第58話 ホーム・スイートホーム
「あれだね。増田シリーズのダンジョンて、ドロップ・アイテムの質が低いね」
「ボス。それは見解の相違です。攻略者の生活に役立つ便利アイテムを提供するのが、我々ダン・マスのモットーでございます」
「だったら、もうちょっと換金性の高いアイテムにしてほしいかな。金塊とか、宝石とか」
攻略者を呼びたいのか、呼びたくないのかって話ですよ。ダンジョンてもののコンセプトを考えれば、どう考えても攻略者がいないことには存在意義がない。
だったら、営業努力をしたらどうなのってことになる。
「そうは言いますが、あんまり実入りが良くなると冒険者がアーリー・リタイヤしちゃうんです」
ああ、FIRE的なやつね。そうか。稼ぐだけ稼いだら引退する連中が増えるだろうな。
俺自身、何度もダンジョンアタックを繰り返すのは面倒くさい。
「どこダン」やらオーバーテクノロジー・チートを持っていて恵まれているのにだ。
「命を張ってダンジョン攻略をする連中にとってはたまったもんじゃないな」
ゴンゾーラ商会が俺のところに依頼を持ってくるわけだ。そう簡単に引き受け手がいるわけ無かった。
「うーん。このダンジョンを攻略して『ダンジョン複数説』の証拠を提出したら、残りのダンジョンは発見するだけにしておこうかな?」
いくら俺が善人でも、全部ひとりで討伐するというのはやり過ぎだと思う。この国のことはこの国の人々自身の手で片を付けるべきだろう。
「多くの冒険者を集めることが、ダン・マスの願いらしいしね。その先に何があるのか見てみたい気がするよ」
「最悪、ピンチになったら手助けしてやればいいニャ」
「そうだね。そんな感じで行こう」
さて、珍しく命の危機に直面したことでもあり、今回は一旦この辺で引き揚げるか?
「どこダン」でいつでもアタック再開できるからな。
「区切りの良いところで、今日は一旦お開きにしようか?」
「時間制のカラオケ・ボックスみたいな感覚ニャな」
「もう少し緊張感は持ってますよ。一応命がけなんですから」
「まあ、いいニャ。爺に生えたスキルの考察も落ち着いてやりたいしニャ」
おお、その課題があった。人類初のダンジョン・マスター能力者って、ちょっと希少価値が高いんじゃない?
多分、人に言えることじゃないけど……。
「よし。増田! お家に送って」
「かしこまりました。って、ワタクシいつから運転手ポジションになったんでしょう?」
「だって、お前戦闘力ないじゃん。残留思念なんだから」
適材適所ですよ、適材適所。今のところ運搬力、交通手段として最適だからね。
ダン・マスあらため「ダン・タク」ですよ。「ダンジョン・タクシー」。
「いいじゃん、『ダン・タク』で。「キ〇タク」みたいでかっこいいよ?」
「名前も正式に、『増田卓士』に昇格してやるニャ」
「はぁ~。自分が何者だかわからなくなってきましたよ」
ぶつぶつ言いながら、増田は「どこダン」の出入り口をオープンしてくれた。
黒い円を通り抜けて、俺達は懐かしい我が家へと帰ったのであった。
◆◆◆
「さて、ひと仕事終わったことだし、風呂でも浴びて一杯やりますか」
「うだつの上がらないサラリーマン根性を異世界にまで持ち込んでいて、受けるニャが」
良いじゃないの、小さな楽しみ、小さな幸せですよ。人間歯を食いしばってばかりでは生きて行けませんて。
適度に緩めないとね。メリハリですよ、メリハリ。
「トーメーの場合はあんまりハリの方を見たことがないニャ」
「人それぞれでしょう? 個人差ってものがあると思いま~す」
今日は頑張りましたよ? 体を張ったしね。張り詰めた神経を緩めましょう。
「ということで、お風呂頂いて来ま~す」
「人間とは生きてるだけで汚れて行く、不便な物ニャ」
そんな抹香臭いことを言われてもねえ。生きるとはそういうものでしょう。
我が家の浴場はユニットバスよりは大きく、中浴場ていどのものだ。湯船に大人が4人くらいは入れるかな?
実際にウチで入浴するのは俺だけだが。
BB団とは生活圏を分けているので、浴場は俺専用になっている。後は皆さん人外だからね。
入浴というものを必要としないか、そういう習慣がない。アロー君とかね。
ではなぜに中浴場の大きさかと言うと、俺がのんびりしたいからである。これも前世の反動だね。
1Kマンションの小さいバスタブに、膝を折って浸かっていた毎日とおさらばしたいのさ。
「たっぷりのお湯にゆったりと入る。これサイコー」
水は井戸水、湯沸かしはアロー君特製の水素炊き。水道光熱費タダという夢のような生活だ。
請求書が来ない暮らしって幸せだなあ。
汚れを落とし、体が十分に温まったところで風呂を出る。長湯は体に毒ですからな。
お風呂を出たら湯上りに晩酌ですよ。くぅ~。
「えー、それでは早速トーメー君ダン・マス能力獲得の件について検討を行うニャ」
風呂上り、バスローブ姿の俺を待ち構えていたのは、アリスさんでありました。
何となく予想してたけどね。この展開。
「短めにお願いしますよ。次の予定もあるので」
「早速テストしてみるニャ。ここでダンジョンを出せるニャか?」
人の話聞く気無いね、この人。人じゃないけどね。
「やってみますか。出でよ、ダンジョン!」
出ませんでしたー。何だろ? 手ごたえがないというか、使うべき筋肉を使っていないというか。
すかすかしてるのだ。みぞおちあたりで。
「うーん、どういう感じでやったら良いんだろう?」
「トーメーの場合、フル仕様のダンジョンじゃなくて前世の1Kマンションだったニャ。だとしたらダンジョンを呼ぶというよりは、昔の部屋に戻るつもりで想像してみたら良いんじゃニャいか?」
なるほど。その案頂きましょう。
「えへん! カモナ・マイハウス!」
ずももっと、足元に黒い円陣が現れた。
「あ、行けそう。アリスさん、一緒に行ってくれる?」
「そうするニャ。アッチがどんな世界なのか、AI本体の分析能力で調査するニャ」
「もしかして、本物の我が家につながった可能性もあるからね。この際調べてもらいましょう」
ボディガードとしてはアリスさん1人で十分な気もするが、何が起こるかわからない状況だということを考えて応用性の高いスラ1を連れて行くことにした。他のメンバーはお留守番ね。
「ほんじゃ、レッツラゴー!」
「昭和にもほどがある掛け声ニャ」
「ぷるぷる」
俺たちはぴょーんと黒い影に飛び込んだ。
「はい、到着と」
何だかやってることは昔のバラエティ番組で撮影場所を移動する場面みたいだね。瞬間移動には違いないけど。
「ふむふむ。これがトーメー・ダンジョンニャか」
「透き通ってはいないけどね」
「確かに引き籠りの巣とそっくりニャ」
俺たちは懐かしの1Kマンションに戻っていた。不思議なことにここを出るときに破壊したマグカップの残骸がきれいさっぱり消え失せていた。
「壊したはずのマグカップが無くなってるよ」
「電気ポットも使ったように見えないニャが?」
「ふーん。お茶を入れた形跡が無くなってるね」
インスタントコーヒーだったけどね。それにしたって、テーブルの上に出しっぱなしだったコーヒーの瓶やらティースプーンやらが、片付けられている。
「これは本物ではなくて、そっくりさんダンジョンに決まりニャ」
「一応機能チェックしてみようか?」
前回は死にかけの状態からの緊急避難だったからね。ゆっくり調査する余裕が無かった。
俺は「外の世界」との接点を確認するため、まず窓のカーテンを開けた。
「普通に元の世界が広がってるように見えるね」
ついでに窓を開けてバルコニーに出てみる。
「……静かだね」
街には「街の音」がある。車の音、工事の音、雑踏の音、生活音、鳥の声……。
それらの音がない。
一切の音がない街がこれほど不気味なものだとは知らなかった。




