に来ています。

 と言うかまさに今戦っている状況で、剣士のヘリオスさんを中心にひし形の陣形を組んでカオスドラゴンを迎え撃っています。


 カオスドラゴンは蛇のような細長い黒い体に赤色の炎を渦巻く巨大なドラゴンです。

 ひとたび動けば周囲に炎が燃え広がり、周囲の木々が吹き飛ばされていきます。

 それを魔法使いのリーゼさんが水魔法で鎮火しつつ、ドラゴンの逃げ場を塞ぐように攻撃魔法を仕掛け、その隙をヘリオスさんが取る。 

 もし彼らにドラゴンの攻撃が当たってしまったら私が即座に回復魔法で癒し、すぐに戦線に復帰してもらう。

 と言った戦い方を続けていると、徐々にドラゴンの体に傷が増えていき、私たちは確実に勝利へと向かっていることを実感します。


「オラァッ! そろそろくたばれ、やっ!」


 リーゼさんの水魔法が炸裂し、ドラゴンの首が大きくのけぞったタイミングでヘリオスさんが大きく地面をけり上げ、光魔法でコーティングした超巨大な剣を一気に振り下ろしました。

 これは決まった。

 ヘリオスさんだけではなく、見ていた私たちもそう確信しました。

 ドラゴンの胸元には大きな切り傷が刻み込まれ、もうあと少しで息の根を止めれるところまで来ている。


「へっ、今のは効いただろ! このままトドメと行こうぜ――え?」


「ちょちょっ、なにあれ――きゃあっ!?」


 地面に倒れ落ちたドラゴンの首めがけて再びヘリオスさんが大きく剣を構えたところ、突如としてドラゴンを中心に猛吹雪(・・・)が発生しました。

 炎は消え失せ、先ほどまで赤く渦巻いていた部分は青く染まり、大声で咆哮しながら再び空へと飛び出すカオスドラゴン。

 次の瞬間、大きな口を開けたドラゴンから凄まじい冷気が飛んできて――


「あ。えっ……?」


 大きく吹き飛ばされた私たちに、それを避ける術はありませんでした。

 大きなダメージを覚悟しながらもせめて自分の身を護ろうと結界を展開しようとしますが、


「ダメ……間に合わないっ!」


 動き出すのが遅すぎました。

 結界は間に合わない。どうしようどうしようと考えても答えが浮かんでこなくて、私に出来たのは両手を顔の前に交差することだけ。

 直後、視界が白に染まりました。


「……?」


 あれ、冷たく、ない?

 瞑っていた眼を開くと、私の目の前には赤く輝くお守りがありました。

 お守りから漏れ出た温かい赤色の光が私を包み、冷気から私を護っています。


 これって――昨日酒場で出会ったあの男性がくれたお守り……


「カオスドラゴンと戦うならそいつを持っておくといい。いざと言うときに役立つかもしれん」


 そう言ってたけれど、本当に護ってくれるなんて……

 やっぱりあの人(・・・)なのかな……?


 子供の頃、私の命を救ってくれた大恩人。

 とっても強くて、とっても優しくて、それでいていつも傷だらけだったあの人。

 私がヒーラーの冒険者を志した最大の理由。

 いつかあの人の隣に立って戦えるようになりたいと、そう思って今日まで生きてきた。


 私の憧れのあの人にとても良く似た雰囲気を持つあの男性。

 年を取って容姿はだいぶ変わっていたし、私とは会ったことないって言っていたから私の思い違いなのかもしれないけれど、この暖かさはやっぱり――


「……あっ!」


 冷気が晴れ、徐々に視界が色を取り戻していく。

 周りを見ると、辺り一面が氷漬けになっていました。。 

 それは木々や地面だけではなく、仲間のヘリオスさんたちも例外ではありませんでした。


「ど、どうしよう。氷を溶かす魔法なんて私、覚えてない……」


 私はヒーラーとしてはそこそこの力があると自負していますが、一人でこんな凶悪なモンスターと戦う事なんてできません。

 逃げなきゃ。そう思ったけれど、ヘリオスさんたちをこのまま放置するわけにもいきません。

 どうしよう。どうしよう。

 思考が整理できない。

 一旦逃げて、冒険者ギルドに応援を依頼するのが正しい動きなのは分かっているけれどそしたらヘリオスさんたちはきっと助からない。

 私が何とかしなきゃいけないんだ。


 そうだ! このお守りをみんなに渡せば氷が解けるのではないだろうか。

 そう思った私はすぐさま行動に移そうとします。

 しかしそれを許さない存在が一つ。

 カオスドラゴンです。


 冷気から生き残った私をじっと見つめています。

 もうドラゴンの方も限界が近いはずなのに、その覇気には一切の衰えがありません。

 そしてドラゴンは再び大きな口を開けて――


 もう駄目だ。そう悟った次の瞬間。


「――ったく、やっぱりこうなったか。念のために後を付けて来てよかったぜ」


 ドラゴンの首が宙を舞っていました。

 閃光のような斬撃。私の目では負いきれなかった。


「さて、大丈夫かい。お嬢さん」


「あ――」


 そう言って振り返ってにこやかに語りかけてくるその様は、私があの日見たものと同じ。

 絶対的な安心感を与えてくれる、最高の冒険者のものでした。


 ♢♢♢


 あれから一夜が明け、俺は例の冒険者たちの後を付けてカオスドラゴンの巣まで来ていた。

 決して彼らには気づかれないように後ろから見守る。

 冒険者としての俺の勘がアイツらはこのままだとヤバいと言っているので、心配が勝って来てしまった。

 女神に見つかるリスクは少しでも減らしたいからなるべく目立った真似はしたくないと思っているものの、どうにも体に染みついたこの癖みたいなものはそう簡単には拭えないらしい。

 俺の近くで俺の見知ったやつが死ぬのは大嫌いだ。

 それがたとえ付き合いが浅かろうが深かろうが、もし俺が介入することで救えた命だと分かったら後悔しちまう。


 そんな俺のエゴでここまで足を運んだわけだが、


「あいつ等、結構やるじゃないか」


 【エンバリオン】は俺が想像していたより強かった。

 剣士、盾役、魔法使い、ヒーラーとバランスの良いパーティで、しっかりと連携もとれている。

 あのヘリオスも大口叩くだけあって剣の威力はなかなかのものだ。

 カオスドラゴンを着実に削っているのが分かる。

 だが――


「へっ、今のは効いただろ! このままトドメと行こうぜ――え?」


 大きな一撃を加えたヘリオスが間の抜けた声を漏らす。

 そう。カオスドラゴンは普段は火の属性を纏って戦うのだが、追いつめられるとその属性を反転させ、氷の力を操るようになる性質がある。

 その際に冷気を爆発させばら撒く習性があるので、対策を怠った冒険者たちは体勢を崩されてそのまま氷像になるパターンが多い。


「……ダメそうだなこりゃ」


 経過を見守っていると、案の定お守りを渡したフィオナ以外の三人は見事に氷漬けになってしまっていた。

 こうなってしまうと外部から助けを貰わないと一生氷像のままだ。

 残されたフィオナはヒーラー。いまだ健在のカオスドラゴンの相手をしながら仲間を助けるのは困難だろう。


「仕方ないな」


 俺はフィオナの前に飛び出し、一瞬のうちにカオスドラゴンの首を刎ねた。

 彼らには悪いが、この程度の奴は俺の敵じゃない。

 ドラゴンの首が落ちたのを確認し、振り返ると、そこには何か輝かしいモノを見るような眼をしたフィオナがいた。


「これをアイツらに貼ってやれ。少し経てば氷が溶けるから」


 そう言って俺は三枚のお札をフィオナに手渡す。

 それは解氷の術式が組まれた札だ。


「あと出来れば俺がここに来たってことは黙っていてくれないか? ドラゴンは勝手に倒れたってことにでもしといてくれ」


「あ、あのっ!」


「それじゃあ帰り、気を付けてな」


 フィオナが何かを言おうとしていたけれど、俺はあえてそれを無視して帰路についた。

 ここまで出しゃばっておいてなんだが、彼らにもメンツとプライドがあるだろうし、俺は別に手柄が欲しいわけではないのでこれでいいと思う。


 さて、一仕事終えたことだし今日も酒場で酒を頂くとしようか。


 ♢♢♢


 しばらくすると【エンバリオン】の面々が村に帰ってきたらしく、外が賑わっているのを感じた。

 俺はお構いなしにのんびりと酒を飲んでいたのだが、やがて彼らはこの酒場に入店してきた。


「おお、ドラゴン討伐お疲れさん。上手く行ったんだろ?」


「ふ、ふん。当然だろう。この剣の錆にしてくれたわ」


「そうかそうか。それならおじさんも一安心だわ。ひとつ祝いに奢ってやろうか?」


「いらねーよ」


「まあそう言うなって」


 どうやらフィオナはちゃんと俺のことは黙っていてくれたようで、ヘリオス達も若干の疑問を持ちながらも自分たちで倒したという事で納得しているようだ。

 どうせ彼らと話すのはこれが最後だろうし、冒険者の先輩として奢ってやろう。

 かつてこの世界で冒険者としてたんまり稼いだお金は全て異空間ボックスに保管してあるので、これから死ぬまで豪遊して暮らせるくらいは手持ちがある。

 もう一生分以上は働いた自覚があるので、これから先はこの金を使ってのんびりスローライフを楽しむってのも悪くない。

 そんなことを考えながらゆっくりを酒を楽しんだ。


 そして翌日。

 村を出ようとした俺の下に、何故かフィオナが一人でやってきて


「お願いしますユーヤさん! 私も一緒に連れて行ってください!」


「……へ? い、いや、君は彼らの……【エンバリオン】のメンバーだろう?」


「ヘリオスさんにお願いしてパーティは抜けてきました!」


 満面の笑みを浮かべて言うフィオナ。

 え、この子こんなに行動力あったの?

 と言うかもう抜けてきたって、取り返しがつかないんじゃ……


「俺みたいなおっさんに付いてきても面白い事なんかないと思うんだけど……もう一度考え直したらどうかな?」


「むぅ……ユーヤさんは私が一緒だと嫌なんですか?」


「い、いや、別にそんなことは無いけれど……」


「じゃあ連れて行ってください! お邪魔はしないので!」


 どうしよう。

 今の俺は冒険者ですらないし、特に何か目的がある訳ではないのだが……

 まあでも旅のお供が一人くらいいてもいいのかもしれない。

 それがこんな美少女だったらなお良いというもの。


「……分かった。じゃあ一緒に行こうか」


 ここで彼女を連れていく選択肢を取ったことでどんな未来が待っているのかは分からないけれど、せっかくクソ女神から解放されたんだ。

 今度は義務ではなく、思う存分この世界を巡って楽しんでみようではないか。



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