【第16話】遠征初日
ちょっと短いので連続投稿!
「ラピス、朝ですよ、今日は領地に戻る日だから、そろそろ起きて」
翌日、デンシンはマリーがラピスを起こす声で目が覚めた。前世の頃はそれなりに早起きできる体質だったはずが、精霊になったからか少し長く寝ていたようだった。
「んんー……わかったママ……いまおきる……」
ゆさゆさとゆすられ、身体を起こすラピス。まだまだ眠そうだ。ふと周りを見渡すと、クリスはベッドにはいなかった。どうしてだろうと思いながらも、デンシンもラピスたちに挨拶をした。
「おはよう、マリーさん、ラピス」
「あら、デンシンもおはよう。よく眠れた?」
「あぁ、おかげさまで柄に無く熟睡してたみたいだ」
「デンシン、おはよ~」
「ラピス、起きれてえらいぞぉ」
3歳くらいだと、まだ眠いと布団から出てこないことも珍しくはないのだが、ラピスは幼いながらもそれなりに自制が利くようだ。自分が子供の時はこうはいかなかったので、デンシンは関心しながら頭を撫でた。
「そういえば、クリスさんは?」
「あの人なら少し早く起きて、領地への移動に使う馬車と護衛を迎えに行ったわよ。私たちも軽く食べて、遠征の準備をしましょう。さ、ラピスも行きましょう」
「うん。ごはんたべるー。デンシンもいこー」
そういうと、ラピスはデンシンの胴体をむんずとつかんだ。
「ラピス!?そんな強く俺の身体を握らんでくれ!俺はぬいぐるみじゃない!潰れるぅ……」
まだ寝起きでぼーっとしているのか、無意識なのか、やはりラピスの中ではデンシンはぬいぐるみ判定なのだろう。幸いラピスはすぐに手を放してくれたものの、朝からややぐったりしたデンシンはラピスに抱きかかえられながら食卓に持ち運ばれるのであった。
---------------------------------------------------------
デンシン達が朝食や身支度をして、必要な荷物や遠征に必要な準備を済ませたあと、比較的動きやすそうなパンツスタイルに着替えたマリーに連れられて仮拠点から出た。前庭ではがっしりとした鎧を着たクリスが簡易的な訓示式を行っていた。他の護衛の長剣に比べ幅広でやや長いバスタードソードを差し、投槍と短めの弓、矢筒、凧型盾を背負っている。
「諸君!私の移動のために集ってくれたことを感謝する!何も起こらないことに越したことはないが、万が一があった際、君たちが頼りだ!」
「「「「応!」」」」
「遠征中、君たちの食料などの支給は十全に行うし、終わった後の賞与も期待してくれ!それでは各自、準備に入れ!」
「「「「了解!」」」」
訓示が終わると、護衛は各々の装備や馬車の点検、軽いセットアップにキビキビと取り組み始めた。簡単な訓示だったが、護衛たちの士気は高い。
本来であれば護衛の中での隊長格の人物が訓示をするものだが、護衛対象である貴族が直々に訓示をすることはこの世界では珍しい。あったとしても、うだつの上がらない未熟な貴族が自らを権威的に見せようとアピールするためにするのが精々で、その際の護衛の士気は低いことがほとんどだ。そんな中、少しの発破で士気があっという間に上がるクリスは、特に前線に立つ者からの信頼が厚いことがうかがえる。
「おっ、マリーたちも遠征の準備ができたか!」
訓示が終わり、玄関から出てきたラピス達に気付いたクリスは、手を振りながら歩いてきた。
「えぇ、もう大丈夫よ。貴方、まずは準備お疲れ様。もうすぐ出発かしら?」
「あぁ、あとは護衛達の準備が整い次第、出発だ」
ガシャリガシャリと音を立てるクリスの完全武装の鎧姿に、ラピスも興味深々になっていた。
「パパ、かっこいー!」
「ハハハ、ありがとうラピス。強そうに見えるかい?」
「うん!すっごく!」
デンシンはというと、前世の現代日本では到底お目にかかれない中世ヨーロッパの騎士のようでありながら、多くの武器を持っているが故に鎌倉武士のようにも見える出で立ちのクリスに圧倒されていた。
「凄い重武装だなぁ!剣も他の人たちが持ってるやつより少しデカいし、持ってる武器は全部使えるのか?」
「あぁ、もちろんさ。もっとも昨日の話がホラ吹きじゃないところを見せるようなことが起こらない方が良いんだけどね!」
そう言うと、シャドーボクシングのようにシュッシュと宙をパンチするクリス。フットワークも軽く、かなり着慣れている様子だった。
「奥様方ー!馬車の用意ができておりますのでお乗りくださいませー!」
クリスと話をしていると、護衛の一人がマリーたちを呼びに来た。馬車の点検が終わったのだろう。伝令に来たであろう護衛に、マリーは元気よく答える。
「わかりましたー!点検ありがとうございますねー!……さ、ラピス、あまり待たせても悪いから、早く乗り込んでしまいましょう」
「うん、いこうママ!」
ラピスは楽し気に馬車まで駆けて乗り込み、続いてマリーが乗り込んだ。ラピス達の乗車を確認した護衛が所定の配置につくと、最後に馬に乗ったクリスが先頭に立ち、号令を出した。
「出発!」
号令に合わせて、馬車の御者が馬を出す。ヒヒーンという嘶きと共に、馬車が進み始めた。
こうして、領地への遠征が始まった。