第70話 自分探しの旅に出てみました。時速17万キロで。
俺を襲ってきたのは、どうやら討伐済みダンジョンの隣に位置する奴だったらしい。
次は自分の番だと思い込み、やられる前にやってやると奇襲をかけて来た。
どうも精神のバランスを失っていたんじゃないかというのは、増田の推測だ。
実態はそんなところかもしれない。何だか切羽詰まった迫力を感じたからね。
「次は自分が滅ぼされるかもしれない」
そう思い詰めたら、精神失調くらいは起こすかもしれない。
しかし、ダンジョンでもメンタルをやられたりするんだねぇ。
俺の左腕はスラ1の万能細胞のお陰で2日で元通りになった。俺自身はその間ずっと寝ていたので、途中経過を知らないのだが。
目覚めてみればいつもの朝で、何も代わり映えはしなかった。
ただ死線を潜ったせいか、ダンマス・スキルについては一皮むけた実感があった。何というか、スキルが自分の物になった感覚がある。
できることとできないことの違いが、実感となって腹の底にある。
今ならたとえあんなダンジョンが襲い掛かって来ようとも、身をかわすことができる。俺ダンを使えば、どんなダンジョンとも対等以上に戦うことができるからだ。
謎が1つあった。
あいつはどうやって俺ダンの中に入ったのだろうか? 俺が入り口を開かない限り、俺ダンへの侵入は不可能に近いはずだ。
考えられるのは、ゲップ高原辺りで取り付かれた可能性である。
あの日は俺ダンを移動に使っていた。とりわけゲップ高原では探索などに多用した。荷物搬出のために、出入口を開け放していたこともある。
冷静に考えれば、あそこで取り付かれたのだろう。
セキュリティのことを考慮すると、俺ダンの使い方はもっと慎重に行うべきだった。出入口を晒しっぱなしにする必要はまったく無かった。
必要なときのみ出入口を開けばよいし、用が済んだら閉じておくべきだった。
何といってもここは異世界なのであるから。
「調子に乗ってたのかなあ」
これと言って危険な目に合わずにダンジョンを討伐できた。
「こんなものか」
という油断があったことは否めない。ダンジョン攻略はすべてアリスを始めとする「下僕」の手柄だと言うのに、自分が強くなったように錯覚していた。
俺自身が強くなる必要はないが、他人の強さを自分のもののように思い込んでいた勘違いは見苦しい。
ウチのファミリーの中で、明らかに俺自身が一番弱い。それを忘れてしまった。
そうだ。俺は襲い掛かって来たダンマスに腹を立てたのではない。
見苦しく、愚かな自分自身に腹が立ったのだ。
「身の程を知れってことかなあ」
必要以上に卑屈になる必要はないが、思い上がってはいけない。
自分は自分である。それ以上でもそれ以下でもない。
「ありのままを受け入れろってことだな」
俺はその言葉で反省を締めくくった。
「それもまた1つの悟りニャ」
俺の考えることなど何でもお見通しのアリスさんが、俺の背中を押してくれた。
「ふんぞり返るのはまだ早いな。文句を言わずに、与えられた仕事をやるとするか」
俺はゴンゾーラ商会から依頼されたダンジョン討伐を、愚直に続ける気持ちを取り戻した。
面白いとか面白くないとかで仕事を選ぶような身分じゃなかった。
トーメー社中の力が必要だと言うなら、お役に立って見せましょう!
10日間の有給休暇は敵ダンマスの乱入で吹き飛ばされた。俺は生え変わった左腕のリハビリを兼ねて、BB団と杖術の型稽古に汗を流した。
ナノマシンのお陰で腕が痛むことはなかったが、破壊と超再生を繰り返す中で左腕のくすぐったいような疼きに悩まされた。
杖術に励んだ次の日は体は休めて、スキルの訓練に取り組んだ。
先輩ダンマスである増田の指導で、俺ダンを使いこなす練習を重ねたのだ。
「ダンジョンの入り口が3メートルとは小さすぎます。探索者を迎え入れようと言うホスピタリティが見えませんな。はい、言ってみて下さい。『いらっしゃーい!』」
「いらっしゃーい」
「声が小さいですよ。もっと心を込めて、『いらっしゃーい!』」
俺はどこぞの精神改革セミナーみたいなことをやらされていた。営業職の経験があるから、言っていることはわかるけどね。
前世では食って行くための仕事として割り切っていたんだが、こっちでは地が出てしまうね。
「甘いことを言ってるニャ。生きるためにできるだけの努力をするのは、どこに行っても同じニャ」
そうかな……。確かに、そうだね。転成して異世界に来たから、好きに生きたいって思った。
しかし、好きに生きるとは努力を放棄することではないんだな。
好きなことをやるために、努力を惜しむなっていうことなんだ。俺はそんなこともわからなくなっていたのか。
「どうぞ、どうぞ、いらっしゃーい!」
俺は腹の底からお客さんを呼び込むつもりで叫んだ。出したことのない大きさの声が出た。
ついでにリミッターが外れた気がした。
首筋を掴んでいた手が外されたような開放感と共に、俺ダンの入り口がぶわっと広がった。
それを見たら俺の気持ちがさらに軽くなった。
「もっと、もっと、いらっしゃーい!」
ぐいー、ぐいーと黒い影が広がって直径200メートルの円陣になった。
「しゃあっ!」
俺はぐっと両手を握り締めた。
これでどこダンと同等の移動速度を獲得した。もしまたとち狂ったダンマスに襲い掛かられたとしても、滅多なことでは後れを取らない。いや、瞬時に逆襲してやる。
さて時速17万キロの移動速度を獲得したことだし、ちょっと遠出をしてみましょうかね?
どこへ行くのかって? 「遠出」って言ったじゃないスか?
せっかくだから月に行ってみようかと思って。
地球から月までの距離は約38万キロ。片道2時間ちょっとで行けるのよね。
宇宙に出て大丈夫なのかって? 俺ダンは通常空間にはありませんからね。
真空中だろうと太陽の中だろうと平気なのだ。外に出られないだけで。
俺はダンジョンの壁をマジックミラーにして、月世界を縦横無尽に駆け回った。空に地球が見える以外はどこに行ってもあまり代わり映えしなかったが。
「月世界探検ごっこ」はそれなりに楽しかったので、俺は地上や空を移動して楽しんだ。俺ダンから一歩も出られないのが残念だ。
月面ドライブに飽きたところで俺は地球に戻った。地点登録ができているので戻る時は一瞬だ。
「どこにも途中下車できないからつまらないかなあと思ったけど、これはこれで面白かったなあ。何だか長距離ドライブをした時のような感じ? 走る歓びみたいなものかな」
「人間も動物ニャ。乗り物に乗っていてもスピードには本能的に爽快感を覚えるニャ」
なるほど。それはごもっともな意見だね。俺は決してスピード狂じゃないけど、異空間ドライブだったら衝突や事故の危険がない。安全運転で速いってのは最高だわ。
宇宙の次は深海だろう。そう思って俺は世界の海に潜ってみた。
こっちの世界はまだ発展途上だから、海の水は近海でもきれいなものだ。海洋生物も種類が豊富で目を楽しませてくれる。
ここでも異空間に存在する俺ダンは威力を発揮する。何しろ水圧に関係なく、どんな深度にも潜って行けるからね。例によって外に出ることはできないけれど。
マリンスノウが降り注ぐ深海に来ると、すべてがゆっくりしている。まるで地上とは時の流れが異なるようだ。時間に独立した意味などない。
ナノマシンのお陰で不老不死となったこの体だ。今1つ瞬きをする間、その時間が1秒だろうと千年だろうと、結果は何も変わらない。
悟りなど何1つ開いていない俺であるが、「生老病死」の四苦はテクノロジーによって超越してしまった。
だったら、この俺も解脱者の1人なのだろうか?
人間どうも自然と一体になると世界観という奴が変わるらしい。俺は少しばかり哲学的になった気分で、ダンジョン制圧の結果を告げにゴンゾーラ商会にやって来たのだった。




